「……ごめんなさい」
「ぐわっ……」
「あれ、あんま効いてないな」
美月の拳が直撃した兵士は、大きく吹き飛びはしたもののすぐに立ち上がり剣を構えた。逆に、鎧に当たった美月の拳のほうがダメージを受けている。どうやら、拳が当たる寸前で神力が離散したようだ。やはり、難易度が高い。ラクトールがいた時の感覚を思い出そうにも、細かいコントロールを意識した覚えがない。何より、神力の動きがどうやら違う。今までは体の中に集まってくる感覚で、操作が容易だったが今は体中を一通り回った後、体の外側に放出されている。外に出ないよう抑えるので精いっぱいで、一か所に集めるなんて夢のような感覚だ。
やはり、志倉を殴った時の、何かをつかんだ感覚が正解なのだろう。流れに沿うように、押さえつけるのではなく、導くように。これで会っている気はする。ただ、少しでも集中が乱れると合わせた力の方向がバラバラになる。これは、練度の問題だ。幸運なことに、目の前の兵士たちはだいぶ頑丈なようだ。変な手加減を考えずに済むようでよかった。
二方向から挟み込むように迫る剣撃。これを軽く受け止め、そのまま宙に投げ捨てる。隊長のような騎士に向けていた視線を一瞬だけ切り、一歩遅れて飛び込んでくる、先ほど吹き飛ばした兵士にもう一撃。手ごたえを感じる快音に、小さくなった手の痛み。少しずつ、求めているものに近づいている実感を得る。あとはこの感覚を忘れないうちに何度も、体に覚えさせるだけだ。
瞬間、背後から強烈な殺気を感じる。本能的に、避けなくてはいけないと感じるほどのものだ。出所を探るように目を泳がせたとき、体の奥から避けろ! という声が響いた。
「雄牛の一撃!」
美月はすんでのところで回避に成功する。その後、目に飛び込んできたのは、虹色の軌跡。それは、剣からも、本人からも湯気のように立ち上っている。初めて見るものだが、それが神力であると瞬時に理解した。ただ、自分のものとは明らかに違うことも、同時に。
「まるで神力のバーゲンセールだな」
練習感覚で挑んでいた気が引き締まる。そうだ、こっちはそんなつもりがなくても、相手は命を懸けて殺しにきている。油断としか考えられない思考を今すぐに捨てて、真剣な心持ちで騎士を見据える。
神力の感じが変わる。死を意識した瞬間、神力の存在が今まで以上にはっきりと見える。美月は思い出だす。そうだ、あの時は今とはくらべものにならないほどの覚悟を背負っていた。だが、今は練習感覚で人を死に追い込もうとしている。そして、自分が奪うこと以上に命を軽視していたことに気づいた。あの状態までたどり着かずとも、近づいたおかげで練度以上に大切なことが分かった。
ただ心からの言葉が、自然と口からこぼれた。
「……ごめんなさい」
その言葉に、騎士は難色を示す。
「なんだ、急に。悪いが、今更謝ったと君の罪は変わらない。償いたいのであれば、おとなしく首を差し出すことだ」
「今から覚悟を決めてやるから。それで、許してくれ」
あの時は、絶対に殺すと言う覚悟。ならば今は、絶対に殺さない覚悟を。
「……効かん坊め。ならば食らえ! 雄牛の一撃!」
向かってくる虹色の光を、眩く感じる拳が迎え撃つ。その一撃は、何よりも重いものだった。
そして美月の五感は、この場所に向かってくる気配を確かに感じ取っていた。




