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異世界バトロワ ー天上の大罪ー  作者: 96tuki
鳳凰の翼
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「それはつまり、ここで毎日昼間まで寝て、美味い飯と美味い酒を食ってまた寝るってのが出来なくなるってことか?」

「フブキ! 起きて!」

 現在時刻は午前10時。真昼間に惰眠を貪っていた男、白川吹雪(しらかわふぶき)は、現在住んでいる村の少女、スイの聞いたことのないくらい焦った声で起こされる。

「こんなクソ暑い日に起こすなよ。……客でも来たのか?」

「のんきにあくびしないでよ! 軍が、ルメニアの軍が来たんだよ!」

 大騒ぎするスイの横で、吹雪は眠そうな目で窓の外を見る。

「おいおい……。人、多すぎだろ」

「あ、眠気さめた?」

「寝起きでこんなもん見たら……そりゃあな。それで、向こうはなんて言ってるんだ?」

「この間送られてきた文書と同じ。安全を保障するから従えってさ。この村はどの国の支配下にも置かれてないし、結構土地も人も多いから、他の国にとられる前に軍を派遣してくるんだよ」

「安全を保障するなら従った方が良くないか?」

「バカ! 保障されるのは安全だけで自由じゃないし、ルメニアが欲しいのは人と土地。だから応じたらすぐ王国に連れてかれて、今まで通りの生活が出来なくなるの。当然国に行けば当然戦争に行かなくちゃいけなくなる」

 吹雪の顔がいつになく真剣なものになる。

「それはつまり、ここで毎日昼間まで寝て、美味い飯と美味い酒を食ってまた寝るってのが出来なくなるってことか?」

「私としてはちゃんとした生活送ってほしいけど、そういうことだね」

「それは困るな……。オーケー、ちょっと出てくる」

「私も……」

「ダメだ。お前は村の外に出るな。そして全員に呼びかけろ。家ん中戻れって」

「……わかった。頑張ってね」

 スイは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに返事をして家を出た。

「ここまで人が来るってのは、多分俺が来たからだろうな~。……応援されたことだし、頑張るか」

 吹雪はタンスを空け、青い服から何かを取り出し服の内側に着ける。そして大きめのジャンパーを着て家から出た。

「おーい。やってるぅ?」

「なんだ貴様は。我々はルメニア騎士団、サクラ小隊。早くこの村の長を呼んでこい」

 騎士は両手を後ろで組んで笑顔で近づいてくる吹雪を睨みつける。

「あー、それおれおれ。ちゃあんと話は聞いてるから安心してよ。隷属の件だろ?」

「隷属とは聞こえの悪い……まあいい。なら答えはわかっているな?」

「もちろん」

 吹雪は満面の笑みでこう答える。

「ヤ・ダ☆」

「……それがどういう意味か分かっているのか? 我々を……」

「分かってるよ、そんじゃそういうことだから、お引き取り下さって問題ないぜ」

 吹雪の態度に腹の立った騎士は、剣を抜いて吹雪に突きつける。しかし、それでも吹雪の表情は余裕のまま変わらない。

「貴様、我々を侮辱してるのか?」

「別に? 侮辱してるのは、交渉の際に顔も見せないで傲慢な態度を取るように教えたお前の上司だよ」

 吹雪のその言葉に、騎士は容赦なく剣を振り下ろした。

「いや、お前が悪いって気づけよ」

 後ろで組んでいた手に持っていた警棒で剣を空中に投げ飛ばし、そのまま警棒を顔面に叩きつける。警棒は砕け散り、プラスチックの破片が甲冑の隙間から顔に刺さった。吹雪は悶絶する騎士を無視して、落ちてきた剣を掴み取る。

「ぐあああああああ!」

「お、結構いいの使ってんじゃん。さっきの言葉訂正な。これ部下全員に持たせてんのはいい上司だわ」

「ぐう……。それは、良かった」

「それでいいのかお前は」

 騎士の忠誠心にドン引きながら、奥の方から近づいてくる気配に意識を向ける。隊列が真ん中で割け、奥から馬に乗った、周りとは全く雰囲気の違う騎士が現れた。

「……日本人とは、驚いたな」

「……俺も驚いたぜ。そういうってことは、アンタもなんだろ?」

 騎士は馬から降りて甲冑を外し、吹雪に頭を下げる。

「ルメニア騎士団、サクラ小隊隊長の杉下桜(すぎしたさくら)です。まさか、こんなところで同郷の者と会えるなんて、思いもしなかったよ」

「じゃあ同郷のよしみだ。とっとと帰ってくれないか?」

「それは出来ない。俺には部下を守る責任があるからな」

「俺はまだここにきて3日くらいしかたってないが、情が沸いてるんだ。引く気はない」

 杉下は頭を下げたまま言葉を続ける。

「どうか、応じてくれないか? その後のことで不満があるのなら、出来るだけ自由に過ごせるように上層部にかけあってみよう。だから……」

 吹雪は話を遮ってふかしながら言う。

「アンタ、そういうキャラじゃないだろ? 礼儀の良い奴は好きだが、それよりも俺は着飾らない奴が好きなんだ」

「なるほど……。俺も面倒ごとは嫌いなんだ。アンタ……」

「白川吹雪、ぜひ覚えて帰ってくれ」

「よし、白川吹雪が勝ったら俺達は帰るしこの任務を放棄する。俺が勝ったら……」

「応じてやるよ、この話もその話もな」

「話が早いと楽でいい!」

「俺も、単純なことが好きなのさ」

 吹雪の言葉と同時に、杉下は長剣で切りかかる。長さ1.2m程の両刃剣を片手で軽々と振るう。風が裂けるような一撃は、大地に大きな亀裂を残し、土煙を起こした。

「……手応えなし!」

「そりゃあ避けたからな」

「なら、次はこれだ! 帝国式剣闘術、混成十刃(カオス・エスパーダ)!」

 杉下は一度距離を取り、左手で剣先を支える、突きのような構えを取った。対する吹雪は、防御の気配がない剣を下した姿勢を取る。

「その体制で大丈夫か?」

「そんなデカい剣受けれるわけないだろ。それに、構えで攻撃の種類は大体わかるからな。どんな攻撃が来るかわかってんだったら……避けた方が楽だ」

 吹雪が話し終わると同時に、杉下は突進をして突きを放つ。剣身が放物線を描きながら突き進むため、目測より着地点が伸びてくる。その後、両手持ちに変え逆袈裟、水平斬り二連、叩きつけ、回転斬り、そのままの勢いで繰り出される四連撃。それと共に金属音が四回響いた。

「これは……驚いたな」

 杉下は冷や汗を垂らし、手の痺れで剣の握りが緩む。

「言った通り、全部避けたぜ」

「そこまでは予想通りだったが、そのあと、一度見せた技ならまだしも、見せる前の技を完全に模倣してくるとは……。俺の想像を遥かに超えた人間らしいな、アンタは」

「大体わかるだろ、そんなん。動作から繋げられる動作は無限にあるわけじゃないからある程度絞れる。あとは剣の向きとか、体制とかから候補を削っていけば完成だ。何も、不思議なことじゃない」

「それを一瞬で行うのは異次元、といっても遜色ない」

「そんなに褒めても……」

 吹雪は杉下の雰囲気が変わったことを察知し、話の途中で距離を取った。

「なんでそんなに離れるんだ? ただ全力を出すだけなのに」

「そりゃあ、今まで感じたことのない気配が、急に滲みだしたらビビッて引くだろ。安全択とっただけだ」

「この力は普通の人間には感知できないはずなんだけどな。まあ、達人の勘ってやつか」

 杉下は痺れる手で剣を力強く握り、上段に構える。すると、杉下の周囲が次第に輝きだし、全身に虹色の光を纏った。

「……手品……じゃあねえよな」

「この世界には、魔法ってのがあるんだ。魔力を感じることが出来れば使うことが出来る。魔法が使えるかどうかは基本才能。レベルアップによる感覚強化で使えるようになるが、普通の人間はそうならない。大体生まれたときに決まる。 この世界じゃ生まれたとき、3つの素質の内、いくつかを振り分けられる。肉体の素質、魔法の素質、スキルの素質。大体は肉体の素質を持って生まれてくるが、まれに魔法やスキル、いくつかの素質を同時に持って生まれてくることもある。この素質はこの世界にきた人間にも振り分けられるんだ」

「……急になんだよ。魔法の素質を得たって言いたいのか?」

「違うな、俺が得たのは肉体の素質。この力は、魔力じゃなくて神力と呼ばれるものだ。魔力と同様、人間も微量に持っていて、大気中にも存在する。勿論、魔力より少ないし、魔力と比べられないほど感知することは難しい。そして、使いこなすことが出来れば、神に近しい力を発揮する。俺はそんな力を、この世界に来た時受け取った」

「へー、神の力、ねえ」

「一対一で使うのは初めてだから、手加減できないぜ」

 そして、虹色に輝く剣身で、先程と同じ構えを取る。その構えからは、死を実感するような圧迫感が醸し出されていた。

「それはもう見たし、見る前からわかってる」

「まあ、見てろって。さっきとは次元が違ってくるからさ」

 そして、同じ構えから、同じ攻撃が繰り出された。

「見えてるぜ……!」

 風が吹いたかのように、杉下の攻撃は通り過ぎる。遅れて走る斬撃と共に、金属音が幾重にも重なって響く。そして、吹雪の持っていた剣が砕け散り、全身に切り傷が顕現した。

「なっ……!?」

 吹雪は、全身に奔る痛みから防御の失敗を悟る。そして同時に、戸惑いが生まれた。

「どうなってんだよ。……今の、完璧に受けたはずだぜ?」

 杉下は剣についた血を払う。

「なるほど、血が出ないのはおかしいと思ったが、傷口を凍らせて事なきを得たか。だが、それじゃあもう受けれないだろ」

 杉下は振り返り、もう一度同じ構えを取る。

「バカの一つ覚えみたいに繰り返しやがって……」

 とはいえ、この行動は実際の所最適だ。わかっていても防げない、不可避の攻撃。わざわざ他の技を見せるまでもないのだ。結局、この技で完結するのだから。

 吹雪は、剣が砕けたことにより、死を更に近くに実感する。武器対素手の場合、剣道三倍段という言葉がある通り、圧倒的な実力差がないと素手側が勝つことはない。先程の攻撃を、立っていられる程度に抑えられたのも剣があったからで、素手では再現することは出来ない。加えて、場所によっては深い傷もあるので、武器を持っていたとしても乗り切るのは難しい。

 どう足掻いても敗北のこの状況で、吹雪の頭はやけになることもなく、諦めることもなく、ただ冷静に分析を続けていた。それは、彼のスキル冷製体制(クールスタイル)の真骨頂でもあった。傷口を凍らしたように、物理的に冷やすだけでなく、熱くなりそうな感情も、熱を失った感情も等しく冷やすことが出来る。そして、その冷静さが、活路を見出す手助けをした。

「こんなときばっか頼るのは癪だが……仕方ねえ、勝つためだ」

 杉下は力強く地面を蹴飛ばして、吹雪に突きを繰り出す。吹雪は構えるわけでもなく、気構えるわけでもなく、ただ力を抜いていた。完全な脱力。全ての感情に蓋をして、全力の攻撃をしてくる相手に、吹雪は背を向ける。

「天元流秘伝……」

「は……!?」

 吹雪の唐突な行動に、杉下の攻撃が一瞬遅れる。そして、理解しようとしたために生まれた一瞬の隙を、吹雪は見逃さなかった。

「残心……!」

手刀と突きが交わり、通り過ぎる。

「約束、守れよ」

 杉下は頭から倒れこんだ。



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