言えなかった本気と、開かれた扉
「ねぇ…今度の運動会で本気だしていいでしょ?」
「駄目だ!どんなに頑張っても3位までだ!」
「もう6年でこれが最後の運動会なんだよ!
みんなで絶対勝とうって話したけど、今のままじゃ負けちゃうよ!
僕が本気で走れば多分勝てるんだ!
みんなの役にたちたいんだよ!勝たせてやりたいんだ!」
必死な形相で詰め寄る子供。
橘 トーマ 11才小学校6年生だ。
「駄目だ!トーマ一人で勝った所でなんの意味もないだろ!
目立つだけじゃないか!
それにお前は加減ができん!
そんな目立つ真似は絶対に許さん!」
父の激昂した叱責が飛ぶ。
この家にはいくつかルールがある。
そのうちの一つが、
「家の中では日本語を使わない」だ。
もちろん先ほどのやりとりも、全て日本語ではないため、普通の日本人が聞いても解らない。
それはトーマの母親が、外国人の為、家では日本語を使わず母国語で話すようになった。
トーマの母親。
橘 ルアナ も日本語は喋れるし読み書きも問題ないのだが、
「いつか故郷に里帰りした時、言葉が通じなかったら困るよね」とい事でこのルールになったのだ。
そしてもう一つのルールは
「家族以外の前では本気を出してはならない」だ。
トーマは幼い頃から父親から修行を受けている。
その為、同学年と比べると全ての身体能力も高いのだ。
さらに、ルアナと家政婦のアルゼルが家庭教師をしているので。
学力も高い。
そんな子が悪目立ちしてしまうと思ってのルールだ。
小さい頃からそれが当たり前だと育てられてきたので、そういう物だとトーマは納得していた。
しかし。
それでもストレスは確実に溜まっているのだ。
自分が本気を出せば勝てるのに、負けてしまった。
そういう罪悪感にも似た感情が年々積み重なっていく。
普通の子供だったら。
すでに親の言いつけを破っていただろう。
トーマは約束は守るタイプなので、今まで破った事はない。
しかし、トーマは思春期まっさかりなので、そろそろ限界だろう事は明らかだった。
「トーマ、貴方は他の子とは違うのよ。
運動会なんて大勢の人の前で本気を出すなんて…。」
「うるさい!」
感情のまま吐き出した言葉を口に出してしまった後にハッとしてしまうトーマ。
母は今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「トーマ!母さんに向かってなんてこと言うんだ!」
パシィ!と平手打ちの音が響く。
「…もういい!勝手にやる!父さんの事なんてきかない!
もうこんな家嫌だ!」
「勝手にしろ!家が嫌なら出て行けばいい!
どうせ一人じゃ生きていけないだろ!」
まさに売り言葉に買い言葉な親子喧嘩だ。
トーマは泣きながら自分の部屋へかけだした。
自分の感情を表す様にドスドスと階段を登り、ドアを勢いよく閉めベットに転がり込む。
そのままふて寝をした。
どんなに喧嘩をしても。
朝には仲直りできる。
家族とはそういう物だ。
まだ寝るには早い時間だったが、泣きながら目を閉じた。
------------------------------------------
「そろそろ限界だな…」
「そうね。やっぱりあっちに連れていきましょう?
でも危なくないかしら…」
「そうだな…。しかしこっちでは受け入れられないからなぁ…。
トーマもかなり強くなってきたし、王都の周りなら大丈夫だろ。」
「そうね。この前もとんでもない事を当たり前のようにやってたわ。フフフ」
「あいつは天才だからなぁ…。最近は身体も少しずつ出来上がってきたし、
来年当たりには僕と良い勝負するんじゃないか?」
「貴方も負けていられないわね。
しかし、少し傷ついたわ…トーマがあんな事言うなんて…」
「あいつも男だからな。本気を出していないとは言え負けると悔しいんだろ。
しっかりあっちでガス抜きしてやらないとな!」
「そうね。」
----------------------------------------------
(トーマ視点)
僕には双子の妹と弟がいる。二人とも三歳で、妹のミリィは元気で甘えん坊。
弟のユウトは静かで賢いタイプだ。
いつも僕の後をちょこちょこと付いてきて、特におやつの時間になると膝の上を取り合いしてくるくらい仲がいい。
僕が出かけるときは『にいに。
いっちゃやだ!』と泣きつかれて困ることもあるけど、それがちょっと嬉しかったりもする。
僕の家は他の人より裕福な家庭だと思う。
大きな庭や、家の裏には山がある。
田舎にぽつんと立つ一軒家…というより屋敷とかに近い…。
部屋の数もそこそこ多い。
住もうと思えば10人くらい住んでも問題がないような家に。
父さんと母さんと、そしてお手伝いさんの4人で暮らしている。
僕の母さんは外国人だ。
いつか故郷に帰った時言葉が通じないのは困るからという理由で
家の中では日本語で喋ったらダメになったらしい。
おかげで。
トウマは二ヶ国語がとくに不自由なく使える。
読み書きに始まり、故郷の遊びや伝統なども母さんが教えてくれた。
母さんは見た目も、非常に整っており、自慢の母親だ。
しかし。
決定的な欠点がある。
インドアで、ゲームオタクだ…。
最近はプレ○テ5にはまってるらしく、夜遅くまでやっていていつも眠そうだ。
たまに僕も一緒に遊ばしてもらっている。
母さんがよく剣士を選ぶから。
トウマはよく後衛の魔法使いになる事が多い。
「あら?トーマは魔法使いが好きなのね。嬉しいわフフフ…」
とよく解らない事を言われるが、母さんが楽しそうなので気にしない事にする。
父さんはキャンプと修行が大好きなアウトドア派だ。
身長も高く体型はがっしりとしている。
修行とは…。
川の上の杭に立って。
木刀を素振りしたり、野山を駆けまわったり…。
この前は、目隠しした状態でボールを避けろと言われたな…。
まぁよく解らない修行が大好きだ。
一応、橘流という流派の看板を背負っている…らしい。
夏休みとか冬休み。
土日はほとんどキャンプに連れて行かれている。
この前の夏休みなんてカナダの森の奥で過ごした…。
地元の人が滅多に行かないような所に入り、遭難した設定で行動するのだ。
まぁ。
ああいった大自然みたいな景色は僕も大好きだし、正直楽しい。
しかし、たまに蛇に襲われたり、熊に襲われたりするから怖い。
まぁ大抵、父さんがなんとかしてくれる。
ちなみに父さんの仕事は通訳をしているらしく。
英語もペラペラだ。
あと、家にはお手伝いさんが一人いる。
僕の家庭教師にもなってくれる人だ。
名前は、アザゼルさん。
元々、母さんの友人らしく、
日本に来た時になぜかメイド服を気に入ったらしい。
アザゼルさんは。
勉強をしているとお茶とか持ってきてくれる。
「今日も頑張っていますね。」
から始まり、学校での愚痴とか悩みを色々と聞いてくれる。
お手伝いさんって言うより、もう一人の母さんのような感情だ。
それを本人に伝えた事がある。
「坊っちゃん…ありがとうございます…。」
と泣かれた。
まぁ可愛がってくれているので、僕も嫌な感情は持っていない。
そんな家族に囲まれて暮らしている。
トウマは物心をついた時にはすでに修行をさせられていた。
毎日朝早く起きて。
学校が終われば暗くなるまでトレーニングをする毎日。
「おまえは天才だな!」
といつも父さんが笑ってくれる。
そんな親バカな父が好きだったので辛いトレーニングも頑張れた。
トレーニングが終わると母が
「今日もお疲れ様。」
と微笑んで顔を拭いてくれる。
そのまま母の胸元に飛び込むのが大好きだ。
「もぅ、トウマは甘えん坊さんなんだから」
「母さん、トウマは凄いぞ!もうこの年で僕に一発いれたんだからな!」
「父が油断してたからだよ。稽古中に晩ごはんまだかなとか言ってたし…」
「母さんのご飯は世界一だからな!」
ガハハと笑う父も横で微笑む母も大好きだった。
父が毎日の様に言う事がある。
「いいかトウマ。お前は武術を習っているのだから、絶対に手を出すな。
毎日他の奴より走ってるし、鍛えているのだからかけっこでも本気を出すと誰もついてこれなくて友達がいなくなるぞ!」
そんな風に言われ育ったから、まわりからはやる気の無い冷めた奴だと言われ
まともに遊ぶ友達が居なかった…。
だけど、トウマは親の言うことに疑問はとくに覚えなかったし。
稽古と勉強が忙しくて遊ぶ時間は無かった。
学校の時間は稽古の休憩時間くらいに思っていた。
「いつも、我慢させて悪いな。武術を教えないほうがよかったか?
「んーん。稽古楽しいよ。」
僕が笑うと、父さんは困ったような顔をして微笑んだ。
「旦那様。ぼっちゃん。そろそろお勉強の時間ですよ。」
アザゼルさんは家庭教師もかねていて、いつも勉強を教えてもらっている。
学校の先生より解りやすいし、学校では教えてくれない事を沢山教えてくれる。
理科というよりサバイバル術とか。
自然現象の仕組みとか
歴史というより、母さんの祖国の言い伝えや紋章の書き方や解き方。
どこで使う機会があるんだろうといつも思っていたが、面白かった。
そんな家族が大好きだったはずなのに。
喧嘩してしまった。
僕のわがままで、母さんに八つ当たりしてしまった。
やっぱりしっかり謝ろう。
夜中に目が冷めた。
時間は午前3時頃…。
昨日は早く寝ちゃったから。
早く目が冷めてしまった…。
まぁ、このまま朝のトレーニングを始めようかな。
トウマは服を着替えて部屋からでた。
書斎のドアが半開きになっている。
「珍しいな…父さんが絶対入るなっていっていつも鍵かけてたのに…」
ちょっとした好奇心でドアを閉める前に覗いてみる。
「うわぁ…」
上から下まで本が詰まった空間だった…。
奥の方にはよく解らない、鎧なんかがおいてある。
完全に想像以上だった。
トウマは好奇心のまま、中に入った。
「トウマ、書斎は貴重で高級な本や、美術品があるから入ってはダメだ。」
物心ついた時から言われているからトウマは今まで一度も入ったことはなかった。
初めての書斎は思ったより広くて、薄暗い感じだった。
「凄い本の数だな…あれ?日本語じゃない…それに何か光ってる…?」
一冊の本を取り出して開いてみた。
母さんの国の言葉で書かれている。
なにか魔法陣とかも書かれており、不思議な雰囲気を感じる。
「え〜っと… 無差別…移動…転送?」
母さんの国の言葉の読み書きは難しいんだよな…。
それに表現が難しくて読めない。
ちょっと一回深呼吸して、落ち着いて読んでみよう。
トウマは入っちゃいけない場所にこっそり入る事に緊張してかなり動揺していた。
深く深呼吸して心を落ち着かせた。
その瞬間、本に書かれている魔法陣が光った。
「え・・・?」
トウマは、一瞬でまばゆい光に包まれた。