「俺と、国盗りをしよう」
おそらく、一番強くてえらい奴が一撃で吹き飛ばされた。数秒経っても起き上がる気配はない。それでも、兵士たちは闘志を捨てず、剣を構えながら間合いを取る。
こちらに向かって来るのは一人。宙に舞っていた兵士たちは、落下の衝撃から立ち直り、騎士の方へと一目散に駆け寄っていく。そこで、美月は相手が逃走の準備をしていることに気づいた。一人が時間を稼ぎ、残りが抱えて全力で逃げる。この森を徒歩で探索するなんてないだろうし、どこかに馬車か何かを待機させているのだろう。逃げるのであればそれで良し。追撃もしないし、逃走の邪魔もしない。だが、察知した気配に対応するため、力は抜かない。
兵士は気迫に押されながらも、少しずつにじり寄ってくる。そんな兵士と美月との距離を刈り取るように、そいつは間に飛び込んできた。
「久しぶりだな。藍沢美月、だったか?」
「誰だてめー」
「おいおい、忘れたのか。劉然だ。かなり因縁深いと思うが」
美月は首を傾げたまま無言を返した。当然、美月には中国語で聞こえているため、意味が理解できない。ただ、頭の片隅にある、かすかな記憶を引っ張りだそうと苦難しているのだ。この世界に来てから、物覚えが悪くなった自分の頭に苛立ちながら。
「う、うおー!」
劉然に向かって兵士が思い切り斬りかかる。
突然現れた得体のしれない人間。それが、現時点で敵である人間と親しげにしゃべっている。状況的に仲間が来たと思っておかしくないだろう。兵士からしたら、ただでさえ勝ち目のない相手に援軍が来るという絶望的な状況。ただ、背後をとっている絶好のチャンスでもある。やるなら今しかないと、切羽詰まった思考が攻撃を後押しした。
美月は警告のために声を出そうとする。だが、兵士は声を出す前に、劉然の裏拳でその場に沈んだ。視線を美月に向けたまま、右の拳だけで華麗に反撃して見せた。その技術に、美月は口を開けたまま騒然とする。
「……!!」
「なんだその顔は。それより、お前に聞いてほしいことがあるんだが……」
話しかけられていることは理解しているが、反応することができない。そこで美月は、申し訳なさそうにしながら正直に言葉を発した。
「すまん……。何言ってるのか全く分からん。日本語で話してくれ……」
「……ふざけてるのか?」
劉然は鋭く美月を睨みつける。だが、一切動じず、申し訳なさそうな顔をしているのを見て、ひとまずは信用したのだろう。日本語での自己紹介が改めて行われた。
「はぁ……。久しぶりだ藍沢美月。俺は劉然。忘れたとは言わせないぞ」
劉然。その二文字を聞いた時、最悪な第一印象が蘇ってくる。
「あー……少年趣味の」
「なんでそこを思い出すんだ。違うと言っただろ」
「じゃあ加虐趣味のか」
「それは……あってるが、今は違う。今はそれよりもっと楽しいことを見つけてしまったからな」
劉然は不敵な笑顔を浮かべた。細い目から、鋭い視線が漏れ出ている。
「なあ藍沢美月。お前に提案がある」
劉然は一息おいて、こう言った。
「俺と、国盗りをしよう」
「は~……ほんと、才能ってのはやになっちまうな。俺が生きてきた中で編み出した技術をこうもたやすく習得されるなんて。……泣きたい」
晴祥の周りを渦巻く虹色の光を見て、桜は泣き言を零す。
「おいおい、泣くのはまだ早いぞ。感動はこの後にとっておけ。完璧な勝利という大感動が待っているんだからな」
「これは感動の涙じゃない……」
創は楽しそうに、高らかに桜を笑う。性格の悪さがにじみ出ている。当の晴祥はというと、体を流れていたエネルギーが、確実な力に変わったことに身を震わせていた。四肢が、心臓が、脳が、これだけで数倍強くなっている。これは、感覚による推測とは明らかに違う、確かな実感だった。
この世界に来てから、美月と大きな差が開いていた。元の世界のように肩を並べるのは叶わず、どうしたって守らている未来しか見えなかった。美月と合流した時、嬉しさと同時にこれを感じた。そして、次に目が覚めた時、美月は明らかに弱くなっていた。志倉と戦った時、肩を並べられていたのはそのおかげだ。不覚にも、それをうれしく思う自分がいた。だが、志倉を吹き飛ばしたあの時、美月の力はまたしても俺に大きな差をつけた。感じるエネルギーに変化はなかったが、確実に力は大きくなっていた。
晴祥はこの技術によって美月に追いつく、それどころか追い越しているような感覚を覚えた。そして、また肩を並べて、同じ立場でいられることに身を震わせて喜んだ。
「……どうかな、晴祥君。我々を信用してくれたか?」
晴祥は差し出された手を無言で受け取った




