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18_華やかな夜会


 三次選考の会場であるルシャンテ宮殿は、目が眩むほど荘厳豪華だった。廊下には高そうな壺や置物が置いてあって、壁や天井には複雑な模様の絵が書かれている。熟練の職人たちが技術を注いだことがひと目で分かった。


 広間に続く大扉の前で、一度深呼吸する。


 背筋をぴんと伸ばして顎を少し引いて、自分が最も美しく見える姿勢で、広間へと向かった。


 螺旋階段を降りれば、人々の視線が一瞬でこちらに集まった。――なんて美しい娘なのだ、と。


 その凛とした佇まいと、余裕のある様子に誰もが目を奪われる。所作のひとつひとつが完璧で洗練されているのは、厳しい妃教育の賜物だ。


 階段の少し高いところから人々を見下ろして、優雅に微笑む。


(この中に……ドレスを切り刻んだ犯人がいる)


 参集者たちに愛嬌を振り撒くふりをして、こちらを見ている人たちの顔を観察する。すると、ひとりの令嬢が、ウェスタレアの顔を見て動揺した様子で目を泳がせた。


(そう……あなたなのね。――エリザベート嬢)


 まぁ別に、犯人が分かったところで咎めたり、仕返ししようという気はない。不正を働いて他人を蹴落としてのし上がろうとする人は、どの道上にはいけないだろうから。


 冷えた眼差しを向ければ、彼女は青くなって俯いてしまった。


 夜会の始まりを告げる鐘が鳴り響いたあと、三次選考に残った皇妃候補たちは、この夜会の主催者である皇太后に並んで挨拶をした。一段高いところに座っていた彼女が、こちらに歩んで来る。


 皆が最上級のカーテシーを見せる。


「皆さん、本日はよく来てくださいました。お会いできて嬉しいわ」


 皇太后は、扇子をぱんと閉じ、優美に微笑んだ。年齢を感じさせない美貌と品のある雰囲気にウェスタレアは圧倒された。彼女はウェスタレアと同じくらい背が高くほっそりしていて、集団の中でひときわ存在感があった。


(この方が……皇太后様)


 皇帝を生んだ国母である彼女も、同じ皇妃選定で選ばれたのだ。自分が目指す場所にいる彼女を、まっすぐ見据えた。彼女は10人の候補者たちを観察し、真っ先にウェスタレアに話しかけた。


「とてもお綺麗ね」

「恐れ多いお言葉でございます」

「そのドレスは……どこで?」

「……私を応援してくださる方から、贈っていただきました」


 すると彼女は全てを悟った様子で、意味ありげに呟いた。


「なるほど。――それで私の衣装室の鍵を取りに来たのね」


 しかし、その呟きをウェスタレアが聞き取ることはできなかった。皇太后は更に、ウェスタレアの耳に輝くピアスを見て、眉を上げた。


「そ、その耳飾りも、贈り物のひとつ?」

「え……いえ。これは――借り物です」


 借り物というより、ウェスタレアが強奪したのだが、それは内緒だ。


「まぁ。お守りということかしら。彼も随分と粋なことをする男になったのね。――なるほど。あなたに強い味方がいることはよく分かったわ」


 皇太后はこの耳飾りがレオの所有物であることを理解していた。


(なるほど。レオがこの場にピアスを付けていくように言ったのは、このためだったのね)


 ドレスに添えてあったメッセージカードに、このピアスを付けていくように書かれていた。このピアスは皇太子の証。そんなものを預けるということは彼がウェスタレアを信頼しているという意味であり、ピアスの所有者を知る者に、皇太子という後ろ盾があることをほのめかすことができる。このピアスは、レオなりの応援なのだと分かった。


 彼女は納得した様子で、次の令嬢に声を掛けに行った。


 皇太后が最後に話しかけたのはエリザベート。


「あら、どうしたのエリザベート嬢。先ほどから顔色が悪いわ」

「い、いえ……。ただ、コルダータ嬢が――皇太后様が建国祭でお召になったドレスを着ていらっしゃったので……」

「ふふ、彼女の方がよく似合っているわよね」

「!?」


 そんなやり取りが耳に入ってきて、ウェスタレアは大きく目を見開いた。

 皇太后が着用した至高の一品だったと知って急に恐れ多くなり、背中に変な汗が流れた。


 皇太后への挨拶が終わり、皇妃候補たちは、ほっと肩の力を抜いた。


「はぁ〜〜緊張したよ〜。皇太后様とお話ししちゃった!」

「あたしなんてまだ足震えてるし」


 皇妃候補たちは、きゃっきゃっと騒いだり、お互いを励まし合っている。


 他方、対峙するウェスタレアとエリザベートの間には、緊迫した空気が漂っていた。


「そのドレスをどうしてあなたが? コルダータ嬢。お答えになって」

「お答えいたしません。なぜそんな必要が?」

「なぜって……」


 普通、目上の立場の令嬢から尋ねられたら、つべこべ言わずに答えるのが礼儀だ。しかし、挑発的な態度を取るウェスタレア。


「それより、どこかで休まれた方がいいのでは? 皇太后様もおっしゃっていましたが、顔色が優れないようにお見受けします」

「いいから、答えなさいと言っているでしょう!?」


 しん……。狼狽えるエリザベートの姿に、辺りが静まり返る。


(こういう感情的なタイプは、分かりやすくて扱いやすい)


 その点、リリーは賢かった。穏やかな笑顔の下に隠した本心を誰にも悟らせず、自分の野心を実現させるために権謀術数に思いを巡らせていたのだから。


 ウェスタレアは目を細めて、彼女の耳元で囁いた。


「あなたが本当に気になさっているのは、私が着ているこのドレスのことではなく、切り裂いたドレスの方ではありませんか」

「……っ」


 数歩後ずさり、わなわなと震える彼女。露骨に目を泳がせるところを見るに、十中八九彼女の仕業だったのだろう。


「な、なんのことだかさっぱり分かりませんわ」

「目が泳いでいますよ。箱の中に、髪の毛が入っていたんです。――ちょうどあなたのと同じ色で、同じ長さの」

「……! 誰かに私の仕業だとお言いになったの……?」

「さぁ、内緒」


 内緒、とは言ったものの、エリザベートの所業だということは、今気づいたばかりでまだ誰にも打ち明けていないし、今後バラすつもりも仕返しする意思もない。


(髪が入ってたなんて、嘘だけど)


 カマをかけたのだが、あっさりと引っかかってくれた。するとそのとき。エリザベートは怒りに任せてウェスタレアの頬を叩こうと手を振り上げ、息を荒らげた。


「なんて生意気な物言い……。わたくしを誰だと思っていらっしゃるの!? 身の程をわきまえなさい!」


 手が振り下ろされ叩かれそうになっても、ウェスタレアは怯まず、一切目をそらさない。すると、颯爽と現れたペイジュが彼女の腕を掴んだ。


「……っ、ちょっと、何をなさるの!? 邪魔をしないでくださいまし!」

「――失礼。レディーに無許可で触れたことはお詫びいたします。ですが、神聖な選定の場でこれ以上騒ぎ立てては、あなたにとっても不利なのでは?」


 ペイジュに諭された彼女は、悔しげに歯軋りしてから手を下ろす。ウェスタレアはそんな彼女に言う。


「これだけは忠告させてください。誰かを蹴落として成功を手に入れようとしても……大抵はうまくいかないものですよ」

「お黙りなさい!」


 評判がよいエリザベートが取り乱す姿に、参集者はひそひそと内緒話をする。ぶるぶると怒りに震える彼女を、侍女たちが宥める。


「お嬢様、落ち着いてください!」

「大勢の方が見ておられます。一度外に出ましょう」


 ウェスタレアの元に、同伴して来てくれた推薦人のライラも駆け寄った。ウェスタレアはドレスを駄目にした犯人がエリザベートだったから、もうこんな真似はしないように忠告したのだと話した。


「お気持ちは分かりますが、肝が冷えましたよ、主」

「あのように癇癪を起こして、エリザベート嬢は最終選考には残れそうにありませんね」

「それはどうかしら。彼女の家は相当大きいから。社会とは往々にして権力に弱いものよ」


 もし彼女が残ったとしたら、忖度があったということだ。


 ウェスタレアはライラに尋ねる。


「夫人は、エリザベート嬢について何かご存知?」


 ライラは上位貴族にはあまり詳しくないのだと前置きして、エリザベートについて知っていることを教えてくれた。品行方正で交友関係も広く、評判が良いのが彼女だった。国一番の皇妃候補と言われるほど。――そしてもうひとつ。


「彼女は……皇太子殿下に想いを寄せていることでも有名ですね」


 エリザベートが皇妃になりたい理由はよく分かったが、それでウェスタレアを極端に敵視する理由は見えてこなかった。家柄もよくない異国人のウェスタレアは、彼女からしたら敵ですらなさそうなのに。


(恨まれるようなこと、何かしたかしら……)


 ウェスタレアはこのとき、皇太子に膝枕しているところを目撃されているとは夢にも思わなかった。


 するとまもなく、オーケストラがワルツを演奏しはじめた。

 皇妃候補たちはパートナーと踊り出す。


 しかし、踊る相手がいないことを心配する必要は全くない。広間にいる男たちは絶え間なくこちらをちらちらと盗み見ている。未来の皇妃との繋がりを作っておきたいからだ。だから堂々と誘いを待っていればいい。


 しかし、一番初めにダンスの誘いを申し込んだのは――この男だった。


「――レディ。よかったら僕と踊ってくれないかな?」


 洗練された所作でこちらに手を差し伸べたのは、ルムゼア王国の王太子であり、ウェスタレアの元婚約者の――フィリックスだった。

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