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17_切り裂かれたドレスと希望


 三次選考の2日前。またしても事件が起こる。


 夜会で着るためのドレスが屋敷に届いたのだが、ドレスは何者かによってズタズタに切り裂かれていて、ドレスとしての原型を留めていなかった。ラッピングが剥がれかかっていたので、配送途中に誰かが故意にやったとしか考えられない。


「ひどい……」


 ペイジュがそう声を漏らす。しかしウェスタレアは、声さえ出せなかった。


 ペイジュは、一体誰がこんなことを、と首を傾げていたが、ウェスタレアにはおおよその予想がついていた。皇妃候補10人のライバルの誰か――としか考えられない。


 布切れをぎゅうと握り締める。当日までに新しいドレスを仕立てさせるのは無理だ。ウェスタレアは平均的な女性より背が高く細いから、合うドレスは簡単に手に入らない。


 頭が真っ白になり、手や足の感覚が消えていく。


「主、どうなさるおつもりですか? このままじゃ当日に間に合わない。すぐに代わりのものを用意する方法を――」


 ペイジュが自分に語りかけている声も、ほとんど頭に入って来ない。


「聞いてますか、主」

「黙って! 分かってるから。……この状況が深刻だってことは私が一番よく分かってるのよ……!」

「…………」


 こんなに声を張り上げたのは、いつぶりのことだろうから、ウェスタレアの狼狽える姿に、ペイジュも驚いている。


 はっと我に返った。彼女に八つ当たりをしても意味がないのに。


「ごめんなさい。……頭、冷やしてくるわ」


 ウェスタレアはそのまま家を出ていた。


 ドレスショップに向かってみたが、案の定ウェスタレアのサイズに合うドレスは見つからなかった。それに、ウェスタレアは今はただの一般人。貴族が着るような高級ドレスをぽんと買うような財力はない。


 一般人がちょっと背伸びをして買えるようなドレスは明らかに質が低く、貴族からは笑われるだけだ。もう、三次選考は辞退するしかないのかもしれない。


 商店街を離れて、とぼとぼと湖沿いを歩く。


 石造りの手すりに腕をかけて、せせらぐ湖面をぼんやりと眺めた。


(……もう、ここまでなのかしら)


 思い通りにならないことばかりだ。掴みかけたと思えば足を引っ張られての繰り返し。いつもいつも、いつもそうだ。


 頑張ったって無駄なのかもしれない。どうせ誰かに邪魔されておしまい。それがウェスタレアのお決まりのパターンなのだ。


(もう嫌……っ。消えたい。もうどうでもいい。全部投げ出してしまいたい……)


 涙さえ出ず、ただ呆然と立ち尽くす。

 何もかも諦めてこのまま湖に落ちて、泡のように消えてしまえたら楽なのに。そんな気持ちにさえなる。


「――コルダータ」


 聞き慣れた声が耳を掠めて、ウェスタレアは肩を竦めた。


「本当にあなたって……いつも絶妙なタイミングで現れるわね」


 レオはウェスタレアの顔を覗き込んで不敵に微笑んだ。いつもと変わらない不敵な表情に、どこか安心してしまう。悪夢からふいに現実に引き戻されたような感じ。


「元気がないな。何かあったか?」

「三次選考のために買ったドレスが……切り裂かれて届いたの。本当に運がないわよね、私」


 もう自分は三次選考に参加することはできないだろうと打ち明ける。


「それだけのことで諦めるのか?」


 それだけのこと?

 あまりにも無神経な言葉に眉をひそめる。


「諦める以外にどうしろって言うのよ。もう方法がないの。なら裸で皇族の前に出ろとでも?」

「そうは言っていない。ただ、お前の覚悟はその程度だったのかと聞いているんだ」

「……なんですって?」


 レオはうっすらと見えるスリド王国の国境を指差した。


「お前は皇妃になるためにあの高い壁を越えて来た。ドレスひとつで諦められるような夢だったのか? 違う。諦められなかったからここにいるんだ。自分ならできると信じているから、足掻いてきたんだ」

「…………」


 煽るようなその言葉が、ウェスタレアの心にずしんと刺さる。


 そうだ。ウェスタレアは一度悪女という汚名を着せられ、愛していた民衆に罵声を浴びせられ、親友だと思っていた人からの嘲笑を受けながら毒を飲んだのだ。

 それ以上の試練なんて、存在するはずない。たかがドレス一枚で挫けてどうする。


「私の執念は、そんなものではないわ。ここまで頑張ってきたのに……今更引けない」

「そうだ、その調子だ」

「巡ってくるチャンスは……決して多くはない。だからこそ、絶対に掴みたいの。だめだったとしても、最後までやれるだけのことをやらなくちゃ後悔する」

「ああ。お前ならやれる。俺はそう信じている。さぁ、もう行け」

「…………」


 ウェスタレアはレオの腹をどずっと拳で突いて、睨むように見上げた。


「……ありがとう。私、もう行くわ」


 むっとした表情で小さく呟き、踵を返す。


(早く帰らなくちゃ。時間がない。……それに、ペイジュに謝りたい)


 諦められるはずがない。

 どん底から這い上がると決めたのだから。

 幼いころからの夢を叶え、必ず皇妃になる。


「礼を言いながら殴られたのは初めてだ」


 走っていくウェスタレアの後ろ姿を見つめて、レオは苦笑した。


(挫けるな。皇妃の座を掴め。ウェスタレア・ルジェーン)


 買い物をして屋敷に帰ると、ペイジュが居間で裁縫道具を広げて、ズタズタにされたドレスを繕っていた。彼女は裁縫なんてやったことがないのに。


「ああ、お帰り。主」

「ペイジュ……」


 彼女はこちらにそう声をかけてからすぐに視線を下に落として、再び作業を再開した。ペイジュの隣に腰を下ろして、買ってきた紙袋をテーブルに置く。裁縫屋や仕立て屋を巡って、高見えする生地やレースなどの材料を購入してきたのだ。


 ウェスタレアも裁縫道具を取り出して、ドレスの修復を始める。


「この2日は寝られないわよ」

「はは、望むところです。主こそ大丈夫ですか?」

「平気よ。体力はある方なの。……それと、ありがとう。ペイジュ。その……色々と」

「さぁ、なんのことだか」


 ウェスタレアは一瞬諦めかけていたが、ペイジュは少しも揺らぐことなく待っていてくれた。ウェスタレアが立ち上がることを信じて。


「お礼に栄養ドリンクを作るわ。目が冴えるわよ」

「いえ、お構いなく。そんなものを飲んだ日には、二度と目を覚ませなくなりそうなので」


 ばっさりと切り捨てられて、苦笑するウェスタレアだった。


 ――チュンチュンッ。チチッ。

 2日後。小鳥がさえずるころ。徹夜で修復作業をしていたウェスタレアは、ソファでうとうとしていた。


 手に持っていた針がブスっと指に刺さり、痛みで一気に目が覚める。


「――痛っ! ……って、今何時!?」


 時計を見れば、2時間もうたた寝して作業を進められずにいたことに気づく。


(寝てる暇なんてないのに……!)


 ばしばしっと両頬を叩き、気合いを入れ直す。重い瞼を擦りながら、作業を再開した。この調子で頑張れば、なんとか今夜の夜会には間に合うはず。


 しかし、隣で作業をしていたはずのペイジュの姿がない。代わりに、テーブルの上に大きな箱が置いてあった。


「なんの箱……?」


 小首を傾げていると、両手にコーヒーが入ったカップを持ったペイジュが戻って来た。


「コーヒー、飲みます?」

「いただくわ」


 湯気がのぼるカップを受け取り、尋ねる。


「この箱は何?」

「ついさっき玄関の前に置かれていたんです。主宛に」

「私に……?」


 箱には封筒が添えられていて、中の便箋には短く、『薬草の礼』とだけ書かれていた。薬草を渡した相手はレオだ。匿名だったが、送り主は彼なのだと理解して箱を開ける。


「…………!」


 中身を見て、ウェスタレアは目を見開いた。入っていたのは、ウェスタレアが元々用意していたものよりもはるかに上等なドレス。


 ドレス全体に、宝石が縫い付けられていて、窓から入り込む自然光に当てると繊細で美しい輝きを放つ。


 深みのある赤が基調となった贅沢な逸品で、ウェスタレアのサイズぴったりだった。


 改めてメッセージを見ると、『そのドレスには、青いピアスが一番合うだろう』と更に書いてある。裏面をひっくり返して見ても、それ以外には何も書いていない。ウェスタレアはおもむろに右耳に手を伸ばした。レオにとっての青いピアスといえば、彼から奪ったこれだろう。いつもは返せ返せとせがんでくるのに、どういう風の吹き回しか。


「これは……かなり上等なドレスだ。主、いつの間に用意されていたんです?」

「あー……それは、ええと……」


 急に歯切れ悪くなり、視線をさわめわせるウェスタレア。


 ペイジュはレオのことを不審がっている。彼からもらったと知ったらまた面倒なことを言ってくるかもしれないと思い、手紙をぐしゃっと握り締めて背中に隠し、誤魔化した。


「そ、そうよ。ちょっとしたツテがあってね」

「さすがは主! よかったですね。きっととてもお似合いになります」

「え、ええ。ありがとう」


 安心したところで、急に眠気に襲われた。ソファに倒れ込むと、ペイジュがどうしたんですかと心配そうに聞いてくる。


「少し……寝か、せ――て」


 言い終わるころには意識が飛んでいた。気絶するように眠ったウェスタレアに、ペイジュは肌掛けをかけてくれたのだった。


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