「ちゃんと加減してるぜ」
花端賢章は分身を生み出し続け、美月から距離を取りつつ分身の存在する範囲を広げる。圧倒的量で包囲して潰す。微かに出来た余裕で考えついた勝ち筋はそれだけだった。だがそれで十分でもある。脅威である光が近づいてくる気配がないのだ。それどころか感じることもない。この事実から花端は、美月を分身が押し返したという、大きな大きな勘違いをしていたのだ。
花端の速度は、一直線に分身を生み出していた先程と比べて遅くなっている。そのため彼にとっては凶星となるそれは、彼を簡単に追い越したのだった。
背後から轟音が鳴った。花端は速度を変えずに、その落ちてきたものを確認しようと視線を向ける。土煙の中に、黒い影が一つ。だがそれはどこか光って見えた。
丁度、花畑が土煙の中に入る瞬間、その中から出てきたものと視線がぶつかる。そしてそれがなんなのか理解する前に、花端の速度はゼロになった。遅れて、衝撃が全身に流れる。
「がほっ……」
揺れる視界の中、目の前にいたのは遠ざかっていたはずの美月だった。先程までの最もらしい光は感じ得ないが、それよりももっと恐ろしいエネルギーを感じる。
衝撃に耐えながら、最も痛みの激しい腹部を見ると大きく開いた手のひらがそこにあった。だが、ただ掴んでいるだけ。押し込んでいる様子は一切ない。衝撃とは異なるこの痛みは、花端が分身を作って前に進もうとするために発生していた。前に進もうとするエネルギーは腹部のその一点だけで受け止められ、その反動が痛みとなって彼を襲う。それだけでなく、あと数秒もすればその箇所だけ手のひらの中に残ることになる。
花端は反射よりも速く分身の生成を一瞬止める。深く考える暇も必要もなかった。掴まれている以上は前方向に分身を出しても結果は同じなのだから。だが、花端にとって最善である選択が状況を良くするものだとは限らなかった。
分身の発生が止まった瞬間に、美月は花端を引き寄せて右腕を振り抜いた。鈍い音が鳴り、花端の体が曲線を描いて飛んでいく。そしてその間に、分身を薙ぐように左手を払った。
体が先程の攻撃を覚えている。左手へと集まった神気が塊となり、徐々に小さくなりながら、分身をすりつぶしていく。
「……あ、あ?」
地面に着いた花端は、呻き声すら上げることなく痙攣している。
「ちゃんと加減してるぜ」
「う……うあぁー!」
微睡む思考と回らない呂律で、ただ怒りだけを表現する。地面をどんどんと叩く。まるで都合の悪いことを認めない幼児のような姿だ。暫くして、怒りで震えた言葉を振り絞った。
「何が目的なんだよ、お前はぁ!」
花端は馬鹿の一つ覚えのように分身を作り出して美月を襲う。だが花端が瞬きするより先に貧弱な分身は溶けるように消え、美月の手は簡単に本体を捉えた。
「親友を助けることだよ」
今度は体が飛ばないように掴んだまま、腹部へと一撃を入れた。花端の意識と共に吐瀉物が体外へと飛び出す。
「今そいつはお前が侵攻してるヴェルンにいる。勿論、「数を潰すために。だから、お前が向こうに行かないようにしてるんだよ。逆に、お前は何のためにこんなことやってんだよ」
「……理由なんてない。ただ最も合理的に条件を達成できる方法を考えただけだよ。人数を集めて、その上に数人の幹部を作る。そしたらタイミングを見計らって100人ずつ殺していけば簡単に願いを叶えられるだろ?」
「ふーん……。まあ、それも無駄になったわけだ。向こうの戦争が終わるまで、お前の相手は俺がするからな」
「ほざ……」
花端が憎まれ口を叩く前に、顔面に入った拳骨が今度は一直線に吹き飛ばした。薙ぎ倒された木々の元に、力の抜けた体が転がっていく。転がったそれは、奥の方から歩いてくる男の足元で勢いを無くした。
「よぉ。仕返しに来たぜ」
「あー、いたなお前」
男、劉然は花端の頭を足蹴にし、踏み潰した。頭蓋から卵のような音が鳴り、辺りに血液と脳髄が飛び散る。
「感謝しろよ? 殺す手間省いてやったんだから」




