28 姉として大切な仕事よ
4限の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みになった。先生が教室から出ていくのを確認した俺は席を立ち上がった。
「じゃあ、俺は行ってくるから」
後ろの席にいる学にそう告げた。今日は結梨と一緒に昼ご飯を食べる約束がある。以前と同じように視聴覚室に向かおうとしたその時だった。
「和哉、待ってくれ」
「何だよ?」
「俺も一緒に行く」
「は?」
友達からの急な提案に俺は呆気を取られた。そんな俺の様子を見て、学は面白がるように笑っている。
「俺はいいが、いいのか?」
「沙優が話を通してあるから大丈夫だ」
そう言った彼は教室のどこかへ視線を送る。その先を追うと、西村と何かを話すクラスメイトである結梨の姿があった。
***
「お待たせ! 待った?」
そう元気良く挨拶をして、西村は視聴覚室に入ってきた。その後ろから結梨も続く。
「別に待ってないよ、沙優」
学は彼女に向かって爽やかに笑う。彼氏からそう言われた西村は嬉しそうか顔をして、彼の隣に座った。
「急な話でごめんなさいね、和哉君」
結梨は謝罪するとともに俺の隣に腰掛けた。
「別に構わないぞ。聞いた時は驚いたけどな」
「けれど、たまにはこういうのも良いでしょう?」
「まあ、そうだな」
俺は結梨に返事をしながら、目の前に座る友人たちを見つめた。
「2人とも私の思いつきを聞いてくれてありがとうね」
西村の言葉通り今回のは彼女が発案者だ。俺と結梨が別の教室で昼ご飯を食べていると知って、自分も参加したくなったという。視聴覚室に向かう途中、学からそう聞いた。
「えへへ、学校で結梨とお昼ご飯食べてみたかったんだ」
「俺はおまけなのか?」
「菅田はたまに食べるじゃん!」
「そうだよ。そう拗ねるなよ、和哉」
「別に拗ねてなんかないわ!」
友達2人の揶揄いに俺はツッコミを入れた。そんな俺たちのやり取りを結梨は微笑ましい顔で眺めていた。
「はい、和哉君。今日のお弁当よ」
「ああ、いつもありがとう」
俺は結梨から弁当を受け取ると、早速テーブルの上に広げた。その様子を見た学は興味深そうな顔をしていた。
「そういえば、本当に和哉は野上さんに弁当を作ってもらっているんだな」
「お姉ちゃんが弟に弁当を作るのは当然の責務だから」
学の言葉に結梨は胸に手を当てて誇らしそうにしている。
「良かったね、菅田。優しいお姉ちゃんがいてさ」
「うるさい。揶揄うな」
西村の揶揄いを俺は受け流した。事実その通りだから、俺は受け流すことしかできない。
「学だって似たようなものだろ?」
俺は目の前に座る友達に視線を送った。俺と結梨の真正面には学と西村がいて、学は隣にいる彼女から弁当をもらっていた。
「当然だよ、私は学の彼女だからね!」
「沙優、いつもお弁当をありがとう」
バカっプルはお互いを見つめ合い言葉を交わしていた。
「まあ、仲が良くて何よりだ」
「確かにそうね。私たちも負けてられないわ」
「え?」
思わず隣にいる姉に目を向けると、彼女はやる気に満ちた顔をしていた。
「私だって和哉君と仲が良いのよ」
「そんなところで対抗心を燃やすなよ」
「へえー、どういうところがそうなの?」
西村は面白がるように俺たちを見つめている。
「そうね、例えば、弁当には必ず和哉君の好きなものを入れているわ」
「おお、流石結梨だね!」
「良いお姉さんだ」
「それに好きなものばかりじゃ体に良くないから、ちゃんと栄養を考えているわ」
「偉い! すごいよ、結梨!」
「しっかり考えているんだね」
「おい、お前ら、いちいち俺の方を見るのはやめろ」
結梨が何か喋る度に友人2人は微笑ましい顔を俺に向けていた。それが若干鬱陶しく感じる。
「というか、そんなことまでしてくれたのか。ありがとうな」
「当然よ。弟の体調を整えるのも姉としての大切な仕事よ」
「そんな仕事は聞いたことがないな」
結梨からキリっとした顔で言われて、俺は戸惑いを覚えることしかできない。
「もちろん、私も結梨と同じことやっているよ。学の彼女だからね!」
「ありがとう、沙優。素敵な彼女がいて俺は幸せ者だ!」
「おい、バカップルたち、ここでいちゃつくな」
「まあまあ、和哉君。仲が良いのは良いことよ。私たちみたいにね」
結梨はドヤ顔でそう言った。彼女からすると俺と自分が仲が良いと思っているのだろうか。いや、仲が悪いとは決して言えないのは確かだが。
「結梨のお弁当美味しそうだね。良かったら、私のお弁当のおかずと交換しない?」
「ええ、良いわよ。私も沙優のお弁当を食べてみたいわ」
「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいよ」
女子2人は楽しそうな笑顔を浮かべていた。互いのおかずを交換する彼女たちを眺めていると、ふと学と視線が合った。
「俺たちも交換するか?」
「うーん、自分で作った弁当じゃないからな。勝手に交換してもいいものか……」
俺の問いかけに学は悩んでいる様子だった。確かに彼の言う通り隣に座っている姉がせっかく作ってくれた弁当だ。人にあげたりするのは結梨に申し訳ない気がする。
「それもそうだな。俺たちはやめておくか」
「おっ、ようやく俺の気持ちが分かったか?」
「まあな、実感したよ」
俺がそう告げると、学は満足したような顔を浮かべた。まさか弁当を取られたくない彼の気持ちを理解する時が来るとは思わなかった。
「ねえ、和哉君」
「どうした?」
袖を引っ張られる感覚がしたので、隣へ顔を向けると、申し訳なさそう顔をしている結梨がいた。
「一体どうしたんだよ?」
「いえ、貴方に渡しているお弁当なのだけれど、もしかして、量が足りないと思って」
「え?」
俺が頭の中で疑問符を浮かべると、結梨は目の前にいる西村を向いた。向けられた西村は気まずそうに笑っている。
「私が言ったんだよ。学はたくさん食べるから自分の弁当よりも多めに入れているって。そしたら、結梨が気になっちゃってさ」
「もちろん私も和哉君のお弁当に多少多くおかずは入れているわ。けれど、今日沙優が田口君に渡した弁当と見比べたら、少ないと思ったの」
「それは……」
結梨から問われて、俺も目の前にある弁当と学の弁当を見比べる。確かに大きさ的には圧倒的に学の方が大きい。向こうはご飯とおかずが別々の容器に入っているから尚更だ。
俺が視線を戻すと、結梨の不安そうに揺れている目と合った。
「もしかして、私が作る弁当じゃ足りなかったかしら?」
「そんなことないぞ!」
思わず室内に響くほどの声を出していた。その声の大きさに驚いているのか結梨は目を見開いていた。
「俺は学と違って部活をやっていないし、そこまで大食いじゃない。だから、今の弁当の量で十分だよ」
「そう言ってくれて安心したわ。弁当が足りないなんてお姉ちゃんとして失格だと思ったから」
結梨は安心したような顔をしていた。その顔を見ると、彼女がどれだけ不安だったか分かる。
「結梨姉さんは立派だよ。失格だなんて思ったことはないぞ」
結梨と今の関係性になって、彼女は俺に様々なことをしてくれた。色々なところに連れていってくれた。それは誰にも否定できない事実だった。
「俺は結梨が姉さんで良かったと思っているぞ」
俺は結梨から顔を逸らしてそう言った。そんなことをしたのは自分が何を言っているのか今になって自覚してしまったからだった。
不安そうな姉を元気づけるためとはいえとんでもないことを勢いで言ってしまった気がする。
「ありがとう、和哉君。姉思いの弟でお姉ちゃんは嬉しいわ」
結梨はいつものように無邪気に笑った。その笑顔を見て、俺もまた心が温かくなった。
「良かったね、結梨」
そう言った西村は嬉しそうに笑っている。その隣にいる学も同じような笑みだ。
「2人は本当に仲が良い姉弟だね」
友達からもそう言われてしまった。けれど、悪い気は全くしなかった。




