「考えんのはあとでいい」
変形した木によって閉ざされた空間の中で、姫璃は迫ってくる木の壁に向けて手を開く。すると、木の動きは何かとせめぎあうような動きに変わり、程なくして完全に進行を辞めた。
「さて、作戦は概ね成功したが、こっからどうするかだな。美月がいつまでもつかわからないし、俺を直接叩き潰してくるかもしれない。……はあ、隔離された空間を手に入れたのはいいが、時間と作業の量があってねえ。……スピード勝負なんてもんじゃねえが、何とかするしか、道はねえよな」
そして姫璃は今まで隠していた残りのスキルを発動する。『先人に右ならえ』を発動しながら。勿論、美月と裕也の前で言った、「このスキルと他のスキルは併用できない」は真っ赤な嘘である。実際、裕也と接敵した時、記憶を見ながら足止めをしていた。念には念を入れて、裕也に聞こえるようにブラフを言い放ったのだ。というより、スキルを安全に使用できる状態を盤石にする必要があった。姫璃の最後のスキル、『精神剥離』は幽体離脱のようなもので、使用している最中の本体は無防備になるため、安全に使うには相手の意識から外れる必要がある。
姫璃は目をつぶり、少し思案する。どうやったら裕也を救えるのか。ただの人間である自分が別の誰かを救うなど、おこがましいとは思っているが、裕也は自分が原因で堕ちてしまった人間。けじめくらいはつけなければならない。それがたとえ自己満足でも。裕也の復讐心は俺を殺さないとなくなることはないだろう。だからといって殺されるわけにはいかない。記憶を見て理解した。あいつは俺を殺した後も殺戮を続ける。俺を殺すことによって満足して人生の幕を閉じる可能性もあるが、明確に断言できない以上は死ぬわけにはいかない。だからと言って、あいつをボコボコにすればいいのかというとそういうわけでもない。
姫璃は答えの出ない思案を辞め、ため息をついた。
「考えんのはあとでいい。まずはあいつの心に全力で触れる!」
そして姫璃の体は魂が抜けたかのように力なく崩れ落ちた。
「どうした? 随分と動きが消極的だが、さっきまでの威勢はなんだったんだ?」
美月は裕也を睨みつけ、歯を食いしばる。
「当たり前だろ……。あんなん見せられたら、迂闊に近づけねえ」
「あんなの、とは、お前の足元にあるそれのことかな」
「ちっ……!」
美月は『神出鬼没な奇術師』で上空へと移動する。裕也によって作られた圧縮された森は、踏み込もうとすれば足を取られ、動かずとも縛り付けらる、自分以外の物体全てが敵となるフィールド。神力だけに頼っていたらすぐガス欠になってしまう。
美月が空中へ回避した後、足元がすぐに爆発する。爆発は小規模だが、相応の熱が発生する。至近距離で喰らったら最後、ひるんだすきに何発も叩き込まれ死んでしまう。それに、接近すれば爆発を封じられるというわけではない。自分が見込まれようがお構いなしに起爆してくるのが、目的のためには自他をかえりみない君島裕也という男なのだ。
「空中だからって、安全なわけじゃない」
美月の周囲に数個の起爆寸前の爆弾が現れる。
「またかよ!」
この攻撃もかろうじて回避に成功する。だが、美月は失念していた。この狭い空間で、移動先が読まれる可能性について。
「読み通りだ」
移動先には巨大な蔓が絡み合って出来たハンマーと共に、裕也が待ち構えていた。『神出鬼没な奇術師』は瞬間移動をするわけではなく、物体同士を入れ替える能力。裕也はその性質を短時間で見破り、美月が触れた物体を自分の近くに移動させていたのだ。ハンマーは容赦なく美月に襲いかかる。大きな地響きと土煙を巻き起こし、地面をぶち抜く一撃が繰り出された。
「やってみるもんだな。触れた瞬間、衝撃が伝わる前に入れ替える。我ながら素晴らしいアイデアだ」
「まだ形勢は変わってないぞ」
「これから変わる!」
一瞬で懐にもぐりこみ、顔面に拳を直撃させる。裕也はよろめきながら美月との距離を取ろうと画策するが、美月はハンマーと裕也を入れ替えて追撃を叩き込む。
「がはっ!」
「威勢よくきてやったぜ。……効くだろ?」
「なるほど、考えたな。蔓も爆弾も近距離じゃ使うのを躊躇うしな。接近しちまえばそうとでもなると思ったのか。……近づいたくらいじゃなにも変わらないってこと、教えてやるよ」
もう一発叩き込もうとしたとき、やはり複数の爆弾が美月に襲い掛かる。だが、それは美月に当たることはなかった。
「なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろうな。触れたら爆発する、なら爆発する前に入れ替えちまえばいいって」
「野郎……!」
美月の後方で爆発音が鳴り響くと共に、鈍い打撃音が鳴る。
「中々……やるな。でももう時間切れだ」
裕也は顔には計三発、全力の拳が叩き込まれたわけだが、それでも余裕を失わせるに足りなかった。というより今、何かを確信した表情に変わると共に、余裕ができたのだ。
何かが近づいてくるような地響きがなる。
「俺のスキル、『改式』は物体の性質を変えることが出来る。もちろん、生きているものには効果はないが、死んでいれば話は別だ」
「お前、まさか……」
「お前はこのためにいたんだ」
地面を貫いて人影が一つ見える。
「殺されたのは想定外だが、好都合だ。……さあ、終わらせるぞ。千春」