フラッシュ・バック・ロックンロール/十三
ユウリとコナツは錦景市駅前の地下街にあるタトラ84というカフェで分厚いハンバーガとポテトのランチセットを食べた。錦景第一ビルの地下一階にあるタトラ84は以前から入ってみたいと思っていたお店で、行きつけのマクドナルドには悪いけれどやっぱりタトラ84のハンバーガの方が断然おいしかった。コナツがハンバーガにかぶりつくのを見るのはいつでも楽しい。
土曜日のお昼過ぎなのもあって地下街の人工密度はいつもよりも濃かった。そのおかげでユウリはコナツと密着して歩くことが出来た。はぐれちゃいけないからしっかりと手は繋いでいた。二人は気の向くままに地下通路脇に並ぶショップに入って何も買わずに出たりを繰り返していた。錦景第二ビルの近くを歩いていたとき、ふと思ってコナツをブレーメンに案内した。「このスタジオであいつらと練習してるんだ」店の外から中を覗いて受付に誰もいなかったのでブレーメンの前を二人はそのまま通過した。コナツは特に音楽スタジオには興味を示さなかった。代わりにブレーメンの傍にあるミリタリィ・ショップに入ってモデルガンを触って喜んでいてそんな無邪気なところもやっぱり可愛かった。その後、喚呼堂と言う大型書店に行って二人で一つの旅行雑誌を立ち読みした。それに影響されてオーストラリアに行きたいって思ってから、ユウリは天体史関連の専門書が並ぶコーナで物色を始めた。コナツはそのコーナの隣にある都市伝説とか超常現象とかUFOとかの背表紙が書棚に並ぶオカルト系のコーナでゲームの中の魔導書みたいな装丁の占星術の本をなにやら真剣に読んでいた。ユウリは天体史岩波講座というシリーズの九巻にG大の武村コウヘイの論文が掲載されているのを見つけた。コウヘイはユウリにとっての天体史の先生みたいなものだから、天体史に関しては彼の思想にほとんど影響を受けている、その論文を真剣に読んだ。その内容はユウリにとっては周知のものだったし、三年前に刊行されたものゆえに最新の彼の研究を知っている身としてはその論文に物足りなさのようなものを感じた。しかし彼の思想遍歴というか、より洗練される前のザラツいた状態の彼の思想が知れて有意義でないことは全くなかった。むしろ彼だって、こんな風に様々に、無謀とも言える引用を行って、足掻いてもがいてそびえ立つと表現するに相応しい体系を造りあげていたんだな、そんなことを思ってユウリはなぜか、嬉しくなっている。そんな気持ちがユウリの顔を優しいものに変えていた。そんな優しい顔のまま、顔をあげると不機嫌そうなコナツの顔がすぐ傍にあった。
「天体史はもうよろしいかしら?」コナツはニコッと笑ってお上品に言う。
「あ、ごめん、」ユウリは本を棚に戻して慌ててコナツの手を握る。「次はどこ行こっか?」
「そうだね、」コナツは少し考える素振りを見せて言った。「あ、ねぇ、アイナの家に行ってみない?」
「なぁに、」ユウリは笑う。アイナの家っていうのは錦景ターゲットビルにあるタワーレコードの倉庫の向かいにある占いの館のことだった。「本に影響された?」
「まさにそうだけど、」コナツは愛らしく口を尖らせている。「占ってもらおうよ、私たちのこと、ユウリが嫌なら別にいいけどさ」
「いいえ、」ユウリは首を大きく横に振った。「行きましょう」
というわけでユウリとコナツは喚呼堂から出て錦景ターゲットビルのアイナの家に向かった。ロックンロールが好きなのでタワーレコードにはよく行くが、アイナの家に行くのは初めてのことだった。占いの館、と言ってもアイナの家の店構えには怪しさは一切なく一見してファンシィなものを取り揃えている雑貨屋さんという印象だった。店先の通路には箒に乗った魔女のシルエットが描かれた可愛らしいキャスタが付いた移動式のユウリの胸元くらいの高さの看板があって、近づくと店内からユーミンのルージュの伝言が響いているのが聞こえた。そしてそれに併せて誰かが陽気に口ずさんでいる。麗らかな女の子のソプラノだった。「浮気な恋を早く諦めない限り家には帰らない~♪ あ、お客さん?」
様々な色合いのパワーストーンが並んだショーケースの向こうに座った女の子はユウリとコナツの接近に反応して顔を上げた。ベタ塗りされたという感じの濃い化粧、ドギツい紅色に塗られた唇、そして古い時代の魔女が被るみたいな尖った帽子からこぼれる鮮やかな紫に染まったロングヘアの組み合わせはまさに占いの館にいるに相応しい出で立ちだった。圧倒的な存在感を放つ彼女にユウリもコナツも圧倒されてしまっていた。この人がアイナの家の、アイナ先生でしょうか。
「……ん、お客さんよね?」彼女は首を傾けて再度確認した。
「あ、は、はい、」コナツが慌てて頷く。「そうです」
ユウリもコナツに合わせて頷く。
「はい、いらっしゃいませ、それじゃあ、こちらへ、どぞぉ」
彼女は立ち上がり手を広げて、意外にも愛嬌のある笑顔を見せて緊張するユウリとコナツを店の奥へ誘った。店内は明るく、壁紙はファンシィ・ショップのラッピング・ペーパという具合だった。オカルティックなポスタも張られていたりするが、特別異様なのは今のところこちらに背中を見せて前を歩く化粧の濃い彼女だけだった。彼女の存在だけが、占いをしに来た二人を異様に緊張させている。店の奥には薄いカーテンで隠されたパーティションで区切られた狭いスペースが三カ所あってその真ん中のカーテンを開けて「それでは、しばらくこちらで、手前の椅子にお座りになって、お待ちくださぁい、」と彼女は高い声を出して言った。「あ、占いは、お二人ともご一緒にでよかったですかぁ?」
「あ、はい」ユウリとコナツは頷いてパーティションで仕切られた中に入り言われたとおり手前に二つ並んだ背もたれのない丸い椅子に座った。狭いのでコナツとユウリの方はくっついている。木製の丸いテーブルが目の前にあり、奥には背もたれの大きい格調高い椅子が置いてある。その後ろに折り目がしっかり付いた白いカーテンがある。
「あと十分ほどでアイナ先生が現れますので」そう言って彼女は二人の背後のカーテンをざっと閉じ、またルージュの伝言を口ずさみながら足音を立てて離れていった。彼女がアイナ先生ではなかった。とすると、アイナ先生とは果たしてどれほど異様な格好をしているのか。妙な緊張感にユウリとコナツは声を出さすに顔を見合わせて笑い合った。隣のスペースではアイナ先生が占いをしているようで話し声が聞こえた。BGMのボリュームが大きくてその内容は聞こえなかった。BGMはルージュの伝言からドリカムの晴れたらいいねに変わっていた。ユウリとコナツはさっきの少女の真似じゃないけどBGMに併せて小さく口ずさみながらアイナ先生のことを待った。「晴れたらいいねー♪」
たっぷり十分以上待たされて、なんだかカラオケに行きたい気分になった頃、何の合図もなくざっと向こう側のカーテンが開いて占い師のアイナ先生が登場した。「アイナの家にようこそ、可愛いお嬢さんたち、私がこの家の主人の占い師のアイナです、」アイナ先生はテーブルの上の紫色の座布団に水晶を置き手のひらを合わせてチャーミングに首を斜めに傾けて言う。「それでは今日は何を占いましょうか?」
アイナ先生の髪は少し紫色がかっていたが、先ほどの少女に比べればずっと普通の出で立ちで、装いも純白のブラウスに黒い細いシルエットのスラックスというカウンセラみたいな清潔な感じだった。肩のところで揺れる二つのおさげが似合う普通の可愛い人。ちゃんとした占い師という印象だ。アイナ先生はそんな感じで普通なんだけどでも、その普通さ加減を簡単に異様というか、異形にしている存在が彼女の左肩にいた。
体長五十センチくらいの白いオウムがじっとユウリのことを見つめているんだ。
小さな丸い眼は透き通っていてプレイヤのディスクを読み取るレンズみたいに光を反射している。
思わずユウリはその存在に見入ってしまう。
日常世界では見られない、特別なオウムだと思う。
オウムは急に「ハロウ、ガール!」としゃべって羽根をばたつかせた。「ハロウ、レイディ! ハロウ、ウィッチ!」
ユウリはわっとびっくりしてコナツに抱きついた。なんだかオウムが無性に怖くて泣きそうだった。
「こら、オウム!」アイナはオウムに向かって怒鳴りつける。「黙りなさい、オウム!」
するとオウムはピタッと静かになった。
「ごめんね、びっくりさせちゃって、こいつおしゃべりなの、おしゃべりオウムなの」
ユウリはオウムを警戒しながら、ほっと小さく息を吐いた。
「名前はなんて言うんですか?」全くオウムに動じてないコナツは、むしろ愉快そうなコナツは聞いた。
「名前はないの、」アイナ先生はオウムの嘴に人差し指を当てて言った。「ずっとオウムって呼んでるから、今さら名前を付ける気もないし」
「へぇ、名前がないなんて、我が輩は猫である、みたいですね、」コナツは愉快そうに言う。「我が輩はオウムである、名前はまだない、みたいな?」
「名前をつけてみろ!」オウムはまた急に騒ぎ出す。「名前をつけてみろ! 名前をつけてみろ!」
さすがにまたびっくりはしなかったけれどユウリはコナツに抱き付いたままだった。
「こら、オウム、丸焼きにして食べちゃうぞ!」
アイナ先生が怖い顔をして怒鳴るとまたピタリとオウムは静かになった。




