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16_密かな恋心


(レオはどうしてあんな話を……?)


 ウェスタレアは先日のレオの話について、考えあぐねていた。どうしてウェスタレアに、ルムゼア王国の隠された令嬢と会った過去のことを話したのだろうか。


(まさか私が、レオの初恋だった……なんて)


 ソファでひとり、赤くなった顔を手で覆う。


 よく覚えている。幽閉されていた離宮に少年が迷い込んで来た日のことを。名乗らずに帰ってしまったし、顔もよく思い出せなくなっていたが、あの少年は、レオだった。


 ウェスタレアはピアスを外して眺めた。彼と自分を繋ぎ止めてくれたもの。


(昔も今も、彼に励まされ続けていた。レオがいなければ、今の私はいない)


 会えば小競り合いばかりしているような仲だが、そのひとつひとつが楽しくて、一緒にいると安心する。それに、離れているときも彼のことをいつの間にか思い出したり、会いたくなったりするし、彼のことを考えていると、なぜか胸が高鳴る。


(私は、レオのことが……)


 ピアスを眺めながら、唇を動かす。


「す――」


 その感情を表現するには最もふさわしい二文字を呟きかけたとき、上から声が降ってきた。


「またそのピアスを見ていらっしゃるんですか」

「きゃっ!? ……ペイジュ」


 後ろからペイジュがひょっこりと顔を覗かせた。


「驚きすぎでは? 今何をお考えになっているか当てましょうか。あの男のことでしょう」

「…………」


 ウェスタレアは沈黙で返した。しかしその反応では、『図星です』と言っているのと同じだ。ペイジュが困ったように小さく息を吐いた。


「もしあの怪しげな男に対して情を抱いていらっしゃったとしたら、主が辛くなるだけです。一時の思い出として割り切れないのなら、もう会うべきではありません」

「もしも私が、あの人のところに嫁ぐとしたら?」

「え……それは、どういう……」  

 

 ウェスタレアはおもむろに分厚い本をテーブルの上に置いた。それは、この国の貴族の紋章図録。


 この国では普通、貴族は紋章登録を行い、紋章を身分証として使う。よって、図録を見ればすぐに紋章と家門を紐付けることができる。


 そしてアルチティス皇国では、皇族のみ『個人』を示す紋章を保有することを許されている。馬と剣を紋章に使うのを許可されているのは、身分階級の頂点――皇家オレンシアだけだ。そこに国花であるバラを加えて描いてあるのが、レオのピアスの紋様だった。


(そう。やはり彼は……)


 ウェスタレアはあるページに描かれた紋章を指で指し示す。


「この紋章、ピアスと同じだ。つまり……」


 あの紋章はまさに、次期皇帝の証。皇太子が使用しているものだった。この耳飾りひとつで、機密文書が集まる宮殿書庫に出入りができてしまうし、多額の金を動かすこともできてしまう。取り返そうと躍起になるのは当然のことだ。ペイジュとウェスタレアは顔を見合わせる。


「あのお方が――皇位継承権第一位、レオナルド・オレンシア皇太子殿下だということ」

「……!?」


 レオは、この国の皇太子であり、離宮に迷い込んだあの少年で間違いない。


 昔に彼が、離宮からウェスタレアを連れ出そうとしてくれたことは、今も心の柔らかい場所に残っている。


 今思えば、皇太子である彼が敵国の次期王妃を攫おうだなんて、無謀で、恐れ知らずなことを口にしたものだと思う。


 幼いながら、ウェスタレアを助けるために罪を背負うことをいとわなかった。


 一方のウェスタレアも、王妃になることに執着していたのに、ほんの少しだけ、彼の手を取って着いていきたいと思ってしまったのは……内緒だ。




 ◇◇◇




 エリザベート・レインはアルチティス皇国の公爵令嬢だ。見た目も美しく、勉強もできて様々な素養もあった。世間では、この国一の皇妃候補なんて言われてもてはやされてきた。……なのに。


(わたくしが2位……なんて)


 皇妃選定一次の結果は2位だった。結果通知の紙をぐしゃっと握り潰す。


 エリザベートは父があらかじめ手に入れてきた問題文を先に見ており、余裕で首席になるはずだったのに。まさか、不正している自分より良い成績を修める者がいるなんて予想外だ。


 エリザベートを差し置いて首席になった候補者の名前は、コルダータ。初めて聞く名前だが、異国出身の爵位も持たない一般人だった。一般人ということは、エリザベートのように不正はできず、実力でその点数を取ったのだろう。怪しげな薬屋で働いて生計を立てながら皇妃選定を受けているとか。


 騎士に彼女を尾行させると、とりわけ美しい付き人と同居しており、自分で家事もしながら一般庶民として暮らしていた。


(……皇妃選定を舐めておりますの? わたくしは子どものころから皇妃になるために努力して参りましたのに……)


 下唇を噛むエリザベート。


 白銀の髪をしている娘だと聞いて、一次選考の会場で会った美しい女性のことを思い出した。明らかに他の娘たちと雰囲気が違い、つい何者かと思って声をかけたると、彼女もコルダータと名乗った。


 そこで彼女を危険に思い、2次選考で彼女を落とすために、レイン公爵家の息のかかった貴族家に審査させるように画策したが、何者かに邪魔されて失敗した。結局選ばれたのは、ペトロフ侯爵夫人というぱっとしない田舎の貴族で、ウェスタレアはまたしても駒を進めた。


 しかし、心配することはない。最終選考での票は少なくとも2票はエリザベートに決まっている。最終選考の投票は、皇帝と皇妃、皇太子、皇女、皇子の計5名で行われるのだが、皇女と皇子はすでに取り込んである。


 エリザベートは以前、皇女が想い人を手に入れるために仲介したことがあった。相手は婚約者がいる上位貴族の令息で、皇女との浮気が原因となり婚約破棄になった。その経緯を知るエリザベートに、彼女は逆らうことなどできまい。


 皇子もレイン公爵家に多額の借金があり、頭が上がらない状態。まかり間違っても、エリザベート以外の令嬢に票を入れることはない。これで、あとひとり誰かが票を入れたら、エリザベートが皇妃だ。


(皇妃になるのはわたくし。――あのお方のお傍にいるのは、わたくしよ)


 エリザベートはレオナルドを恋い慕っていた。


 皇宮図書館に来るという口実で、度々ルシャンテ宮殿に訪れているのは――偶然を装ってレオナルドに会うためだ。


 宮殿の廊下で目の前を通りかかったレオナルドに、深く頭を下げる。


(……今日はレオナルド様にお会いできた)


 こうしてたまたま廊下で姿を見かけても、会釈することしかできない。でもそれで構わないのだ。


(今日も素敵ですわ。毎日お忙しそうだけれど、ご無理はなさっていないのかしら。きちんと食事を召し上がって、眠れていらっしゃるのかしら)


 レオナルドが通り過ぎるまで、お辞儀したまま待つ。気持ちが高揚し、緊張で脈拍が加速する。もちろん、話しかけられることはない。そう思っていたのに――。


「エリザベート嬢」

「ひゃっ!?」


 まさか話しかけられるとは思っておらず、変な声が出てしまう。かっと顔が熱くなるが、彼は嫌な顔をしなかった。


「驚かせてすまない。急に話しかけて配慮が欠けていたな」

「い、いえ。とんでもございませんわ。……わたくしに何か御用でしょうか」

「いや、選考の一次を通過したと聞いたから声をかけただけだ。おめでとう」


 レオナルドから祝いの言葉をかけてもらえて、ますます頬が赤くなってしまう。


(まさか、レオナルド様に祝っていただけるなんて……幸せ)


「……とでも言うと思ったか?」

「へ?」


 すっかり舞い上がるエリザベートだったが、彼のひと言でどん底に叩きつけられる。


「――不正をしてまで、外戚権力が欲しいのか? お前たちレイン公爵家は」

「――っ!」


 レオナルドはエリザベートの不正を見抜いていた。そしてエリザベートを皇妃に据えることが、レイン公爵家の意向だということも知っていた。


 確かに父は外戚権力を欲しているが、エリザベートが皇妃になりたいのは、家の方針と無関係だ。『悪の貴族』とも囁かれるレイン公爵家を、彼は目の敵にしている。父親は確かに、悪名高く狡猾な人物だが、エリザベートは父親ほどの悪人ではない。


(違う。ただわたくしは、レオナルド様に近づきたくて……)


 舌先まででかかった本音を飲み込む。レオナルドは冷めた眼差しでこちらを見下ろして告げた。


「2次選考はライバルを落とすために手を回していたようだが、俺が思い通りにはさせない。――最終選考も、皇女と皇子を除いた3名で厳正に行う。それがオレンシア皇家の意向だ。卑怯な真似をして通用すると思うな。父親にもそう伝えておけ」


 彼はそれだけ告げて去って行ってしまった。


(……そのような言い方、あんまりですわ)


 コルダータを落とすために手を回していたことが、レオナルドに知られていたなんて。皇女と皇子がレイン公爵家に頭が上がらないことも彼はとっくに把握済みだった。レオナルドはこの国の情報に精通しており、なんでも見通している。怖いくらいに。


 それに、レオナルドが直々にコルダータの2次選考の審査員となる貴婦人を采配したようだ。


(なぜ……レオナルド様はあの女に肩入れなさるの?)


 レオナルドが過ぎ去ったあと、エリザベートは立つ力を失って倒れ込んだ。侍女に支えられながらようやく帰宅できたのだった。


 しかし後日。またしてもエリザベートは絶望の底に叩きつけられる。


 馬車での移動中。皇都の片隅でひと組の男女を見かけた。湖のほとりのベンチで、男が女の膝を借りて眠っている。しかし、窓を開けてみて、すぐに分かった。あの2人は――コルダータとレオナルドなのだと。


 いつの間にか2人は心を通わせていた。


 コルダータがレオナルドの頭をそっと撫でたのを見て、嫉妬心が雷電のようにびりびりと駆け巡った。エリザベートはスカートをぎゅっと握り締め、唇を噛んだ。


(憎い……っ。わたくしの方が、長く慕っておりますのに。憎い、憎い……!)



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