悪戯
隼人達を乗せたリムジンは閑静な住宅街を抜けた先、
坂の頂上の開けた土地にある源家を目指す。
ちょうど学園と和輝の家の中間にあるとは言え、
毎朝迎えに来てくれる和輝には頭が下がる。
本人曰く「足腰の筋肉を鍛えるのに丁度良いからむしろ迎えに行かせてくれ」と言っていた。
和輝の代名詞はその足技だ。
スラリと長いその足から繰り出される変幻自在な一撃必殺の蹴りは
”死神の鎌”と恐れられ、大会参加者からは称賛のまなざしを向けられていた。
「皆様、まもなく到着いたします」
運転席と後部座席の間を完全にふさがれているため、
スピーカーを通して茜の声が聞こえてくる。
啓一と怜奈はその言葉に窓の外に視線を送るのだが、
自分達の家に帰ってきている隼人とアスナからしたら特に珍しいものはない。
そうは思うのだが、隼人はつられて窓の外に視線を送る。
「あれ?」
坂を抜けた先にある開けた土地はすべて源家の所有のため、
普段は家族以外、人などいないのだが今日は様子が違った。
車など何台駐めることが出来るのだろうか?
と常々思っていた駐車場には大型のトレーラーが5台ほど留まって、
その荷台には三千院のブランドロゴが刻まれている。
トレーラーの周りにいる人達は関係者なのだろう、何か作業をしている。
しかし、リムジンに気が付くと作業をやめてこちらに深々と頭を下げた。
「まずいな……なんで先に着いている?」
その様子に啓一はマイクを使って茜に問いかける。
「はい……道路の渋滞がこちらの予想より少なかったようです。
予定より45分ほど早く到着しております。
和輝様を御送りしたので、こちら側の予定も少し狂いましたので……」
「なるほど……こりゃこまったな。 剛久にドヤサレル」
まいったと言ってはいるが啓一の表情は悪戯がばれた子供の様に楽しそうだ。
リムジンが玄関前に静かに停車すると、茜の手によって扉が開かれる。
「変わらないな……以前来たときはまだ隼人君はいなかったか。
相変わらず素晴らしい日本家屋だ。 うちも今度家を建てるなら日本家屋にするか?」
「本当に。 細部の造りにも手が込んでいるのがわかります。
この家を建てられた棟梁の方の技量の素晴らしさを強く感じます」
「これだけの物を作るのには勿論、財は必要だが……
この細部までの作り込みは職人の心を感じる。
それだけ心の籠った仕事をするということは、
隼人君の御先祖様が職人にも愛されていたということなんだ」
「隼人様だけに留まらず、御父様に御爺様……御先祖様まで素晴らしい御方だったんですね」
自分からしたら生まれ育った年季の入った家なんだけど、そんなにいい物だったのか……
三千院のトップの人が言うんだきっとそうなんだろう。
どうやらアスナも同じ気持ちだったようで……
「家ってそんなに素晴らしかったのか?」
「うん……私もビックリ……」
「とりあえず後で仏壇に謝っとくか?」
「……そうだね」
そんなヒソヒソ話をするのだった。
門を潜って今だ石畳の中ほどであちこちを眺めながらうなっている2人に流石に隼人が声をかける。
「啓一さんに怜奈? その辺にしてどうぞ! 中に入りましょう」
「あら? ついつい……行きましょう。御父様」
「ああ! すまないね隼人君……手入れが行き届いているんでついね」
小走りにかけてくる怜奈の後を啓一もゆっくりと続く。
「………ん? 今隼人君は怜奈と呼んだか?」
少し不思議そうに小首を傾げる啓一
「………いい傾向だな」
ニヤリと一瞬何かをたくらむようなその笑いを誰も見る者はいなかった。
「ただいま~~!」
「ただいま!」
隼人とアスナの声が重なり長い廊下に木霊する。
「親父~! お客さんだよ~」
続いて隼人が怜奈達の訪問を伝えるべく、剛久を呼ぶのだが、
帰ってきた返事はとても来客をもてなすものではなかった。
「やっときやがったか!! この大馬鹿野郎が!!!」
お……大馬鹿野郎って?
何度も言うが世界経済を左右しかねない人だ……
親父は誰が訪ねてきたかわかっているんだろうか……?
もしかしたら俺が何かしたんだろうか? 身に覚えはないけどそれならまぁわかる。
チラリと啓一の表情を盗み見る。
もしかしたら自分に言われていると勘違いして不機嫌になっていないだろうか?
「~~~~~~♪」
口笛だ……口笛を吹いている。
間違いない……断言できる……
この人はうちの親父をあれだけの大声で怒鳴らせる何かをやったのだ……
それにしてもベタだ……今日日ここまでベタな誤魔化し方は子供でもしない……
いや、逆か……おっさん世代だからやるのか?
けたたましい足音を響かせながら長い廊下を直角に曲がり、やっとのことで親父が姿を現すと、
啓一さんの姿を確認し、もう一段階速度を速める。
「お~ひさしぶりだなぁ! 剛久!! 元気だったか?」
「おお! 俺は問題ない。 啓一も久しぶり……ってそうじゃない!」
「剛久様。 お久しぶりです」
「怜奈ちゃんか? 美人になったなぁ~!!……ってそうでもないんだ!」
話の腰を2度もおられた親父はア゛~~~~!!と言う感じで頭をかきむしる。
「とりあえず上がれ……話はそれからだ
アスナ、すまないけど母さんと人数分のお茶と茶菓子を持ってきてくれ。
隼人、お前は俺と一緒に来い」
ぶっきらぼうにそう言い放つと背中を向けて客間へと一同を誘導する。
その最中、爺ちゃん自慢の内庭を囲うような廊下を通るのだが、
剛久以外の視線がある一カ所に集中する。
そこには数名の男達が簀巻きの状態で束ねられ、情け無さそうに項垂れていた。
何か知っているのだろう……
啓一さんはそれをみてアチャ~と言う声が聞こえてきそうなほどのリアクションを取っている。
広い和室の客間に到着し、漆器のような細工の施された長机を挟んで親父と啓一さんが腰かける。
俺と怜奈はそれに習ってお互いの父親の隣に腰かけた。
「…………」
しかし、場の雰囲気はよろしくない。
親父は目をつむったまま無言を貫き、
啓一さんはどうしたものかと、バツが悪そうに視線を泳がせる。
俺と怜奈はどうしていいかわからずにただお互いに見つめ合い困った表情を浮かべるのだった。
「失礼します」
声のする方を見れば母さんとアスナがお茶とお菓子をもってやってきた。
助かった……恐らくこれで少しは空気が変わるだろう。
「啓一さんいらっしゃい。久しぶりね。百合子さんはお元気かしら?」
「さくらさん! 相変わらずお綺麗ですね。予定では百合子も一緒に来るはずだったんだが……
百合子の母が少し体調を崩してね……やむなくそちらの看病をしているんだよ」
「まぁ!? お母様大丈夫……」
バンッ!!!
母さんの言葉は親父が机を両手で叩く音によって遮られ、その衝撃でお茶が少しこぼれた。
「ああ……」
やりすぎたそんな顔を一瞬みせた親父だったが、すぐに顔を切り替えて
「さくら……話は後だ。俺は啓一に聞かなきゃならないことがある」
「ああ! そうだったわね。 うん……どうぞ!」
このやり取りでもうすでに緊張感は0である。
「で? 啓一どういうことだ??」
凄みを利かせ直した親父が啓一さんに問いかける。
「どういうことだ………とは?」
………庭の男達のことだと言うのは隼人でもわかるのに、
とぼけると言うのはまぁお約束なんだろうな……
「そんなお笑いみたいな下りはいらないんだよ!!
なんなんだ!!!? 見ただろう? あの庭の連中だよ!! 」
「あ~~………あれね……」
啓一さんは更にバツが悪そうに視線を泳がせる。
「人が庭の手入れしたたら急に襲ってきやがって……
俺だけならまだしもご丁寧にさくらの所にも……
危うく手加減忘れかけたぞ?
締め上げてみりゃ三千院とこのやつだって言いやがるじゃないか?
それになんだあのバカでかいトレーラーは?
俺に納得のいくように説明してみろ」
「いや! さくらさんは丁重に扱うようにとしっかりと指示してたはず!!………あ」
自らの口で自供した啓一さんはそのまま親父から俺、母さん、アスナへと視線を移し、
最後に怜奈を捉えて止まった。
「…………」
怜奈は冷ややかな視線を啓一さんに向けたまま瞬き一つしない。
「いや……あはは………まいったなこりゃ……」
蛇に睨まれた蛙と言うのはこういう場合に使うのだろう……
もし自分が電子書籍で辞書を作るようなことがあれば、
是非ともこの動画を参照として貼り付けたいところだ。
啓一さんは現在、怜奈に命じられ正座している。
座布団も怜奈に取り上げられた。
怜奈もうちの親父側に移動してきたため、啓一さんは机を挟んで1人で座っており、
裁判を思わせるこの配置に一回りも二回りも身体が小さく見える。
何度も言うが世界経済を左右……
「で? 御父様?? なぜ剛久様やさくら様をうちの私設部隊の者達が襲ったりしたのでしょうか??
私に納得のいく御説明をお願いいたします」
いつの間にか親父への説明から怜奈への説明に切り替わっているのだが、
それもそのはずだ……
あの後、怒っていると言いながらそれほど本気ではないと思われた親父に変わって
烈火のごとく怒り出したのは怜奈なのだから……
「隼人様の御両親にそのような危害を加えかねない振舞いをするというのは
どういった了見でしょうか?」
「い……いや……あのな……怜奈」
ギロリと睨むその視線は取り付く島は無いと無情に告げる。
「う………」
観念したのだろう……啓一さんは覚悟を決めてポツリポツリと話し始める。
「予定が狂ったのだよ……少しずつな……」
「予定とはなんです?」
「そう睨んでくれるな……
まず、私の車でここに向かう予定だったが、思ったより早くスケジュールに都合が付いたから、
怜奈や隼人君達を驚かせようと、怜奈迎えの車の中で待つ事にした。
ここまでは良かったんだ」
まだ先の見えない話に一同はそろってお茶をすする。
あれ?そういえば爺ちゃんがいない。
俺はこっそり母さんに爺ちゃんがいない理由を聞くため耳打ちをする。
「ああ。お爺ちゃん老人会の集まりでお酒飲みに行ってるわよ」
なるほど、それなら母さんの所にまでその人達がやってこれたことに納得がいった。
「しかし、学園が終わりこちらが予想していた時間になっても怜奈からの迎えの連絡がこない……
ここで少し雲行きが怪しくなった……」
ああ、アスナと怜奈が話し込んでたからか。
3人は顔を見合わせ頷く。
「そしてだ、連絡が入り向かってみれば、雑賀君と言う友人を送りたいとのこと……」
「和輝さんは私の友人です。なにか問題がありますでしょうか?」
怜奈の絶対零度のような視線と言葉が啓一さんに襲い掛かる……こえぇぇぇぇ……
「問題などあるものか! 怜奈の友人だ。もちろん送りたかったし、
時間もまだギリギリだが余裕はあった! 現に皆との車内はそれはそれは楽しかった」
確かにあの車内での啓一さんからは嫌そうなそぶりなど微塵も感じなかった。
「そしてだ……そんな楽しい時間を過ごして目的地に到着してみればどうだ?
45分も早く到着していたとくる……」
「家のトレーラーが早く到着することに何か問題が? あれには私の荷物が入っているだけですが?」
え? 大型トレーラーの中身は怜奈の荷物……なんだそれ??
5台はあったぞ?
そんな隼人の疑問をぶつける余裕は今のところない……
「それが大アリなんだ……」
お? いよいよ本題かな?
「当初の予定では学園終了と同時に、怜奈と隼人君とアスナちゃんと合流した後、
すぐにここに向かうように決めただろ?」
「……ええ。 時間に遅れたことはお詫びします」
「いや、別に咎めているわけではない。 そして、到着後にあの話をして、
丁度良いぐらいにトレーラーが付くはずだった……そうだな?」
「お話が見えません。 完結に申してください」
「怜奈や茜にも言っていなかったが私はそこでちょっとした悪戯を思いついてね」
「御父様……もしかして……」
「下手な合図を送ると剛久は感が良いからな。すぐにばれるだろう、
トレーラーが付く10分前にこの家の中を制圧するように命じたんだ……
勿論武器なんて持たせてないぞ!?
それが、私達の到着が遅れたうえに、トレーラーは早く着いたと来てる……
こちらにも合図などするなと伝えてあったからな……
その後はまぁ……な……頃合いをみてネタばらしをする者がいないんだ……
庭でみたようなことになってしまうよな……
剛久のあの見事な体捌き……それにほら!!怜奈だって隼人君の勇ましい姿を見たいだろう??」
よほど親父の武術が見たいのだろう……先ほどまでと変わってそう語る啓一さんは生き生きしている。
そんな啓一さんみて親父は呆れ、母さんは相変わらずね~っと言った感じで笑っている。
しかし………一角だけは様子が違う。
「呆れて言葉も出ません」
「ええ?? 隼人君のかっこいいところ見たくないのか?」
「隼人様の勇ましい姿は見たいです」
「ほらな? じゃあ……」
「ほらな? ではありません!!
御父様が悪戯好きなのは今に始まったことではありませんが、今回は度が過ぎています。
人の家、さらには恩人であられる源家に冗談とは言え私設部隊を送り込むなど……
更には武を持たないさくら様にまで……さくら様がどれだけ怖い思いをされたか……」
「え? 私は大丈……」
「御父様!!!!!」
母さん肝が据わってるからな……
多分本当に驚いてないんだろうけどそんな言葉は今の怜奈には届かない。
「今すぐに床に頭をこすりつけて謝ってください」
「いや……冗談じゃないか……? な! なぁ茜?」
啓一さんは鬼神とかした怜奈からかばってもらおうと茜さんに助けを求める。
「啓一様……怜奈様が正しいかと……源家の皆様の御迷惑は図りしれないでしょうし、
私設部隊をそのように使われては私共も困ります」
「ああ!! 茜まで……雇い主だぞ!」
「御父様。このことは御母様に一切の漏れなく御報告させていただきます」
怜奈のその一言に啓一さんの表情が完全に変わる。
「そ……それだけは……それだけはご勘弁いただけないでしょうか??」
先ほどためらったはずなのに今は畳に頭をこすりつけて怜奈に頭を下げている。
「御父様? 謝罪する相手が違うと思います」
「剛久!! いや……剛久さん!!さくらさん!!!
私めの悪ふざけが過ぎました……どうか……どうか許してください!!」
啓一のあまりの剣幕に親父はちょっと引いている……
「お……おう……まぁそんなことだろうとは思ったけどよ……
一番かわいそうなのは庭で縛られてるお前の部下だぞ……
もうこんな事二度とすんなよ……」
「わかりました……」
「オイタしすぎちゃだめですよ!」
母さんは軽いその一言と一緒にデコピンを繰り出し、終わりにしたいようだ。
「二人ともありがとう……これで百合子から怒られずにすむ……」
俺の記憶では蚊も殺せそうにないほど優しそうな人だったはずだ……
それなのに啓一さんのこの怯えよう……百合子さんとはいったい……
「御二人は御優しいのでこれで終わりのようですが、私は許しません。
御母様には報告いたします。 御父様御覚悟を」
「…………終わった」
その言葉に死刑宣告でもされたように啓一さんは崩れ落ちるのだった。
強さって色々ありますよね………
この物語に出てくる男の人は強い人が多いと思います。
でもね……女性だって強いですよね?
強い人の側にいる女性ってきっと実は男性より強い説……
コレ作者の持論です(笑)




