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19_シャルウィーダンス?


 彼はウェスタレアが皇妃選定に参加しようとしていたことを知っている。そして、ウェスタレアが処刑されてなお生き延びられたのは彼の協力があったからこそだ。


「私でよければ、ぜひ。フィリックス殿下」


 ウェスタレアの後ろで、ライラとペイジュが一王国の王太子に話しかけられたことに驚いている。


 広間の中央でゆったりと踊る2人。息ぴったりの様子を、周囲は奇異の目で見ていた。なぜ敵国の王族が、のうのうとアルチティス皇国に来ているのか、と。


「きっと今日、君がこの場に来ていると思っていたよ。生きていたんだね」

「おかげさまで」

「公の場で踊りを披露するのは初めてかい?」

「ええ。それはあなたが一番ご存知でしょう」

「手が冷たい。緊張しているんだね」

「――夢にまで見た、殿下と踊っているのですから」

「そんな風に思ってもらえて光栄だよ」


 爽やかな笑みを浮かべて、彼は続ける。


「でも大丈夫。僕に身を委ねていればいい」

「……はい。殿下」


 フィリックスは紳士的にリードしてくれる。恋愛感情はないが彼を兄のように思っていたし、彼もずっと心にかけてくれていた。


「……今の君はコルダータというんだね。どうしてその名を?」

「道の脇にひっそりと生えている雑草だって、百合の花の美しさや輝きに勝るのだという願いを込めて」

「君らしいよ。君はどんな綺麗な花にも負けないくらい……輝いていると思う」

「お上手ですね」


 慣れない彼の賛辞に、余裕のある笑みを返すと、彼は「本心なんだけどな」と苦笑した。


 オーケストラの演奏が終わり、2人に拍手が注がれたとき、彼の眼差しが鋭さを帯びた。拍手の音に紛れるように、耳元でそっと囁く。


「夜会が終わったら――僕の部屋においで。大事な話がある。君を陥れた者たちについて」

「――分かりました」


 夜会が終わって、参集者たちが帰り始めたころ。ウェスタレアはルシェンテ宮殿に残り、フィリックスに指定された部屋に向かった。


 ペイジュを部屋の外で待たせて、中へ入る。客室はすでに人払いがされていて、ソファにフィリックスが腰を下ろしていた。向かいに座ると、早速彼は口を開いた。


「まさかあなたがここにいらっしゃるとは思いませんでした」

「僕も都合があるから、君と話すには今日しかないと思って皇太子殿下に協力してもらったんだ。端的に言う。君はもうすぐ、ウェスタレア・ルジェーンの名前を取り戻せるかもしれない」

「…………」

「前王妃と王女が毒を購入した商会を特定し、取引履歴の書面を押収した。他にもいくつか証拠を抑えている。帰国次第、2人を告訴するつもりだ」


 ウェスタレアは特に驚きもせず、ふぅと息を吐いた。


「そう。……うまくいったのですね」


 ウェスタレアの処刑が行われる前の日。2人は地下牢で会っていた。そのとき彼に、ウェスタレアの潔白を証明するために動いてほしいと依頼していたのだ。


「……これはまた、よく集めましたね」


 渡されたリストには、証拠品や証人が書かれている。集めた証拠の内容は大きなものだった。


「僕はこの裁判に全てを賭けるつもりだ。必ず、前王妃を罪人として王宮から追放する。そのために君に――協力してほしい。ウェスタレア」


 久しぶりにその名前で呼ばれたような気がする。

 どんなに有力な証拠を用意し、裁判を行ったとしても、デルフィーヌは強者だ。偽の証拠や証人で更に対抗してくるだろうし、裁判官を買収することも考えられる。そして王女も頭がよく、演技力に関してはウェスタレアが舌を巻くほどだ。あっという間に聴衆の同情を誘い、味方につけてしまうだろう。負ければウェスタレアの命はない。そして、罪人を逃がしたフィリックスも罪を問われる。

 だが――。


(それでも……前王妃と王女に勝つには……この機を逃す訳にはいかない)


 ウェスタレアは強く頷く。


「もちろん、ともに戦います。裁判では私が被害者として意見陳述をしましょう。……今こそ、彼女たちに勝ち、王宮の膿を出すときです」


 ウェスタレアは、無実を証明してもらうために協力してもらうことに加えて、ひとつ約束を立てていた。


 汚名を晴らし、皇妃になったあかつきには、休戦中のアルチティス皇国とルムゼア王国の和平を結ぶための架け橋となり、貿易を再開するために尽力する――と。


 ルムゼア王国はかなり前から、ある伝染病が流行している。しかし病に効く薬を作るための材料がルムゼア王国では不足しており、材料となる薬草の主な原産国が、アルチティス皇国なのだ。デルフィーヌが異国から仕入れた薬の利権を握っているため、和平交渉は頓挫し続けている。けれど、貿易の再開はルムゼア王国にとって必要なことだ。


「権力に弱い国であってはいけません。前王妃のせいで大勢の民衆が病に苦しみ喘いでいます。だから絶対に、前王妃に打ち勝たなくては」

「ああ。僕も一緒に戦う」


 彼の真剣な表情を見て、ウェスタレアは小さく笑う。


「……フィリックス様は昔と随分変わりましたね」


 フィリックスもデルフィーヌに掌握された国の状況を憂いてはいたが、彼女を恐れて迎合する立場をとってきた。悪く言えば、肩書きだけの王太子で、存在感もなかった。婚約者が幽閉されても何も言わない人だったのだ。


 でも今は、デルフィーヌの勢力を敵に回してまで、ウェスタレアの無実と、王太子としての責任を果たすために戦おうとしている。


「遅いくらいだ。君が毒杯を賜わるまで、何もしなかったのだから。でも、君に諭されて、ようやく腹を決めたんだ」

「私はまだ生きています。遅くなんてありませんよ」

「……優しいね。君は」


 彼の表情からは自責の念のようなものが感じられた。近況を聞き終わったウェスタレアは、早々に退出することにした。部屋を出る直前、フィリックスに告げられる。


「念の為伝えておく。前王妃が毒を取引していたのは――アルチティス皇国のデボラ商会という。貴族を相手に危険な薬物や武器を売る商売をしているらしい」

「貴族相手に……。恐ろしい話ですね」

「では次は、本国でまた会おう」

「はい。健康にはくれぐれもご留意を」

「ありがとう。君もね」

 挨拶を交わし、ウェスタレアは部屋を出た。




 ◇◇◇




 遡ること、数ヶ月前。

 これは、ウェスタレア・ルジェーン処刑の前日のこと。


 裁判で王女暗殺未遂で有罪判決が下ったウェスタレアは、独り牢屋の中に閉じ込められていた。


(私の人生……最期まで閉じ込められてばかりね)


 明日、自分は無実の罪で死ぬ。その事実が自分を失意のどん底に叩きつけるのだ。


「どうしてこんなことに……」


 リリーはウェスタレアにとって、たったひとりの親友だと思っていた。


 頻繁に離宮を訪れ、一緒にお菓子を食べたり、流行りの小説の話や夢の話、家族の話、なんでも共有した。楽しい思い出が沢山あるのに、友達だと信じて浮かれていたのは自分だけだったのだ。


 全ては、『優しい王女に嫉妬心を募らせ殺害を画策した悪女ウェスタレア』を仕立て上げるための――シナリオに過ぎなかった。彼女は、目の前で毒杯を仰ったとき、高らかに笑いながらそう話していた。


 すると、地下牢の奥の階段から靴音が響いてきた。牢番の足音とは違う。そう思って顔を上げると、目の前に手持ちランプをかざされた。


「……辛いな」

「フィリックス……殿下……」


 フィリックスはウェスタレアを見つめながら、悲痛の表情を浮かべていた。彼は身をかかがめ、深く頭を下げる。


「――すまない。全ては僕の力が及ばなかったせいだ」

「顔をお上げください。殿下は何も悪くありません。ずっと覚悟はしておりました。あらゆる思惑と欲が交錯する王宮で、いつこういうことが起きてもおかしくはないと」

「いいや、婚約者を守る責任を果たせなかった僕の罪だ。……なんて君に声をかけたらいいか……」


 ウェスタレアは、「自責なさらないで」と首を横に振ることしかできなかった。


 前王妃デルフィーヌの権力は絶大。どんな横暴を働いても、誰もが目を瞑るしかない。自分の身を守るためには、彼女に従っていくしかないのだ。フィリックスは立場を守るためにそうしてきただけ。


 ウェスタレアが断罪され、デルフィーヌの強い推薦で、次期王妃候補にリリーの名前が挙がっている。彼女はデルフィーヌの娘。リリーが王妃に据わり世継ぎを産めば、デルフィーヌの権力はより強固になるだろう。


「何もしてやれなくて、すまない。ウェスタレア」

「いいえ。殿下にもまだできることがあります。……ひとつ、お願いを聞いていただけませんか?」

「あ、ああ。何でも言ってくれ」


 ウェスタレアは落胆する彼に頼み事をした。


 それから半日ほどして再びフィリックスが牢屋を訪れた。


「これでいいのかい?」

「はい。ありがとうございます」


 お願いして用意してもらったのは、いくつかの薬草を組み合わせた、小指の爪ほどの小さな薬。この薬はアギサクラギの毒を中和する作用がある。アギサクラギ自体、滅多に手に入らない希少な毒で、解毒方法はあまり知られていない。


「――待って。まだそれは受け取れません」

「……?」


 ウェスタレアは差し出された解毒剤を受け取らずに突き返す。


 ウェスタレアの処刑は断頭ではなく、それよりも苦しいとされる薬殺刑に決まっていた。そしてこれは予想だが、リリーが飲んだのと同じ毒が使用されるだろう。


「アギサクラギの毒は、致死量を摂取すると、のたうち回るような苦しみの末に絶命します。ですがこの薬を飲めば、一時的に仮死状態になるんです」


 この薬を毒と一緒に飲み込めば、仮死状態になり命が助かる可能性があるが、可能性は――半々だ。


「罪人を生かそうとすれば、殿下も罪を問われます。ですが逆に、前王妃に打ち勝つチャンスにもなるかもしれない。これは……大きな賭けですが」

「ど、どういうことだい……?」

「私は毒杯を飲んでなお生き延びて、この国を脱出し、アルチティス皇国に逃げてみせます。そして、失ったものを全て取り戻し復讐するんです」


 ウェスタレアは説明した。前王妃は、国内では手に入らないアギサクラギの毒をどこかで入手しているはずだと。その方法を突き止め、証拠と証人を得ることができれば、彼女たちを断罪することができる。


「殿下はご存知ですか? 皇国アルチティスでまもなく、皇妃選定が行われるのを。家柄や年齢、経歴を問われず、能力のみで妃が決められるとか」

「ま、待て。まさか受けるなんて言うつもりではないよね? 表舞台に出るのは危険すぎる。もし正体が知られたらそのときは本当に死ぬことになる」

「話を最後まで聞いてください。アルチティスの皇妃選定が終わるまで、猶予は半年以上あります。ですから……」


 まっすぐにフィリックスを見据えて告げる。


「それまでに、私の潔白を証明するお手伝いをしていただけませんか。そうすれば私は、ウェスタレア・ルジェーンを名乗ることができます。ウェスタレアとして皇妃になったら、相応の対価をお約束します」

「――対価?」


 今、ルムゼア王国で流行している病を沈静化するために、ルムゼアとアルチティスを結ぶ架け橋となり、いずれアルチティス皇国から薬草を仕入れる環境を整えると伝える。ルムゼア王国の膿を出したところで、アルチティスにも和平を阻む原因があるから、それを解決するのだと。


「私はこれでも、元次期王妃としての矜恃があります。悪人と病から多くの民を救いたいんです」


 ルムゼア王国の国民はきっと、無実のウェスタレアのことを悪女として責め立て、忌み嫌うのだろう。それでも、彼らが病に苦しんでいい理由にはならない。


「……君は、次期王妃の立場が嫌なのだとずっと思っていたよ。賢い君なら、もっと違う平和な生き方もできただろうに……。本当にその道でいいのかい?」

「私は王妃になるためだけに生きて学んできました。でもまだ、誰の役にも立っていません。こんなの……死んでいるのと同じようなものです。私は――王妃になりたい」


 ウェスタレアを捨てるルムゼア王国ではなく、場所を変えて。どこに行ったとしてもウェスタレアの夢は変わらない。それに、リリーの思い通りのままではいたくない。


「フィリックス様は、このまま権力に弱い王になるおつもりですか? 病に喘ぐ民を見て見ぬふりし続けますか? もし、私とともに戦ってくださるなら……その薬を私にください」


 彼は躊躇わなかった。


「分かったよ。僕は君の無実を明らかにするために力を尽くそう。僕にも……王族としての責任がある。誰も傷つけさせたくないし、もう名ばかりの王太子ではいたくない」


 2人は暗い地下牢の中で、約束を交わした。これ以上、前王妃や王女の好きにはさせないと。ウェスタレアはフィリックスから解毒剤を受け取り、優美に微笑んだ。


「私が死んだら……棺を沢山の美しい宝飾品で埋めて、一番お気に入りだった指輪を嵌めてほしいです。これが殿下への最後のお願いです」


 そうすれば、埋葬されたときに盗掘人に狙われる可能性がぐっと上がるだろう。それに、お気に入りの指輪には、護身用に麻酔作用のある毒薬を塗った針が仕込んである。


 そして、これ以上の手助けをするなと付け加えた。フィリックスが罪人を助けるために動いたことが明るみに出れば、国家に背いた彼は非難される。


「ああ。その願い、承ったよ」


 フィリックスが去って行った牢の中で、ウェスタレアは解毒剤をぎゅうと握り締めた。前を向くしかないと、自分を奮い立たせながら……。


 ウェスタレアは処刑の前に、舌の裏に薬を忍ばせる。そして強運は味方した。


 予想通りにアギサクラギが薬殺に使われ、ウェスタレアは薬と一緒に毒杯を飲み干すのだった。


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