「ああ、もう無理……げんかい」
前方から重低音と木々がへし折れる音が聞こえ、アルは担いでいる美月を下す。
「今のって……」
「多分、彼が吹き飛ばされたんじゃないかな。前に残ってるのは知らない気配だし」
「ってことは……」
美月は軽くため息をついた後、足元の石を拾い上げアルに投げ渡す。
「あいつ頼むわ」
「任せてよ」
アルは笑顔でそれをキャッチし、時間差で聞こえてきた衝突音の方へ走り出した。美月は一回深呼吸をして、体の状態を確かめる。先程と変わって手足の震えはなくなり、心なしか顔色も優れてきている。
「……よし、全然いける」
強く握った拳をほどき、視線を前方の茂みに向けた。
「あれ、ここにも人がいる。さっきはいなかったのに、なんでだろ」
美月は現れた人物を一瞬視界に捉えたあと、顔を赤くしてすぐに目をそらした。それもそのはず、その人物はかなり際どい恰好をしていた。ここは森のためかなり暗く、晴祥が発見した時は詳細まで確認することは出来なかった。良く見えていたとしても気にしなかっただろうが、美月の場合は別。美月は、先程の戦闘により全身が限界を超えて成長し、このような暗い空間でも詳細がくっきりと見える視力を手にしている。そのため、スタイルの良い体を覆い隠すには不十分な、ぼろぼろで、所々破けている腰までしかない服を視界にとどめておくのは、少々刺激と罪悪感が強かった。しかし当の本人は一切気にせず、こちらもこちらで美月の姿を注意深く観察していた。
「さっきの子とおんなじ服……ってことは、君も仲間?」
大剣を美月の方へ向け、首をかしげながらも敵意を持って睨みつけてくる。美月はあいつなにしたんだよ……と心の中で呟き、向けられた剣先に応えて手を伸ばす。
「親友だよ」
「あ、そうなのね。さっきの子正気とは思えなかったから、親友って聞くとますます警戒しちゃう」
「じゃあどうするんだ?」
「私今とってもおなか減ってるのよ。そこで急に殴り掛かってこられちゃったから……私、君に八つ当たりしちゃうかも」
「……上等!」
美月は再度拳を強く握りしめた。ゆっくり上がった大剣が、力強い踏み切りと共に振り下ろされる。
「ぬおっ……!! ……八つ当たりで結構。こっちはこっちで勝手に楽しませてもらうからな」
「ふーん……」
美月はこの一撃を掴んで受け止め、何か期待しているような笑顔で踏ん張る。そんな状況を気にせず、ラクトールは衝撃の一言を言い放った。
『馬鹿言うな、とっとと逃げろ。そいつもお前と同じだ。一端だが、確かにノアから、力を受け取っている。……今のお前じゃ、分が悪い』
「ちょっ……おまっ……。……先に言えよそういうの!」
「わっ!」
美月は心の叫びと共に、大剣ごと相手をぶん投げた。女は近くの木にぶつかり、土煙と衝突音が広がる。
『先に言ってたら気がそれて、今の一撃を受けれず死んでた』
「それは……そうだな。それで、説明してくれるのか?」
『当たり前だろ。直前の戦闘で、神の力をふんだんに使ったのを覚えてるよな』
「ああ、それがどう関係してくるんだ?」
『あのとき、お前が神の力を入れられたのがバレたんだ。それで一人勝ちにならないように対策してきた……ってところだろうな。恐らくあいつ以外にも何人か受け取ったやつがいるはずだ』
「ってことは、あいつもあんなことをされたのか……」
美月は自分がネムにされたことを思い出し、顔を青ざめて同情の視線を送る。
『なわけないだろ。ありゃ特殊なケースだ』
「そうなの!?」
「急に独り言めっちゃするじゃん……怖っ」
「ぐっ……」
土煙の奥で呟かれた言葉を拾ってしまい、なにも受けてない美月にダメージが入る。
「ああ、もう無理。……げんかい」
前方で何かが倒れる音。例え土煙で隠れていようと、美月の目にはなにが起きたのか映っていた。
「なんで倒れてんだ?」
『見た感じ、ここ二、三日何も食わずに動きっぱなしだったぽいからな。その上であんなデカい剣振り回したりぶん投げられたりしたんだ、そりゃぶっ倒れる』
「それも先に言えよ!」
『おいおい、あんまり大きな声を出すな。今はそんなことして体力を消耗してる場合じゃない』
「……正論だが、ムカつく!」
『とりあえず、今はあのガキの方に行くのが正解だな』
「人の心とかないのか、お前」
『当然だろ、神にそんなもんあってたまるか』
「その返しはずるいだろ」
『で、結局どうするんだ』
「流石に起きるまで残るよ」
そういって美月はうつぶせに倒れている体を持ち上げ木に寄せる。重すぎる大剣に驚愕しながらも、引きずって近くに運んでいると、獣の鳴き声が後方から聞こえてきた。
「……犬かぁ?」
美月の観測は大きく外れ、草木の中から飛び出してきたのは人の数倍はある、馬と狼が混ざったような生物だった。背後には馬車のようなものがあり、その中からゾロゾロと兵士のような人が出てくる。そしてその内の一人だけ、胸に青い紋の描かれた兵士が大きな声で美月に問いかける。
「我々はアルスメア王国軍の兵士である。その剣は我が国の国宝であるため、返して頂きたい!」
「?」
「隊長、後ろにあの者が……」
「あれは……貴殿は後ろに居る者の仲間か?」
「??」
「? 何故首をかしげる。応答してもらいたいのだが」
「いや……なーに言ってんのか全然わからん」
美月は首をかしげて頭を押さえる。今の美月はシステムから外れたため、美月のわかる言語しか理解できない。故に、肯定も否定も出来ず、不思議そうにするほかないのだ。
「仲間でないなら、後ろの人物は連れて行かせてもらう。お前達、行け」
兵士たちは指示に従い、美月を通り過ぎて倒れている女に近づこうとする。だが、美月も狙いがなんなのか気づいたようで、兵士の前に首を傾げたまま立ちふさがった。
「流石に、気失ってるやつにちょっかい出すのはなしじゃないか?」
「何を言っている。そいつは王子をたぶらかして国宝を盗んだ大罪人だぞ、そんな話が通ると思うか!」
兵士は口調を荒立たせるも、美月に言葉は通じないし、なんかキレてることしか伝わらない。
「もういい、罪人を庇った貴様も罪人だ。女共々ひっ捕らえてやる! 行くぞ!」
「なんだ、やる気なら最初からそう言ってくれ。ま、言葉分かんねーけど」
剣を構えて突っ込んでくる兵士相手に、美月はどこか楽しそうな表情を見せる。
『丁度いい。ここで神気の使い方をマスターしちまえ。こいつら全員、直接攻撃しないで倒すんだ。……出来るか?』
「上等!」
美月は意気揚々と、声を挙げた。




