5話
夏休みに入った。うだるような暑さに参りながらも僕は部活に励む。日差しを受けないだけ、まだマシだろうか。いや、体育館は蒸し風呂みたいだ。
休憩の時間、僕は視線を感じて振り返る。
開け放たれた体育館の入り口に佇んでいた彼女は、僕と目が合った途端逃げ出した。
「津多!」
逃げる津多を捉まえた。振り返った彼女は酷い顔をしていた。目元は腫れ、唇は荒れている。
津田は僕を見て、ボロボロと泣き出した。幼い子みたいに泣く津多に事情を聞いて、血の気が引いていく。
僕はすぐに駆けだした。
外の水場で奴を見つけた。
僕は泉を殴った。馬乗りになり、胸ぐらを掴む。
「何すんだよ!」
「どうして古城にまだ酷いことしてんだよ! 古城が、古城がずっと泣いてるって。ずっとご飯も食べてないって」
泉が目を見開いた。苦しそうな表情の後、顔をそむける。
「……俺より、寿々音のことを大事にできる奴が慰めに行けばいい。俺じゃ、ダメだから」
「そんなわけ、そんなわけないだろ」
嗚咽が込み上げそうになる。
もう、吹っ切るべきだ。分かっている。古城には泉が必要なんだ。泉にもきっと古城が必要なんだろう。
「馬鹿野郎! アホ! 間抜け!」
「ちょっ、痛い。髪引っ張んな、頬をつねるな!」
「僕に気を遣うな。お前の幼馴染みは欲しいものを譲られて単純に喜ぶ奴かよ?」
僕は負けず嫌いだ。幼い頃の僕たちは、しょっちゅう喧嘩していた。それは、とても下らない内容だ。中でも好きな菓子を奪い合うときは、本気で勝負した。
だけど、泉の父親がいなくなった後、一度だけ奴がわざと負けようとした。僕はその事を怒った。怒って奴の口に賞品であるチョコマシュマロを突っ込んでやった。
「あのな、僕にまたあの時の屈辱的な気持ちを味あわせるつもり?」
「……」
これでも動かないつもりか。
「泉、この間はごめん。あれ、大嫌いの部分は本心じゃないから。お前はずっと僕の幼馴染みで親友。それは何があっても変わらないし、お前の幸せぐらい祝福してやりたいって思ってる。今は無理だけど、いつかはできるって思ってる。だから、遠慮するな。素直になれ__なあ、彼女が好きなんだろ?」
「……俺」
泉の上からどいて、立たせてやる。
景気づけに背を強く叩いた。
「行け」
僕は泉の後ろ姿を見送った。
追ってきた藤並が僕の肩を慰めるよう叩く。津多は何故か僕の腕に抱きついて泣いている。
「当て馬ごくろーさん」
「うっさい!」
「うぅ、わ、わだじは、あんだの有志、をみどどけ……ひっく……例え、負げ犬だとじ、しても……立派な負げ犬だっだよぉぉ」
「誰が負け犬だ。僕はね、いつか勝ち馬になるんだよ。慰めてくれなくても大丈夫だし」
「……あー、勝成だけに勝ち馬ってこと?」
「解説すんな! 恥ずかしいだろ」
賑やかさが有りがたかった。持つべきものは友って本当だな。
その後も紆余曲折あって、古城と泉は周囲が呆れるほどのバカップルになる。お熱い二人の邪魔をしたり、ひやかしたりしつつも憂さを晴らす内、僕の気持ちにも変化があった。
「そういえば、あいつ、どんな風に古城を口説いたの?」
ある日尋ねれば、古城がはにかんだ。ああ、可愛い。
「それはね、泉くんと私だけの秘密なの。勝成くんでも教えられない」
「えー、まあ、いいや。というか、古城は今日も可愛いな。僕と付き合わない?」
「ふふ、また、そうやって冗談言うんだから。千秋ちゃんが怒っちゃうよ?」
「冗談じゃないよ。こんなに可愛い古城だからね、僕もくらりときちゃうんだ」
「勝、いい度胸だな」
彼氏の目の前で口説くなんてどういうつもりだと、僕に絡んでくる泉を可笑しそうに古城が見つめる。
「あーあ、まぁたはじまったよ、お前らも懲りないね。おーい、津多?」
藤並は呆れつつも津多を呼び、津多はじゃれる僕たちをむくれて引き剥がした。
もし、古城と泉が結婚して、子供が生まれたら教えてあげようと思う。
彼らの馴れ初めを。
僕の初恋は玉砕したわけだけど、それでもあの時の想いは特別だ。
これは、僕の初恋の物語。無様に足掻いて、見事に当て馬になったわけだけど、なかなか良い思い出だよ。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




