番外編13:『聖域の一方通行(チェス盤) 〜去勢された足軽(モブ男)の臆病な虚勢と、全能のナンパ師が鎧を脱ぎ捨てた生身の進軍〜』4
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の人物、地名、特定の宗教団体、結婚相談所、および書籍・マッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の宗教婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての創作・風刺であり、特定の生き方や価値観、信仰を誹謗中傷する意図は一切ございません。あらかじめご了承の上、エンターテインメントとしてお楽しみください。
一真の放った『己の傲慢な天動説を更地にしろ』という本物の利他の悟りが胸に融け込んでいる理央には、彼らの臆病さが、そして何より、その欺瞞の檻の中で圧倒的な孤独(過酷)を生きているメグミの胸の痛みが、質量を持ってドロドロと心に流れ込んできた。
だが、理央は最後まで、ディスカッションの場では発言しなかった。彼が放とうとしている一手は、こんなモブどものお遊戯会のような議論の枠には、到底収まるものではなかったからだ。
残り5分。牧師先生が、あの5人の草食モブ男たちの意見をすべて総括するように、穏やかな顔でマイクに向かって語りかける。
『はい、皆さん素晴らしい分かち合いをありがとうございます。確かに男女の間には、それぞれの防衛線や、世俗の罪から来るすれ違いがありますね。ですが、聖書の御言葉にある通り、「互いに忍び合い、責め合うべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい(コロサイ 3:13)」なのです。私たちは自分の力ではなく、神様の絶対的なシステムを信頼し、御心に委ねて、ただ祈ることでこのすれ違いを乗り越えていけるのです。さあ、最後に皆さんで心を合わせて、神様に祈りましょう……✨』
それぞれが自分の都合のいいように納得し、耳障りのいい文句のパッケージで包み込まれていくZOOMの画面。
30分のディスカッションなんて、こんな欺瞞の上書きをしていれば、文字通りあっという間に過ぎ去ってしまう無価値な砂時計だった。
セミナー終了のタイムリミットを告げるアラームが鳴り、牧師が「それでは、今日の会を閉じます」と画面をシャットダウンしようとした、その最後の1秒──。
神崎理央は、マイクのミュートを、静かに、しかし決然と解除した。
「──お待ちください、牧師先生。最後に、一つだけ。ここが結婚相談所の対話集会であるならば、私は自らの生身の意志を、ここにログとして残さなければならない」
理央の声が、これまでの去勢されたモブ男たちのものとは根源から異なる、剥き出しのオスの覇気(体温)となって、ZOOMの通信回線そのものを激しく震わせた。
画面に並ぶ5人の男たちと牧師の顔が、突如として現れた異質の強者の存在に、一瞬で凍りつく。
理央の視線は、液晶画面の向こうで、完璧な愛想の仮面を剥ぎ取られて驚きに目を見開いている、メグミの瞳だけを真っ直ぐに射抜いていた。
「メグミさん」
理央は、これまで何百人ものメスをハックしてきた『恋愛工学マニュアル』のすべてを、魂の底からロスカットしてゴミ箱へ投げ捨てていた。
一真の放った剥き出しの利他のメロディだけを胸に宿し、お前のその冷徹な絶望(孤独)のすべてを、俺の命の時間を削ったエネルギーで受け止めてみせると、血を吐くような圧倒的な熱量の生身の本音(体温)を、彼女に向けて放ち始めた。
「私は、神の愛だの御心だのという綺麗事のマニュアルで自分を着飾るつもりは1ミリもない。ここにいる臆病な男たちのように、傷つくリスクから逃げるために聖書を都合よく引用する卑怯な真似もしない。私は、あなたが誰のことも男として見ていないその冷ややかな絶望も、誰も自分の内側にいれさせまいと張っている強固な防衛線の孤独も、そのすべてを直視した上で、一人の生身の男として、あなたの前に立っている」
メグミの胸の脳内アラームが、これまでにない激しい質量を伴って爆音で鳴り響く。
だがそれは、不潔なナンパ師を拒絶するバグの警告音ではなかった。
自分の祈りを、命の体温として本気で尊重してくれた自分の本音を──
この環境の檻の中で誰にも理解されなかった本当の孤独を──これほどまでに深く、真っ直ぐに透視し、剥き出しの魂で寄り添おうとしてくる男の『本物の体温』に対する、魂の底からの共鳴だった 。
「私は、あなたと真剣に交際したい。あなたのその孤独の防衛線を、私のすべての命を賭けて、対等な生身の人間として一緒に歩ませてほしい。
──メグミさん、俺と向き合ってくれないか」
ZOOMの画面の向こう、去勢されたモブ男たちが息を呑み、牧師の指先がフリーズする中、メグミは液晶画面をじっと見つめていた。
その愛想のいい仮面は完全に崩れ去り、傷だらけの等身大の少女の顔になった彼女の瞳からは、大粒の涙がポロポロと零れ落ちていた。
そして、彼女の唇が、生まれて初めて本当の本音のメロディを宿して、かすかに、しかし確実に動き、ひとつの言葉を紡ぎ出そうとしたその瞬間──。
世界を完全チェックメイトする悪魔の電磁波ウイルスが放たれる、わずか半月前の平和な令和の夜のストリートで、無敗のナンパ師のプライドの檻をすべて更地にした男の、命を賭けた最初の一手が、聖域のチェス盤を完跡に塗り替えて幕を閉じるのだった。(番外編14へ続く)




