70 親戚の結婚式に参列したら
同い年の姉である結梨と付き合ってから、数日が経った。あの観覧車を降りてから、世界が変わったように感じられる。
結梨と恋人同士になったことを真っ先に学や西村に報告した。
西村は自分のことのように喜んでくれて、学は「おめでとう」と祝福してくれた。2人とはまたダブルデートをしようと約束した。
そして、遂に結梨を俺の両親に紹介した。結梨と両親はすぐさま意気投合し、主に俺の話題で盛り上がった。当事者である俺は何故か蚊帳の外に置かれていた。
結梨は2人に向かってこう言った。
「お義父さんとお義母さんと呼んでもいいかしら?」
両親は二つ返事で了承した。我が両親ながらチョロすぎる。
「夢が叶って良かったわ」
「夢?」
「和哉君のご両親のことをお義父さんとお義母さんと呼びたかったのよ。やっぱり貴方の親ということは、姉である私にとっても親ということになるわ」
「……まあ、そうなるか」
結梨を家まで送る間、そんなやり取りを交わした。本当に結梨は彼女の両親ととても似ていると思う。
それより俺には気になることがあった。
「というか、結梨は、その、本当にこのままでいいのか?」
「どういうことかしら?」
どうやら結梨は全くピンと来ていないようだ。その証拠に可愛らしく首を傾げている。
「ほら、俺達は恋人になったけど、姉弟のままだろ?」
俺と結梨は確かに恋人同士になった。そして、姉弟の関係も継続中だ。
つまり、現在、俺達は恋人でもあるし、姉弟でもある。……うん、まあ、別に血は繋がっていないのだから、倫理的に問題はないが、インモラルな響きを感じるのは否定できない。
「愚問ね、和哉君。恋人であることと姉弟であることは両立できるのよ」
「姉さんのその発言はとても危険な匂いがするぞ」
「せっかく姉弟となったのだから、無理に解消する必要はないと思うわ」
「まあ、それは同意するよ」
姉となった結梨との日々を間違いなく大切な思い出だ。それが無くなるのは少し、いや、かなり物寂しく感じる。だからこそ、結梨の主張には賛同できる。
そんなことを話している内に、結梨の家へと辿り着いた。
「それじゃあ、俺はこれで」
役目を果たした後は退散するつもりだ。そう思い、踵を返したところ、腕を掴まれる。
背後を振り返ると、結梨が楽しそうに笑っていた。
「今日、私の両親は早く帰ってくるそうよ。2人とも和哉君を待ち望んでいるわ」
「つい最近も行ったばかりだったろ!? 頻度が高くないか?」
とてもありがたいことに、慎也さんと知里さんは俺を大歓迎してくれる。
けれど、身内に入ると距離感がバグる結梨の両親だ。野上家の歓迎は常識で計り知れない。
いつの間にか俺が使う食器や箸、バスタオルやタオル、歯ブラシ等の生活用品が揃っていた。この前は部屋着まで貰った。
「そういえば、ようやく和哉君の部屋ができたの。私とお母さんで頑張ったから、一度見て欲しいわ」
「いや、初耳なんだが!?」
確実に野上家に取り込まれようとしている。思わず自分は野上和哉だと錯覚してしまう。
「お父さんは今度家族で旅行に行きたいって言っていたわ」
「それ俺が勘定に入っているやつだろ?」
「もちろんよ。和哉君は私の弟なのだから」
結梨は子供みたいに無邪気に笑った。その笑顔を見ていると、細かい話なんてどうでも良くなってしまう。
「さて、いつまでも喋ってないで、家に入りましょう。今夜はお父さんとお母さんが共同で料理を作るそうよ」
「ちょっと待て! 1人だけでも豪勢な料理が出てくるんだぞ!」
結梨の両親らしく、慎也さんも知里さんもどちらも料理上手だ。最近は俺を満足させる料理を研究しているらしい。
「だから、どんな料理が出てくるか楽しみね」
「俺は全部食べられるか不安になってきたな……」
「デザートは私が作るわ」
結梨は胸に手を当てて、誇らしそうにしていた。恋人兼姉の手料理である。これは食べずにはいられないだろう。どれだけ満腹でも必ず別腹を作ってみせる。
「それは食べてみたいな」
「ええ、ぜひ上がってちょうだい」
結梨に手を引かれて、俺は彼女の家の中へと入っていく。
結論から言うと、出された料理は全て美味しかった。1つだけ言うと、人間はあの量を食べることができるのだと初めて知った。
***
朝、学校へ行く準備をしていると、玄関のチャイムが鳴った。玄関のドアを開けると、結梨がいた。
「おはよう、和哉君。準備は大丈夫?」
「おはよう、結梨。大丈夫だ」
「それなら、行きましょう」
付き合ってから、俺と結梨は一緒に登校するのが常になっていた。
今日は終業式で、明日から夏休みが始まる。
「今日こそ大丈夫か?」
「そういえば、私の友達が和哉君と話したいって言っていたわ」
「マジか」
俺は肩を落とす。初めて結梨と一緒に登校した日のことはとてもよく覚えている。
学校の有名人である結梨と仲良く登校した俺は当然学校中から注目の的になった。その結果、男女問わず様々な"お問合せ"が殺到したのだった。
あれほど喋ったのは人生で初めてだった。そう感じてしまうほど忙しない1日だ。
それから数日経ち、ようやく落ち着いてきたと思ってきた矢先のことだ。
「頑張りましょう。和哉君だったらできるわ。お姉ちゃんはそう信じているから」
「まあ、結梨姉さんがそう言うんだったら、頑張るしかないか」
姉としての顔を浮かべる結梨に励まされるとやる気が湧き上がってくる。
「彼氏として格好いいところを見せてちょうだい」
「まあ、結梨がそう言うんだったら、頑張るしか……、って、これ、さっきも言ったな」
今度は恋人として俺を勇気付けてきた。結梨は中々の変幻自在っぷりである。そして、俺の対応力も中々のものである。
姉弟兼恋人という摩訶不思議な関係性は案外良いものだった。時々混乱することもあるが、それはそれで楽しい。
「私の友達との話が終わったら、少しいいかしら?」
「もちろんいいぞ」
俺が頷くと、結梨は嬉しそうに微笑んだ。
***
「ふう、なんとか乗り越えられたな」
「ええ、流石私の彼氏兼弟ね。彼女兼お姉ちゃんの私も誇らしいわ」
「自分で言うのもあれだけど、本当にややこしい関係だな」
放課後、結梨とともに学校の廊下を歩いていた時だ。先程まで結梨の友達と話をしていたところだ。
「それにしても、女子というものは本当に末恐ろしいな。あんなに根掘り葉掘り聞かれるとは思わなかったぞ」
女子からの追求を交わすのは大変だった。結梨との馴れ初めから恋人同士になるまでの道のりを問い詰められたため、余すところなく話した。
なんだか小説を1本書き上げた気分である。
「そういえば、どこに向かっているんだ?」
「もうすぐ着くわ。ほら、ここよ」
そう言って、結梨は足を止める。つられて、足を止める。俺たちの目の前にあったのはある教室だった。
「視聴覚室?」
「ええ、そうよ。こっちよ、和哉君」
結梨に手を引かれて、視聴覚室の中へと入る。室内は相変わらずの細長いテーブルに椅子が並べられている。
「ここで色々とあったな」
「確かにその通りね」
初めて結梨に呼び出された時のことを思い出す。それからというものよくこの視聴覚室にはお世話になっていた気がする。
「そういえば、ここを使う機会はもうないな」
元々結梨との関係を知られたくないため、視聴覚室を使っていただけだ。
結梨との関係を広く知られてしまった今では、ここに来る意味はないだろう。そう考えると、少し寂しい気持ちになってしまう。
「いえ、今後もここを使えましょう」
「え? それはどうしてだ? って、結梨!?」
結梨に理由を尋ねようとした瞬間だった。俺は彼女に思いきり抱きしめられた。
「ちょっ、ここは学校だぞ」
「別に良いじゃない。私たちは付き合っているんだから」
俺の胸に顔を埋めたまま、結梨はそう答える。
「そうは言ってもだな」
「だって、やっと和哉君を独り占めできるのよ。もう少しここにいましょう」
そう言って、結梨は顔を上げた。彼女は不満そうに口を尖らせている。まるで好きなものを取られた子供のようである。
「さっきまで私の友達といたでしょう? 昨日だって、和哉君の友達に囲まれていたわ」
「俺と2人きりになりたかったということか?」
「その通りよ。彼女兼お姉ちゃんのお願いを聞いてちょうだい」
そんな可愛いお願いを聞かないわけにはいかない。俺は結梨を抱きしめた。
「それなら、もう少しここにいようか」
「それだけじゃないわ。たまにでいいから、ここで昼ごはんを2人で食べましょう。それに、お姉ちゃんが食べさせてあげる」
「いいぞ。結梨姉さんの料理は美味しいからな」
彼女でもあり姉でもある不思議なお願いに俺は全て応える。大人びた結梨が俺だけに見せる姿だ。そんな彼女のことがとても愛おしく思える。
「あとはね」
「まだあるのか?」
「大丈夫。これで最後よ」
結梨は姿勢を変えて、俺と向き合った。彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめてそう言った。
「キスをしましょう」
「……ここでか? 急すぎる過ぎないか?」
恋人兼姉の最後のお願いに俺は固まってしまう。そこまで考えてあることに気づいた。
「もしかして、さっき、友達から言われたことを気にしているのか?」
結梨の友達から恋人としての進展具合を聞かれた。俺と結梨は恋人初心者だから、あまり質問に答えられなかった。
「別に友達から『キスはまだなの?』とか言われたから気になったわけでは断じてないわ。あと、学校で人目を忍んでキスすることに憧れていないわ」
「だから、全部言っているじゃないか!?」
相変わらず妙なところで負けず嫌いを発揮する結梨だった。それにロマンチックなところもある。
「それじゃ、お願いするわ」
「え? もうか?」
俺の問いに答えず、結梨は目を瞑った。心の準備もなしにロケットスタートである。これは覚悟を決めないといけないだろう。
「じゃあ、いくぞ」
「ええ、待っているわ」
俺は目を瞑っている結梨に顔を近づけた。やがて彼女との距離がほとんどなくなり、とても良い匂いが鼻をくすぐった。そして、お互いの唇が触れ合った。
「やったぞ」
俺は結梨から顔を離して、そう告げた。心臓は破裂しそうなほど激しく鼓動しているし、顔は風邪を引いてしまったように熱かった。
「流石和哉君ね。お姉ちゃんは幸せよ」
目を開けた結梨は満開の花が咲いたように笑っていた。
親戚の結婚式に参列したら、同い年である姉ができて、その彼女と恋人になった。正に怒涛で楽しく幸せな日々だった。
これからも結梨に振り回されながら、毎日を過ごしていくのだろう。そういう幸せな日々がずっと続いて欲しい。そんなことを願いながら、恋人兼姉を抱きしめた。
これにて物語は完結です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




