成敗
「そうなるとは思っていたけど、隼人の家は怜奈さんの家の警護を受けたんだね?」
俺と並んで歩く和輝は、目の前でアスナと仲良く話す怜奈へと視線を向ける。
昨日の段階からそうなるだろうと和輝は予想していたみたいだけど、
日課である隼人とアスナの迎えの際に啓一さんと怜奈がいたことで確信へと変わったようだ。
「そうだね。 詳しい話はまた昼休みにでもするけど、正式に警護につくことが決まったよ。
そして……俺の初仕事は怜奈の警護に決まった」
その言葉にも和輝は特に驚く様子は見せない。
「驚かないの?」
俺の初仕事だ。
昔からの親友には多少なりとも驚くなりなんなりしてほしい……
そういう気持ちから思わず和輝に問いかける。
「なんで?
隼人の実力は知っているし、昨日の昼休みでの怜奈さんの隼人への溺愛っぷりを見ていれば、
誰だってそうなるって予想できると思うけど?」
「なるほど……」
「それで? 怜奈さんの警護につくってことは勿論四六時中一緒なんだろ?
と言うことは今日から隼人は帰る場所が違うのかな?」
「いいや……それが怜奈が警護をしている間、家に住み込むことになった」
その言葉に和輝は一瞬驚くがすぐさま合点がいったと言う様な様子を見せる。
「確かに、隼人の家より安全な場所なんてそうそうないだろうしね」
「まぁ……そういうことになるかな」
しばらく何かを考えていた和輝がクイッっと眼鏡の位置を治すと
太陽の光を反射して怪しく光る……
「と言うことは……昨日はアスナちゃん荒れてたんじゃないか?
今はそう見えないけど」
和輝の視線は怜奈から今も何かの話題で盛り上がっているアスナへと向けられる。
「荒れる? いや……荒れてはないけど?
荒れてはないけど……」
”お兄ちゃん。 もうお母さん公認だから遠慮しないね!”
あの言葉が俺の脳裏に焼き付いている……
それを思い出してしまい言葉に詰まった。
そんな俺の様子を和輝が見逃すはずがない。
「ほぉ……あの様子じゃ……お互いを認め合ったってとこかな?
そして……万年朴念仁の隼人がこんな状態になっているってことは……
アスナちゃんもいよいよ動いたってことか」
和輝はこの短いやり取りから何かを悟ったようだ。
なんだよ! その”皆まで言うな。すべてわかった”って表情は!
だけど………和輝の事だ……本当にわかっているんだろうな……
親友の相変わらずの多方面の頭の回転の速さ……恐ろしい……
何時もの3人に和風美少女の怜奈が加わったため、
通学路はいつもの倍騒がしい……
昨日の段階で怜奈の存在を認識している生徒達からは
「ええ!! 三千院さん昨日の今日であのグループに入ってるの!?」
「なんか隼人君と知り合いだったって噂だよ?」
「あ~、隼人君の家立派な旧家だもんね。 そう言う所からの繋がりとかあるのかな?」
「きゃー! なにそれ? ロミオとジュリエットみたいな!!?」
「ばーか! それじゃあ隼人君の家と三千院さんの家がいがみ合ってなきゃダメじゃない」
「あ……そっか」
「でも本当に……あそこの空間は小説の中みたいに現実離れしてるわよね」
「うん……」
そんな様子が見て取れる。
しかしそんな様子を全く汲み取ろうとしない3人にヤレヤレと和輝は頭を悩ませる。
通学路途中にある大通りの交差点に差し掛かった時、
「おう、隼人にアスナちゃん。 おはようさん」
聞き覚えのある野太い声に挨拶をされた。
「おはよう」
「おはよ~」
俺とアスナは中学校からの親友である東堂晃に直ぐに返事をした。
するとどうだろう……遠巻きの周囲から
「イヤーーー!!」だの「穢れる!!」だの……
そんな穏やかじゃない声が耳に届く……
そんな声に晃は
「うるせぇよ!! 朝からキャーキャー騒いでんじゃねぇ!!」
凄みをきかせ、迫力のあるその声に遠巻きの一同はピタリと騒ぐのをやめた。
「ったく……」
今だ睨みをきかせている晃の頭を和輝が小突く。
「おい、ゴリラ。
確かに向こうが騒がしかったが、人間を脅すのはそれくらいにしておけ」
和輝の言葉にピクリと反応した晃は今度はその視線を和輝へと向ける。
ゴリラ……
和輝がそう表現するのは晃のその日本人離れした見事な体系の為だ。
このままアメフトのトップ現役選手達と並んでも恐らく遜色はないだろう……
そんな恵まれすぎた体系に強面の顔……
坊主頭のサイドにはデザインが剃り込まれ、とても高校生には見えない……
現に今着こんでいる制服姿はコスプレと言われても無理がある……
「陰険眼鏡……2度と俺をそんな風に呼ぶなと言ったはずだが?」
「おや……そうだったかな? 生憎ゴリラ語は勉強してなくてね。
僕と君との間で認識のずれがあったかもしれないね」
和輝が言い終る前に晃がその大きな手で和輝の胸倉をつかみ上げる。
「きゃあ!」
遠巻きからそんな声が上がる。
しかし、隼人やアスナは特に取り乱したり、止めようとする様子はない。
なぜならこの2人はいつだってこうだからだ……
過去に2人の知らないところで1度本気でぶつかってはいるのだが……
それ以降はじゃれ合いの延長くらいでいつもやめている。
今回も晃は和輝の胸倉をつかんではいるがその後に続く様子はない。
だが、今日はそんな日常をしらない人物が一人いたことまで隼人達の考えは及ばなかった……
カチャ
そんな音を立てながら晃の首筋に紫色の布で包まれた棒を押し当てる人物が1人……
「今すぐ和輝さんからその手を離しなさい。他の行動をすれば容赦はしません」
その声に俺と和輝は焦る。
怜奈の目はとてもこれを冗談に見ている感じではない……
「ちょっ! 怜奈!!」
「怜奈さん!! これは!!」
俺と和輝が同時に止めようと声をかけたが遅かった……
「なんだ? テメーは?」
怜奈のことを全く知らない晃は、そう言いながら振り向こうとする。
もちろんその最中、和輝からは手を放してはいない。
「成敗!!」
怜奈の綺麗な声が周囲に響き渡ると同時に、
反転しながら刀の柄の部分で、
晃の無防備なみぞおちに強烈な一撃を叩き込む。
「!!!???」
余りにも予想外な強烈すぎる一撃に、たまらずくの字になってその場に崩れ落ち、
その肩は小刻みに震えている……
「………痛そう」
「大丈夫かな……アッキー……」
「………」
あの和輝もこれにはなんだか申し訳なさそうに晃を見つめている。
「………いてぇ」
晃からやっとの事で絞り出された声からもその痛みの強さが想像できる……
「まぁ……しばらくは立ち上がるどころかしゃべることだってままならないはずですが……」
そんな怜奈の言葉とは裏腹に晃は痛そうにしながらもムクリと立ち上がった。
予想とは懸け離れたその動きに、怜奈はとっさに距離を取る。
「お嬢様!」
またどこからともなく茜さんが現れると、
流石に白昼堂々クナイなんかは出してはいないが、
正に臨戦態勢……そんな様子はなのは一目瞭然である。
「こんなにいいのを貰ったのはいつぶりだ? 隼人はもっとスゲーか………
悔しいが陰険眼鏡以来か?」
お腹をさすりながらそんなことを呟く晃は先ほどのダメージなど嘘のようにケロッとしている。
「……あなたは一体?」
完璧に技が決まり本来ならのたうち回るであろう相手が平然と立っていることに怜奈は驚きを隠せない。
和輝の眼が特別であるように、
晃の尋常ではない打たれ強さもまた特別だ……そして回復力も。
和輝、晃、そして怜奈と俺の周りには特別な何かを持っている人物が3人も揃った。
そういえば昔爺ちゃんが言ってたっけ……
”強い力にはこれまた強い力が引き寄せられる傾向にある”って。
爺ちゃんの頃も共闘できるような存在がいたっていうし、
親父にしてみればリスターさんがそうなんだろう。 あの人はきっと強い。
今だに晃への警戒を解こうとしない怜奈にアスナが恐る恐る声をかける。
「レナちゃん……」
「アスナちゃんは下がってください!」
「あのね……紹介するね? 昨日のお昼に言ってた友達のアッキーだよ」
「………え?」
アスナのその言葉に怜奈は俺達と晃を見比べながら目をぱちくりさせるのだった……
晃が合流し、5人になった一同は学園へと歩みを進める。
「申し訳ありませんでした……私ったらてっきり……」
晃が友人だと言うことをアスナから説明を受けた怜奈はあれから10分は経っているだろうか……
今も尚謝り続け、
「……いや、もういいから」
その謝罪をさんざん受けている晃は、今ではすっかりあの一撃などなかったかのように普通に歩いている。
「私てっきり野蛮な御方だと思いましたので……その……手加減などしていません……
その……うちに専属医がおります! 隼人様の御友人に危害を加えたなどあってはならないこと。
後から現れる症状もあります。是非精密検査を!」
怜奈は必死だ。
「ああ……確かに良い一撃だった。
本職の連中相手にしててもあんな気合の入ったのはそうそう貰わないだろうな」
晃は怜奈のあの一撃にひどく感心している。
「本職? ですか?」
晃のことをまだ詳しく知らない怜奈はそのたとえに首を傾げ、
「ああ……まぁこっちのことだ」
晃は少し”しまったな”と言う表情をする。
晃の家はこの辺りでは有名な極道の家の為、
地元出身の生徒達は晃の生い立ちなどは知っているのだが、
桜ケ峰学園は全国、さらには海外からも生徒が集まってくる。
”あの一件”以来、現在では晃はその生い立ちをひけらかすようなことはしなくなったし、
桜ケ峰に通う地元の生徒達もそのことをベラベラと話す物はもういなくなった。
その為、晃の家のことを知らない生徒の方が桜ケ峰学園には多いのだ。
「でもアッキー本当に大丈夫なの? 凄い音してたよ?」
確かに凄い音だった。 誰の目にも怜奈のあの技がクリーンヒットしたことは明確だ。
「……本当に申し訳ありません」
アスナのその言葉にまた怜奈は小さくなる。
「ああ! 違う! レナちゃんを攻めたいんじゃなくて……」
純粋に晃を心配したかったアスナだったが、怜奈に追い打ちをかけるようになってしまい、
焦る様にフォローしている。
「確かに腹筋が背筋にくっつくんじゃないか? ってくらい強烈な一撃だったが、
打たれ強さと回復力が俺の専売特許。
問題ない」
晃はその丸太のように太い腕を振りかざして、
鋼鉄のように分厚く硬い腹筋を
ドンッ!!
と一度だけ強く叩いてみせた。
「ほらな?」
晃は怜奈に向けて”もう気にするな”そんな表情で少しだけ笑みを見せた。
「………ありがとうございます。
見かけによらず良い方なんですね」
「おいおい……見かけによらずは余計だろ……」
「ああ……わたしったらつい……」
「いやいや、怜奈さんが正しいよ。
見かけはゴリラだから。 見かけによらずは必要だね。
良い奴……そこは正しくないかもしれないけど」
「陰険眼鏡は黙ってろ」
「ほら、2人共もうその辺にしとけよ。
そのせいで怜奈に要らぬ苦労かけたんだから……」
また始め出しそうな2人の間に今度はすかさず俺が割って入る。
「ああ……」
「すまない……」
和輝と晃は”怜奈に苦労をかけた”この言葉にグサッっときたようで、
珍しくお互い共に潔く身を引く。
「あの……隼人様、このような形になってしまいましたが、
御紹介頂いても宜しいでしょうか?」
「ああ……そうだね。晃、紹介するよ」
その言葉に怜奈は俺の隣にやってくる。
「晃は昨日来てなかったから知らないだろうけど、うちのクラスに転校してきたんだ」
「始めまして。 三千院怜奈と申します」
怜奈は晃に深々と頭を下げる。
「そして怜奈。 俺の中学からの親友の東堂晃だよ」
「晃でいい。 転校生か……よろしくな」
晃は軽く右手をあげて挨拶をしている。
「それにしても三千院とはまた珍しい名前だな。まるで企業名だ。」
「ほぉ、ゴリラも経済に興味があるとは」
「カズ君!」
またからかおうとする和輝はアスナに怒られ、おどけながら口を閉ざす。
「晃、怜奈はまさしくその企業名の所の娘さんだよ」
怜奈はにこやかに笑いもう一度頭を下げる。
「なんだって? じゃあお嬢様じゃないか……
ああ……どおりでメイド服の変なのが出て来たり専属医なんて言葉が出てくるわけだ……」
姿が見えなくなって安心しているんだろうが、
晃……そのメイド服の人は神出鬼没だから気を付けた方がいいぞ……
「で? そのお嬢様は昨日の今日でなんで隼人達と同行してるんだ?
いや、いいんだけどよ」
事情を知らない晃の疑問はもっともだ……
天下の三千院グループのお嬢様が、
昨日の今日で、俺達と朝から一緒に登校してくるのか想像できるはずもない。
………正直渦中の最中の俺だって目まぐるしい環境の変化に戸惑っているのだから……
「その辺りの話はちょっと長くなるかな……」
「そうか……ちょいと”ワケあり”……そんな感じなのか?」
「その辺りも含めてね……
あ! 怜奈。 晃もね、家の事や俺の事知ってるから。
それにちょっと力を借りたいこともあるし、怜奈の事話しても大丈夫かな?」
「隼人様が信頼なされている御相手でしたら問題ありませんよ」
「ありがとう。
そう言うわけだから……晃、この話はまた昼休みに改めて」
「了解した」
話を切り上げたのは学園が目に前に迫っていたこともあるが、
通学途中の一般の生徒達がいるこの場で、
仕事関係の話をするのは流石に……
その点、あの部屋であればそう言った目から逃れて話をすることが出来る。
隼人達は声をかけてくれる生徒達に答えながら学園へと入っていくのだった。




