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孤独は夜空で星を結ぶ  作者: 最下真人
【二章 星と雪】
12/42

淡雪の恋①

「あれ、めっちゃ面白いよね」


 登校中、生徒たちの会話を盗み聞きしていた。

 会話をするためには種となるものが必要となる。

 そのためには最近の女子高生事情を知らなければならない。

 前を歩いている二人組はYouTuberの話をしていた。

 ビン&ボンという二人組のコンビで、ビンがプラモデルを作り、ボンが隣で皿回しをする動画らしい。

 それ面白いか? とも思ったが、今をときめく女子高生が面白いというのだから、きっと面白いのだろう。あとでチェックしよう。

 

 校門をくぐると、富田雪乃の後ろ姿が見えた。

 打ち上げられた魚のごとく心臓が跳ねる。

 とりあえず落ち着け、藤沢千星。まずは挨拶だ。

 ただ「おはよう」というだけ。難しいことじゃない。お前ならできる。

 一番の難関は挨拶してからの会話だ。

 だが今の私にはビン&ボンがいる。

 この二人のことは知らないが、きっと女子高生の間では有名なんだろう。

 だいたいの女子高生は同じものを見ているはずだ。

 女子高生は周りとの接点を作るために共有と共感を使って仲間意識を高める。

 そして縄張りを張り、自らの力を誇示する。

 と、なんかの図鑑で読んだ記憶がある。

 群れに向かうのはリスクが高いが、富田雪乃は一人で歩いている。今なら狩れる。

 私は彼女の背後に駆け寄り、渾身の挨拶をかます。


「お、お、おはよう」


 二度噛んだ。MPを半分以上消費した「おはよう」は、コミュ障全開の挨拶となった。


「藤沢さん。おはよう」


 振り向いた彼女は、笑顔で答えてくれた。

 出来損ないの挨拶だったが、なんとか一面をクリアした。


「今日は一段と寒いね」


 おはようを言えた余韻に浸っている間に、もう次のステージに進んだ。

 上手く会話を繋げなければ。


「寒いね……とても寒いね」


 下手くそ。二回も言わなくていい。

 しかも寒いを修飾して強調までしてしまった。冬に弱い女だと思われる。


「うん、とても寒いね」


 優しく笑ってくれた。私のコミュ障っぷりを受け入れてくれたようで、ちょっと嬉しかった。

 蒼空もそうだが、みんなから慕われる人間は許容という能力が高いのかもしれない。


「寒いとお鍋食べたくなるよね」


 富田雪乃が言った。

 なるほど。寒いというワードに関連した鍋の話題に持っていくのか。勉強になる。私のコミュ力が2上がった。


「そうだね……」


 鍋に関連するものを必死に探した。脳内を駆け回り記憶の引き出しを漁る。

 そして導きだした返答が……


「ビン&ボンって知ってる?」


 テンパってビン&ボンを出してしまった。

 これでは自分の話をしたいだけの自己中な人間に見られてしまう。


「知らない。お鍋の種類?」


 知られてないのかよビン&ボン、もっと頑張れ。


「あ、いや、なんか、流行ってるのかなって」 


「どんなやつ?」


 主語を忘れた。会話がこんがらがっていく。

 まず落ち着こう。上手い具合に鍋の話題に戻すんだ。


「YouTuberみたいなんだけど、さっき話してる人がいて、それでなんか面白いのかなって」


「そうなんだ。今度見てみる」


 ビン&ボンの視聴回数を伸ばした。

 でも私の好感度はたぶん落ちた。


「好きな鍋の具ってある?」


 強引だが、鍋の話に戻す。


「そうだな……お豆腐かな」


「美味しいよね、お豆腐……とても美味しいよね」


 だからそれやめろ。二回繰り返すな。

 何度同じ過ちを繰り返すんだ。

 この短い間で何度事故ったのだろう。

 会話の保険があれば入りたい。


「ふふ。美味しい、とても美味しい」


 めっちゃ恥ずい。普通に話すってこんなに難しいのか。

 蒼空とは何も考えずに話せてたのに、今は針の穴に糸を通すような感覚だ。

 的確な言葉で返したい。面白くなくてもいいから、まとまなラリーがしたい。


 心が折れかけながら教室にたどり着いた。

 この短い距離の間に私のHPとMPは底をつきかけていた。


「一限目体育だから頑張ろうね」


 そう言って、富田雪乃は自分の席に着いた。

 ため息まじりに私も自分の席に着く。

 もしかしたら、うざいと思われたかもしれない。

 そう考えると話しかけるのが怖くなる。

 当たり前のことができない不甲斐なさに、ますます自分が嫌いになっていく。


 * 


 一限目の体育はバスケだった。

 私は朝に起きた『富田雪乃会話事変』で負った傷で心が荒んでいたが、「やったね、同じチームだ」と、富田雪乃に笑顔で言われたことで、なんとか心を立て直すことができた。

 正直、引かれたと思っていた。

 でも何もなかったように振る舞ってくれた彼女に安堵した。

 これも全部ビン&ボンのせいだ。

 さっき調べたら、登録者数三百五人だった。

 正確に言えば、一人増えて三百六だ。私が増やしといた。


 球技は得意ではないので、試合が始まったらなるべく邪魔にならないようにボールが来ない場所に行く。

 パスがくれば近くの人に渡して、無難に十分を過ごす。

 これが鉄則だったが、富田雪乃は私にパスを出してくる。

 嫌がらせかと思ったが、満遍なく同じチームの人にパスを出していた。

 今まで存在を消しながら球技を行っていた私は、今日はチームの一員になっている。

 ここらへんの気遣いをできるのが富田雪乃なのだろう。


 試合は接戦だった。

 だんだんと周りが熱くなって来たので、迷惑かけないようにボールから逃げていると、たまたまゴール下でフリーになってしまった。

 そこにすかさず富田雪乃のパスが来る。


「千星、シュート」


 そう言われたので適当にシュートを放つと、「スパッ」と音をたててゴールに吸い込まれた。

 それと同時にブザーが鳴り、私たちのチームが勝った。

「ナイッシュー」と言われ、富田雪乃とハイタッチする。

「藤沢さん、ナイス」と他のチームメイトも駆け寄ってきた。

 気持ちが高ぶる。高ぶりたか子だ。

 私たちのチームは休憩に入り、体育館の隅に腰を下ろた。


「雪乃って本当に完璧だよね。運動も勉強もできるとかマジ羨ましい」


 隣に座る同じチームの子たちの会話が耳に入ったので、そちらに意識を傾ける。


「欠点ないよね。全部百点だもん」


「それが雪乃だよ。ダメな部分があったら雪乃じゃないもん」


「確かに、それは雪乃じゃない」


 笑いながら話している三人とは裏腹に、富田雪乃はどこか哀しげに苦笑いをしていた。

 別に貶されている訳でもない。むしろ褒められて嬉しいはずだ。

 なのに贈られた花束を厭うように、言葉に背を向けているみたいだった。


 体育が終わり渡り廊下を歩いていると、後ろから「藤沢さん」と富田雪乃に声をかけられた。


「さっきはごめん」


 何かされたのか私? と疑問に思っていると、


「千星って、呼び捨てにしちゃったから」


 あー、私が後世に語り継がれるであろう伝説の決勝ゴールを決めたときだ。

 あの時は高揚感で気にしていなかったが、そういえば下の名前で呼ばれた。


「別に気にしてない」


「良かった。バスケで熱くなると、つい呼んじゃうんだよね。嫌だったどうしようって思って」


「……嫌ではない」


「じゃあさ、下の名前で呼んでもいい?」


「うん」


「私のことも、雪乃でいいよ」


「わ、分かった」


 なんか青春ぽい。私のことを下の名前で呼ぶのは、自分の家族と蒼空の家族だけだ。

 今は学校で名前を呼ばれることもなくなった。


「雪乃」


 他の生徒が後ろからやってきて、とみ……雪乃に抱きついた。

 そしてそのまま教室に向かっていく。

 取り残されたような感じになったが、なんとなく一歩進んだ気がした。


 *


 昼休み、雪乃に声をかけ一緒にご飯を食べようとしたが、他の生徒に先を越された。

 昨日と同様、近くの席で昼食をとっていたため、ぼっちめしついでに情報を収集することにした。

 ちなみに今日は昨日と違うメンツだ。

 友達が多いと、人付き合いが大変そうだなと思った。


「雪乃、今度勉強教えて」


「いいよ」


「じゃあ私にはお菓子作り教えて」


 もうひとりの子が言った。


「お菓子?」


「来月バレンタインがあるでしょ? 手作りで渡そうかなって。雪乃器用だからそういうのも得意そうだし」


「雪乃なんでもこなすから、お菓子作りくらい余裕でしょ。ね?」


「……うん、今度一緒に作ろう」


「ありがとう、マジ神。本当に雪乃って優しいよね」


「人の悪口とかも言わないもんね」


「雪乃は聖母だから。人のこと悪く思わないし言わないの。私たちとは違う」


「一緒にしないでよ」


 二人は冗談を言い合い、笑い合っている。

 本人は体育館のときと同様、何も言わず苦笑いをしていた。

 褒められすぎるとあんまり嬉しくないのだろうか?

 私なら嬉しすぎてタップダンスを踊ってる。


 そのあとも何気ない会話が続き、昼休みは終わった。

 私はスマホのメモに『お菓子作りもできる』と記入し、雪乃の情報をアップデートした。

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