「……これで公平ダナァ!」
木々を焼き払う炎すべてが、周りに広がるより早く一人の人間の体に吸い込まれる。炎は完全に姿を消して、あとには燃え後しか残らなかった。
「今のすご!」
驚きで声を上げる雫に、アルは少し笑って口の前に人差し指を運んだ。
「今の、二人には内緒ね」
「うわっ、その表情かわよー!」
「声が大きいよ。それと、探すものがあるから。僕の考えが正しければ、絶対に持ってるはず……」
アルはキルスの持っている袋を漁り、一つの筒のようなものを取り出した。
「……あった!」
「……信号弾?」
「正解。手負いの状況であいつとやり合うのは得策じゃない。使えるものは使わなきゃね」
アルはそう言って信号弾を放つ。そして、赤色の煙が上空に上がった。
戦いながら感覚を掴む。
そう決めたはいいものの、志倉の攻撃はあまり喰らえないし、殴ってもこちらの手の方がダメージが大きい状況に美月はかなり苦労していた。幸い、攻撃が当たる度に、神力の動きを感知することが出来るので、この方針は間違ってなさそうではあるが、先が見えない。
美月はラクトールのレッスンを思い出す。そして特に大したことを教わってないことに気が付いた。それでも数々の会話の中からヒントを見つけ出し、神力を操る手立てを考える。
ラクトールは、神力を拳に込める方法を勧めていた。だが、大きな柱のない今、一部にとどまらせるのは難しい。では何故難しいのか。それは、本来神力が何物にも縛られない浮動のエネルギーだから。
この情報を思い出した瞬間、美月は暗雲の立ち込めていた先に、一つの光を見つけた。
「……なるほど」
体から離れようとする神力の向きを変え、全身を纏うように流動させる。隙間なく、均一になるよう集中する。神力の力の矢印を消すのではなく、それを利用して体に纏わせる。それを体の表面だけでなく、体内でも行う。さながら、血液のようにとめどなく流し続ける。
目がよく見える。鼻も、耳も、五感すべてが冴え渡る。それだけじゃない。体も、脳も、全てが一新されたような、一番最初にラクトールの力を使ったときに近い全能感に満たされる。
「なに目ぇ瞑ってんだぁ!」
「しまった! 美月、避けろ!」
「……え?」
美月の戦線復帰まで、晴祥は時間稼ぎに徹底していた。しかし、その目論見に気づいた志倉に隙をつかれ、美月への攻撃を通してしまう。
バキイ、と美月の無防備な顔面に志倉の強打が直撃する。拳がじわっと赤くなり、痛みが奔る。だがこれといった反応はなかった。足はしっかりと地面を踏みしめ、体は揺らがずすぐに反撃の姿勢を取っている。……既に美月の強度は、人間を超えていた。
「……これで公平ダナァ!」
先程とは打って変わった美月の驚くべき強度に、志倉は思考が止まり反応が遅れた。時間にしてもほんの一瞬。だが、その一瞬が命取りとなる。
「オラァッ!」
美月の反撃の一撃。渾身のアッパーカットが志倉の顎に突き刺さる。鋭い衝撃は一瞬にして頭蓋まで届き、無地比にもその中身を揺さぶった。
志倉の意識は数秒間、よくわからない場所まで飛んでいった。体は斜めに吹き飛んで、背の高い木にぶつかり、志倉は叩き起こされた。視界の端に、赤い煙が立ち上っている。
「ごほぇぁぁ!」
志倉は吐いた。頭の中が空っぽになるまで、吐き続けた。飲み過ぎと、予想だにしない一撃に脳みそを揺さぶられ、自律神経がぶっ飛んでいる。額には変な汗が流れ、手足は痺れが止まらなくなっている。しかし、そんな体とは裏腹に、大量に吐いてクリアになった脳みそは案外冷静だった。体の異常を感知し、迷いなく逃亡を選択。美月とは逆の方向に足を走らせた。
「……大丈夫っすか?」
「あぇ……?」
一目散に逃げ出した志倉は、周りをよく見る余裕がなく、誰かにぶつかるまで人がいることに一切気づかなかった。見覚えのある赤い旗。たしか……。
「へぇ……。貴方がやったんすね」
思い出す前に、冷たい声で囁かれる。志倉は、死の予感を肌で察知した。すぐさま振り返って逃走を図る。
「逃さないすっよ」
振り向いたのに、後ろにいるはずの女が何故か視界の中にいた。赤い羽根が燃えながらゆっくりと落ちていく。女の背には、あまりにも雄大すぎる炎の翼が、いや、炎の鳳が燃え盛っていた。