「完全にこいつが悪いからな」
「え、私のこと知ってるんだ! 可愛い顔しておませさんだねー」
雫は純情な小学生をたぶらかすように笑う。
「物知りだな」
「違うよ。雑誌の表紙にでかでかと載ってたから知ってただけ」
アルは躍起になって否定するのではなく、少し呆れたような反応をする。
「恩人君は私のこと知らないんだ」
「恩人君ってのはやめてくれ。俺は藍沢美月。こっちはアルハードだ。よろしく、安野さん」
「しずくでいーよ。美月君は私について知らないみたいだから、改めて自己紹介するね。私は安野雫、18歳でーす。グラビアアイドルと女子高生やってます。スリーサイズは上から……」
「「言わんでいい!」」
雫の行きすぎな発言に二人は同時に制止をかける。雫は口を尖らせて文句を言う。
「公表されてるし、言ってもよくない?」
「聞きたくないんだよ、そういうの」
「照れるから?」
「そうだ」
「そうなの?」
素直な反応をする美月にアルは思わず驚きの声を上げる。
「それ以外に何があるんだよ」
「えー……品性とか、そういう問題じゃないの?」
「公表されてるよ?」
「関係ないから、そういうの。てか、いつまでその体制なの? 疲れない?」
アルは少し不機嫌そうに答えたあと、最初から雫が美月の上に乗り続けていることを指摘する。雫は意外にも素直に指摘を聞き入れた。
「あ、忘れてた」
「え、でかくね?」
下から見上げた雫の姿に、美月は素直な感想を口にする。
「でしょ? だって10……」
「身長のことだ。……180超えてんじゃねえか?」
「ミツキと並んでみたら早いんじゃない? ほら、いつまでも寝っ転がってないでさ」
アルに急かされて美月はようやく立ち上がる。立ち上がって正面を向くと、丁度雫と目が合った。美月が無表情のまま視線を外さないでいると、視線に耐えかねたのか、雫が先に目をそらした。
「そうやって見つめられると困るんだけど……」
「あー、悪い。なんか目の色違うなーって」
「ハーフだからね。父親がフランス人なんだ」
「それで目が青いのか」
「そういうこと。美月君は日本人だろうけど、アルハード君はどこの人?」
「僕はアメリカだよ。あと、君付けはちょっと気持ち悪いから別の呼び方にしてくれ」
アルは雫に対して一貫してそっけない態度を取る。
「美月君は普段なんて呼んでるの?」
「俺はアルって呼んでる」
「じゃあ私はアルくんって呼ぶね」
「君付けは辞めてって言ってるのに……。やっぱり苦手だよ」
アルは観念したかのようにため息をつく。いやそれだけじゃないだろう。最早反応する体力がないように思える。考えてみれば、美月達はおよそ一時間足らずで2度も生死の境を彷徨っているのだ。神力によって回復力の高まった美月はともかく、アルと晴祥の体はボロボロ。先の戦闘で間違いなく、何箇所か骨が折れている。今立っているだけでもかなり辛いはずだ。それでもアルは弱ってることを見せることなく、普段通りに振る舞っている。元来のものであるこの警戒心は、この世界において有意な力となるだろう。
「……安野さん。少し聞きたいことがあるんだけど」
「なんでも聞いて! 好きな食べ物からほくろの数まで、赤裸々に話しちゃうよ」
「じゃあ聞くけど、なんで追われてたんだ?」
「んー……ちょっと長くなるけど、大丈夫そ?」
「別に、先を急いでるってわけじゃないしな。休憩も必要だよ」
美月はアルと晴祥を横目で見ながらそう答える。
「あれは確か……3日くらい前のことかな?」
〜回想〜
「うう……ここどこよー。大きいお仕事入ってたのに、バックレたと思われちゃうじゃん」
雫はため息をついて、道の端に座り込む。あたりを見回すと、ツノや羽や耳の生えた人間が至るところに存在していた。勿論、普通の人間も。そしてその全てに共通することは、武器を持っているということだった。非力そうな少女も、子供も関係なく。
雫はグラビアアイドルである以前に普通の女子高生だ。こんな光景を見たら、当然不安になる。
「なんか寒いし、お腹減ったし、これからどうすればいいんだろ」
雫が俯いていると、なにやら周りが騒がしくなってきた。それでも雫はうつむいたままだ。どうせ関係ないとでも思ったのだろうか。今は周囲より、お先真っ暗な未来に目を向けていた。
「王子、勝手は困ります!」
「そう、私は王子だ。なのに何故縛られなきゃならない!」
「王子だからですよ……って、どうかしましたか? 急に立ち止まって」
「……女神だ」
「え? ……ってちょっと待って下さいよ!」
王子と呼ばれた人物は、周りの静止を振り払ってある少女の元へ向かう。
「……お嬢さん、どうかしたのですか? 私で良ければ力になりますよ」
「え……誰?」
雫は突然話しかけられたことに驚いて顔を上げる。目の前には記憶の片隅にも引っかからない人物。雫は少し引いた様子で王子の顔を見つめた。
「し、知らないんですね……。……私はテンス・セントイル。この国、ヴェルン国の第一王子です」
テンスは一瞬焦った様子を見せたが、特に引きずらず自己紹介をする。
「王子……ってことは偉い人? そんな人がなんで私に声をかけるの?」
「貴方ように困ってる人がいたら、声をかけるのは紳士として当然のことですよ。ここは寒いですし、店の中に入りましょう。ご馳走しますよ」
「ほんとに!? ずぅっとお腹減ってたんだ、ありがと、テンスさん」
「王子相手に無礼だぞ!」
喜びで飛び上がった雫に対して、付き人が躍起になって怒鳴りつける。そんな付き人をテンスはを睨みつけて一蹴した。
「下がれニエロ。私がもてなすと決めたんだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「ぐっ……」
「では行きましょう。ところで、お名前は?」
「安野雫。よろしくね」
「……凄い食べっぷりだな」
テンスは目の前で豪快に料理を平らげる雫を見て呟いた。
「なんか、こっちの世界に来てからお腹の減りが凄くてさ。ご馳走してもらってる側なのに、こんなに食べちゃってごめんなさい……」
「い、いや、いいんです。嫌味を言ったわけじゃないので、遠慮せず頂いてください」
「本当にありがとうございます!」
その後も雫のペースは一切落ちず、空になった皿がどんどん積み上がっていく。
「王子、もうこれ以上は……。時間がありません」
「あ、ああ。あの……雫さん。このあと、予定が押してまして、もう行かなくては行けない時間なんです。そこで、雫さんさえ良ければなのですが、城へ来ませんか? 城なら時間を気にせずお腹一杯になるまで食べることが出来ますよ」
「行きます!」
空になった皿を机に置いて、雫は即答する。
「そうですか。では、ついてきてください」
「王子、本気ですか!? こんなどこの馬の骨かもわからない人間を神聖な城に入れるなんて……」
「ニエロ。少し黙れ」
テンスはニエロの言葉に一切の耳を貸さず、雫をエスコートする。
雫達は暫く馬車の旅を味わった。
城につくまでの間、雫はテンスから聞いたこの世界の事をまとめようとしたが、理解できたのはここが元々いた世界と違うことくらい。まとめようにもまとめられず、諦めて睡魔に身を任せた。
「きれーな部屋だな〜。王子って、ホントのことだったんだ」
城内に上がった雫は、取り敢えずテンスの部屋に案内された。整った内装に感心していると、なにやら視線が感じられることに気がついた。ただ覗いてるだけのようには到底思えない鋭い視線は、雫に不快感を与えた。
雫はその辺のペンを掴んで、視線のする天井へ投げつけた。ペンは物凄い速度で飛んでいき、大きな音を立てて天井を貫いた。予想外の威力に雫本人も驚きが隠せずにいたが、時間差で上から人が降ってきたことにさらに驚かされた。
「ひ、人が降ってきた!」
「う……うう」
ペンが直撃したせいか、降ってきた人は話すこともままならない。見た目からはどんな人か想像もつかないが、剣を持っているため恐らく兵士だろう。
雫が対応を考えていると、音を聞いた兵士がドアの前までやってきた。
「なにかなさりましたでしょうか。こちら、テンス様の部屋は、貴重品が多いため、暴れまわるようなことはお控え頂きたい」
「あ、暴れ回ってないって。上から人が降ってきたんだって!」
「……開けて頂けますか?」
「あ、はーい」
雫がドアを開けた瞬間、目の前に剣と槍が現れた。それは同時に雫へと襲いかかる。
「うわっ!」
瞬時に後ろへ飛んで、雫は難を逃れる。顔を上げると、戦闘態勢の兵士が三人、部屋の中に入ってきていた。
「悪く思わないでくださいよ。呪うなら、このタイミングで来てしまった自分の運を呪ってください」
「どう考えても悪いのはアンタ達でしょ」
「……御免!」
三人は武器を振り上げて、同時に襲いかかってくる。だが、全員の攻撃はまたしても空を切った。城に駐在する兵士ということもあって、三人とも中々の手練のはずだが、どういうわけか、雫は全て見切っていた。
「なんかわかんないけど、体が超軽いんだよね。……これは正当防衛だから、私は悪くないからね
「なっ……!」
まさかの行動に三人は避けきれず、兵士の下敷きとなった。雫は、小さいとはいえ剣を持った体格のいい男性を、片手で軽々と投げ飛ばしたのだ。
雫は三人が怯んでいる隙に、ドアから城内へと逃げ込んだ。
「くそっ……! 賊が出たぞ! テンス様のお連れになった女だ! 既に一人やられている!」
兵士の叫び声に反応して、城中の兵士がわらわらと現れる。
「もー最悪!」
雫は命からがら逃げ延びるのだった。
〜回想終〜
「……ってことがあったの」
「苦労したんだな」
「心配ありがと!」
「……うん、なんとなく事情はわかったけど、その剣はどうしたの? さっきのを話には出てこなかったけど……」
アルは雫の背負っている大剣を指さして疑問を尋ねる。
「……ああこれ? 逃げてる最中に盗んだの。なんか、豪華なとこに飾ってあって、一番強そうだったからさ。ホント、迷惑しちゃうよね。何もしてないのに追っかけ回されてさー」
美月とアルは、一度目を合わせてから、気まずそうにして言う。
「……狙われてるのって、それじゃね?」
「そんなわけ……って、そうかもしれない」
「解散だな」
「うん」
「ちょ、ちょっとまってよ! なんで急に冷たくなるの? 美月君はさっきも助けてくれたじゃん!」
急に冷たくなった二人に、雫は戸惑いを隠せない。美月はそんな雫をさらに突き放すように追い打ちをかける。
「確かに俺はお前を助けたが、それはお前がただ狙われてるのだけだと思ったからだ。自業自得としか言えない事件に首を突っ込んでる暇はないし、お前は俺が助けるほど弱くないだろ」
「……でもでも! 美月君も兵士に手を出しちゃってるんだから、協力した方が得だよ?」
「あ……」
完全に忘れていた反応だ。雫はこの反応を見て、大喜びで話を続ける。
「てことは戦力いたほうがいいでしょ? 美月君によると私結構強いんでしょ? はい、仲間決定! やったー!」
雫の勢いに二人はなにか言う暇なく押し切られた。
「まあ、俺はいいよ」
「僕も大丈だけど、こいつは?」
アルは地面でのびてる晴祥を指さして言う。
「意見を聞くまでもなく、多数決で決定だよ。ふっ飛ばされた件は完全にこいつが悪いからな」
「……かわいそ」
アルは少し見下したように呟いた。
こうして、安野雫が新たな仲間として同行することになるのだった。




