「25歳、中卒無職だ」
「なあアンタ。なんで晴祥の名前を知ってるんだ?」
美月は長髪の男と対峙している小柄な男、姫璃に話しかける。
「そういうスキル。詳しく教えてやりたいところだが、彼がそれを許してくれそうにない」
「おい、そこのガキ。とっととどっか行け。そいつは……」
「なんかよくわかんねーけど、一応晴祥の危機を知らせてもらったし、厄介ごととか見逃せないんだよ。ってことで」
美月は姫璃の横に立ち、交戦の意志を見せる。
「ありがとう、美月君」
「わかった。これで遠慮する必要はないな。どうやらお前は復讐に必要な犠牲らしい」
裕也の足元から鋭利な刃物のように変形した地面が裕也自身を包むかのように伸びる。
「あっちはやる気っぽいが、こっちはまだ準備が終わってない。美月君、彼を撒けるか?」
美月は右腕を掴み、自信満々に答える。
「余裕!」
そして、答えたと同時に裕也を包んでいた地面が美月たちに襲い掛かる。だが、またしても空中で飛散し美月たちには届かなかった。
「時間ならいくらでも稼げ……」
美月は地面の石を思い切り蹴飛ばし、話している最中でも構わず姫璃の腕を掴み『神出鬼没な奇術師』を発動する。
目の前から突然姫璃が消え、裕也は一瞬あっけにとられたあと、逃がしたことによる憤りを周囲にぶつける。周囲の木々や大地は裕也の怒りに呼応したかのように禍々しい形状に変化した。そして、裕也めがけて一つの石が飛んでくる。『神出鬼没な奇術師』によって美月たちと入れ替わった石である。『神出鬼没な奇術師』は元々その物体が持っていたエネルギーを損なわずに位置を入れ替えるため、動いているものなら入れ替わった先でまた動き始める。これは『神出鬼没な奇術師』で入れ替わる際、別の次元を通っているため起こる現象だ。しかし、飛んでこようが所詮は石。禍々しい木々に圧し潰され砂のように細かくなった。細かくなった石は風に乗って裕也の方へと流される。
「どこに逃げようが、見つけ出して殺……っげっほげほっ! ……絶対殺す」
裕也は石の粉を吸い込んでむせた後、さらに怒りを燃やした。
「るし……ってえ?」
『神出鬼没な奇術師』で石の飛んだ先に移動した美月たちは、辺りを見回した後、姫璃は驚いたように声を上げる。
「すごいな、君のスキルは。何が起こったか見当もつかない」
「触ったものをマーキングして、マーキングしたものと俺自身かマーキングしてある別の物の位置を入れ替えるっていうスキルだ。あ、あと俺と入れ替えるときは俺に触ってるやつもまとめて入れ替えられるらしい」
「便利なスキルだな」
「それで、アンタの言った通り一旦引いたけど、これからどうすんだ?」
「っと、そうだった。ゆっくりしてる時間はそんなにないな。俺は大頭姫璃。25歳、中卒無職だ」
「え? ああ、うん……。俺は藍沢美月だ、美月でいいぜ」
突然のカミングアウトに美月は一瞬戸惑い、結局流す。その様子に、姫璃は少し申し訳なさそうにして話を続ける。
「最初に出す話題じゃなかったな。まあ、二次募集落ちたくらいで落ち込むなってことだ。就職できなかったとしても何とかなる」
「なんで知ってんだ……って、そういうスキルって言ってたな」
「俺のスキルは『記憶読解』。目を見た相手の記憶を読み取るスキルだ。そいつが見た景色をそのまま見て、そいつが聞いた音をそのまま聞く。忘れている記憶すら読める。んで、もう一個のスキルは『先人に右ならえ』。俺の動きを相手に強制できる。例えば、こんなふうにな」
そういって姫璃はスキルを発動し右腕を挙げる。すると、それに合わせて美月の右手も挙がった。指を動かしたり、肘を曲げたりしても、その動きが美月にトレースされる。
「うおっ」
「ちなみに『記憶読解』はAランク、『先人に右ならえ』はBランクだ。そして、俺が君の記憶を読んだことを知った上で、一つ聞いてもらいたいことがある」
姫璃は飄々とした態度から一転、神妙な顔つきで正面の美月を見据えた。
「さっき、無職っつったが、実は昨日まで職はあったんだよ。まあ、職って言えるか微妙な奴だけどな」
「それが聞いてもらいたいことか?」
「聞いてもらいたいのはその続きだ。……俺は昨日まで、宗教団体『暁の知らせ』の教祖だった」
美月は『暁の知らせ』という言葉に反応を見せる。そして、二人は顔を見合わせた。一瞬の沈黙も、美月の声によって破られる。
「……なんで教祖じゃなくなったんだ?」
「3日前に潰したから。この世界に来る直前だな、そんときに潰した。そしてこれがあいつに狙われている理由だ」
「それがどうしたよ」
「今ならあいつから逃げられる。十分に距離はあるし、美月のスキルならあいつを撒くくらい普通にできる」
美月は悩む素振りを見せず即答する。
「これはアンタが俺の記憶を見たってのを理解した上での発言だ。俺はあの長髪をぶっ飛ばす。アンタがただ生きたいだけで俺に協力してもらうつもりなら俺のスキルで一緒に逃げればいいし、それをしないってことはあの長髪に思うとこがあったってことだろ。それに、アンタから聞いただけだから真偽はわからんが、俺の親友を傷つけたってだけで敵対する理由としちゃ十分だからな」
「……ありがとう。『記憶読解』で読めるのは記憶だけで心情や性格はわからないとはいえ、心配することの方が失礼だったな」
「よし、それで、こっからどうするよ」
「決まってる。当然、今度はこっちから仕掛けるしかねえ!」