「オイル臭い……」
「さ、ここが俺の工房だ。あそこに椅子があるから好きに座ってくれたまえ」
煤がかった金属のドアを開けると、ガソリンの匂いが鼻をついた。
ここが、桐生創の工房である。床一面を埋め尽くす、乱雑に置かれた図面を踏んで創は奥のホワイトボードへと向かった。 壁にはさまざまな銃が立てかけてある。だが、現代的に見えるのは数本だけだ。
発電機が室内にあり、巨大な旋盤は休むことなく常に作動する。いろんな場所で何かのパーツがどんどん量産されている。まさに、工房というのに相応しい空間である。
「オイル臭い……」
開口一番に不満を口にしたのは雫だった。普通以上に濃縮された刺激臭に、鼻を押さえている。あと、床に散らばった図面を踏むのがどこか気が引けて、部屋の前で立ち止まっていた。
対照的に、アルと晴祥は臭いに戸惑うことなく、図面を容赦なく踏んでズカズカと部屋に入っていく。
「あとうるさいね。旋盤を部屋に置くなんてよく思いついたね」
「そりゃあ、工房だからな。それに、管理できるのが俺だけなら俺の部屋に置くのが一番都合が良い」
「早く本題にいけ。作戦ってのはなんだ」
「そう焦るなよ。すぐに終わる」
創は図面で埋まっている机の上に、書類の束を置いた。表紙には、「想定される敵戦力甲について」と書かれている。
「それで相手の戦力がわかるの?」
「話が早くて助かる。そして、ホワイトボードに書かれているのがその主戦力。こいつらをどうにかすれば、あとは国力でどうにでもなる」
ホワイトボードに書かれたのは六名の名前と、そのスキルだった。どういう作用なのか簡潔に書かれたものもあれば、ただ現象だけ書かれたものもある。そしてその内容はどれも、油断してはいけないものだった。
「特に注意すべきはこいつ。金城一輝だ。スキルは自身を強化するもので、発動時はここのトップよりも強い。こいつには三人以上で相手をしてもらう」
「そんなにいらないと思うけど」
「戦力的に、じゃなくて戦略的にだ。こいつに暴れられるだけでうちの兵士どもの半分は持ってかれるから、最優先で潰したいんだ。正直、この場にいる誰でもこいつには勝てるよ」
「じゃあ余裕だね。そいつが一番強いんでしょ?」
「いや、一番強いのはこいつ、花端賢彰だ。放置すると際限なく増え続ける。多分、今回は数万人くらいになってから来ると思う」
「数万!?」
その大きな数字に、雫は大声で反応した。晴祥も声こそは出ないが、頭の中に困惑の文字が浮かんでいる。対策会議を盗み見ていた彼は、敵の総数が数百だったと記憶している。それにこの国の兵士は集まって一万だった。彼は美月の情報を知らせなかったのが英断だったと確信した。
創はそんな二人のリアクションを見た上で、冷静に言葉を続ける。
「そう、数万。でもこれ以上は増えない。あいつ自ら戦争に出てくることはなく、分身だけが派兵されるからだ。それに、分身は非常に脆い。攻撃力はレベル相応にあるが耐久力は一般人以下。殴れば倒せるレベル。そして、俺たちにはこれがある」
創は近くの棚から木箱を取り出し、机の上に慎重に置いた。それをゆっくりと開けると、中にはよく見る形状の手榴弾が入っていた。それだけじゃなく、箱の下敷きになった図面をよく見ると、それが設置型地雷のものだというのがわかる。もちろん、これに気づいたのはアルだけだ。
「あー、これなら確かに、数だけの相手はなんとかなるね」
「その通り。だから敵が街中に入る頃には、既存の兵士たちでなんとかできる量まで減ってるったわけだ」
「うん、大体わかったよ。それじゃ僕らは———」
アルの言葉を遮って、工房のドアが勢いよく開かれた。
「桐生様、大変です! 既に敵軍が目前まで——」
遠くから爆発音が響いて聞こえる。それも一つだけじゃなく、複数回。
「……来たみたいだな」
「一週間後って話はどうなったんだよ」
「準備は終わってるんだ。この際それは大した差じゃない」
「勝てるならなんでも良いよ。じゃ、行こっか」
肩で息をする兵士を他所に、彼らは余裕そうにゆっくりと歩を進める。
「あ。この戦い勝つからさ、この間のこと許してくれない? まー私が悪いわけじゃないんだけどさ。それじゃ!」
雫だけ、兵士に耳打ちをしてからその後を追った。