「人の話はぁ! 聞くもんだろうがぁ!」
出発時からおよそ半日ほどたっただろうか。美月たちは、上を向けば紅い空が見える程、森の浅いところまで進んでいた。普通折れた骨はすぐ元通りに治らないので、そして、一定の場所から草木の焼けた跡が広がっていた。視界の端には、今まさに燃え盛っている炎が見える。
「なにが起きてんだが……」
「ミツキ、あれ見てよ」
アルの指さした方向には、見覚えのある鎧がいくつも横たわっていた。そしてその前には、瓢箪片手に男が一人、金髪の男を足蹴にしながら、切り口の焼け焦げた切り株に座っていた。
「……キルスさん?」
「お、追加でまた来た。えーっと……4人か。全員転移者っぽいし、当たりだな」
瓢箪の男はなにやらぼそぼそとつぶやいているが、今の美月にはそれよりも別のこと、ガウス騎士団の鎧を着ている人たちが大勢倒れていることに意識を持ってかれていた。見るに、鎧等に灼け痕が付いていることから、犯人はこの森を燃やしたものだろう。そしておそらく、今目の前にいる男が張本人であるということまで、軽く推測がつく。
瓢箪の男がゆっくりと立ち上がるのに対して、美月たちはいっせいに身構える。
「おいおい、そう殺気立つなって。俺はお前らと話がしたいだけだ」
「いやいや、こんな、どう考えてもお前がやったかのような現場で、警戒しないわけがないでしょ」
「まあ、それはそうだが……こいつらは関係ないんだし、どうなってもよくないか?」
「……残念。関係大アリなんだよ。それと俺、お前のこと嫌いだわ」
美月は石を拾い上げて瓢箪の男めがけて投げつける。
「うわ……」
「だから話も聞かねえ」
そして、『神出鬼没な奇術師』で眼前に移動し、男の顔を思いっきりぶん殴った。男はそのまま後方へ吹き飛ぶ。だが、美月は追撃をするわけでもなく、ただ違和感の生じた右手を見つめていた。そしてその違和感は、気のせいでもなんでもなかった。
砂煙の中から何かを飲む音が聞こえる。
「大吟醸『火坊師』」
するといきなり、美月に向かって炎が飛び出してきた。
炎が迫って来ているのに、動く気配の見えない美月。それでも美月は動く素振りを見せない。速度的に美月なら簡単に避けられるはずなのに、動かない。そう、美月だけなら避けられるのだ。
美月の背後には、男の手によって倒されたであろう兵士が大勢倒れていた。勿論、気を失っている。このまま避けたらこの炎の塊は、無防備な兵士たちに直撃するだろう。もしそうなったらどうなるかわからない。そのため、美月はこの攻撃を避けられずにいたのだ。
ギリギリで触れて『神出鬼没な奇術師』でどこかに……いや、炎は一つの物体じゃない。触れた部分だけ飛ばせて残りはそのままってオチが目に見える。今から後ろの兵士全員触るのも現実的じゃない。……このままかき消せるか?
美月は若干の痺れを無視して、右手に神気を込めようとするが、昨日より乱れが大きく、中々とどめることが出来ない。というか、そもそも制御出来ていない……!?
「クソッ……」
美月が何も籠っていない右手で炎を払おうとしたとき、炎の代わりに黒い膜が現れた。黒い膜は炎を飲み込み、それが消えた時には土煙しかたっていなかった。
「ったく、お前は周りが見えてるようで見えてない。もう後ろには誰もいないぞ」
晴祥は左手を下ろして美月の後ろを指す。後ろで倒れていたはずの兵士たちは、アルたちによって木々の茂る方へと運ばれていた。
「俺はあいつにやられた奴が誰なのか知らないが、あいつがお前の敵なら、全力で潰しに行く」
「こういうとき、ほんと頼もしいぜ」
美月たちが再度土煙の方へ目を向けると、急に大声が聞こえてきた。
「人の話はぁ! 聞くもんだろうがぁ!」
紅潮した顔に、酒の匂い。どう見ても酔っぱらっている。先程との変わりように美月は少し驚いていた。
「まぁ、聞かねーってんなら勝手に話すけどよ。俺は志倉航平。俺達と同じ転移者を集めた組織、『数』に所属している。そこでだ。お前らも入れ」
「やだ」
「じゃあ殺す……いや、殺さない。殺さないが……動けなくなるくらいにはボコボコにしてやるよ!」
志倉は瓢箪をもう一杯飲み、また、先程とは変わった表情で襲い掛かってきた。
「ハハハ! 燃えろ、大吟醸『丹面』」
志倉は右手に生えた炎の剣を大きく振るう。その攻撃は、あまりに広範囲を焼き払った。
「ハハ、燃えろ燃えろ! アー、楽しくなってき……」
「うるっ……せえ!」
美月は志倉の上から蹴りを入れる。
「……くうっ」
攻撃する度感じる異様な硬さ。先程の制御できない神力と、今日になってからラクトールが一度も喋ってないことを踏まえると……恐らく、ラクトールごと神力を封じられたのだろう。今まで神力が制御出来ていたのは、強大な力をまとめる軸があったからだろう。それがない中、常人より多くなった神力を操るのは難しいだろう。
今美月にあるのは、ラクトールがいたことで急激に成長した肉体と『神出鬼没な奇術師』のみ。そして、殴ったとき微かに生じた違和感を信じるのであれば……。
志倉航平は、神力を使っている。