フラッシュ・バック・ロックンロール/十四
私は魔法とか幽霊とか占いとか、そういうファンタジックでオカルティックでファナティックなものが好きだったけれどでも、私は多分、そういったものの類を、現実に全うに存在するという風な意味では全く、信じていなかったんだと思う。ファンタジィ小説を楽しむように、そういうものを楽しんでいたわけだ。
軽薄にもね。
だから今、たった今、私は強く衝撃を受けて心を揺さぶられた。
アイナ先生の占いは真実だと思う。
占いと言うよりは、魔法か。
彼女は名前のないおしゃべりオウムを黙らせてから淑女と呼べる表情を私たちに向けて誠実に言葉を発した。「さて、気を取り直して、それではまず初めてのあなたたちに私の占いの方法を教えましょうか、私の方法って言うのはね、まず最初に私は、あなたたちの未来を見ます、私は魔女なので、未来見という魔法を編んであなたたちの未来を見ます、未来を見ると言っても私が見ることの出来る未来のビジョンはとても抽象的で曖昧で適当偶然ランダムで色もなく線もなく奥行きもなく時間もなく、言うなれば写真のネガのようなものです、そのネガは言わばあなたたちの未来において大事な記念写真となり得る一瞬、私はその大事な一瞬を映したネガを出来るだけシンプルな言葉で表現します、その言葉が大事なんです、ビジョンはすぐに私の頭の中から消去されてしまうものなので、だから表した言葉というネガを現像するために例えば占星術という液体に浸してみたりします、そして徐々に色を付けていく、さらに鮮明にしたければその他、古今東西、様々な術を使います、私の占いってそんな感じ、んふふっ、他の占い師とは少し変わっているかもね、」アイナ先生はそこまで淀みなく言って、表情を少し無邪気に変えて歯切れよく聞いた。「さてそろそろあなたたちの未来を見てもいいかしら? それとも普通の、魔法を編まない占いの方がお好み?」
「もちろん、」私はすぐに頷き、隣でおしゃべりオウムをまだ警戒して私のことを抱き締めているユウリの手をぎゅっと握って言った。「二人の未来を見て下さい」
「それでは二人の未来に、」言いながらアイナ先生は目を閉じ、テーブルの上の水晶に両手を翳した。「失礼しちゃうわ」
そこからが凄い演出だった。
どういうトリックか、水晶がとてつもない明るい光を発し始めた。星がパッと弾けたようなそんな激しいが水晶の中で炸裂した。そしてこちらもどういうトリックか、アイナ先生の髪の毛が鮮やかな紫色に発光し始めた。水晶の中の光が髪の毛に反射しているわけじゃなくって確かに髪の毛そのものが光ってる。紫色に煌めく彼女の左右のおさげはまるでオーラ的なものを纏ったようにふわりと浮かび空中を漂った。
本当に魔法を編んでいるようだと私は思った。そう思ったのは、それが何かに似ているからで、その何かってなんだろうって思って考えを巡らすと、私の頭はすぐに答えを見つけ出した。それはイエロー・ベル・キャブズとか、サクラ・モノグラムとか、新田クラクションとか、ウォッシング・マシン・ガールズとかの、魔女を題材としたファンタジィ小説原作のキネマの魔女が魔法を編むシーンだった。そのシーンと、今、私が見ているシーンはほとんど同じだった。だから本当に魔法を編んでいるようだと思ったのだ。紫色の光はそれらの魔女シリーズでは、雷の魔女の色素だった。だからアイナ先生は雷の魔女ということになる。
魔女って、本当に?
おしゃべりオウムは何事もないという風に平然と静かにしている。その時間は二秒間くらいだったかもしれないし、一分くらいだったかもしれない。もしかしたらそれ以上だったかもしれない。とにかく私は時間を忘れて、呼吸も忘れて、眼前の魔女を演出しているアイナ先生をまっすぐに見つめていたんだ。
そして。
「天球儀」
煌めいていた物が途端に収束し通常の風景に戻ってアイナ先生が目を開けてすぐに放った単語が「天球儀」だったから私は思わず「あっ、」と声を上げてしまった。その瞬間にこの人は本当の魔女だと私は思う。実は私は天球儀のことばかり考えていたんだけれど誰もそんなこと知るわけがないし、アイナ先生が天球儀って単語を発する理由は彼女が魔女で魔法を本当に編んだこと以外に考えられないからだ。アイナ先生は本当の魔女なんだ。私はテーブルに手を付き前のめりになって私たちの未来を確かに見たアイナ先生を問いつめる。声のボリュームは押さえられなかった。あの頃の思い出が私の頭の中でフラッシュ・バックしている。「天球儀? 天球儀って言いましたか? どんな未来が見えたんですか? 私たちの未来は?」
「ま、待って、」アイナ先生は手で私を制止する。「ヴィジョンが逃げちゃう、話かけないで」
「どうしたの、コナツ?」ユウリは私の手を引っ張って不思議そうに私の顔を見つめていた。「そんなに興奮して、天球儀が一体どうしたの?」
「ユウリ、あのね」
私がユウリに顔を寄せて天球儀について説明しようとしたタイミングでアイナ先生はペンを手にしてテーブルの上にあったA4サイズの大きめのノートにもの凄い早さで何かを書き、そしてノートを裏返して私とユウリに書いたものを見せた。
英単語の羅列。
私は興奮して、気が動転しているのかもしれなかった、難しい英単語じゃない、知っているはずなのに、その並びを読めない。
しかしユウリがそれらの単語を滑らかに発声してくれた。
その後に続き、アイナ先生が日本語で歯切れよく言った。「メリーゴーランドに揺られながらほろ苦い珈琲の薫りを楽しんでいるって言う感じ?」
一瞬の沈黙の後。
「……何だ、それ?」私は思わず言ってしまった。
「さあ、」アイナ先生は可愛い子ぶるみたいに自転軸の角度で首を傾けて横に振った。「君のせいだよ、君が話しかけるからヴィジョンはすぐに消えてしまったのよ、君が話しかけなかったらもうちょっと見れていたのに、残念ね、残念でした」
「じゃ、じゃあ、もう一回見て下さいよぉ」
「えー、無理よ」
「ど、どうしてですか?」
「ごめんだけど、同じ未来はもう見えないの、天球儀に関するあななたちの未来は多分きっと私にはもう見えない」
「同じ未来は見えないって、」私はちょっとヒステリックになっている。「一体どういうシステムしてんですか?」
「そういうシステムなんです、んふふっ、さて、それではここから色を付けていきましょう」
アイナ先生は愉快そうに笑って、そして水晶をテーブルの上からどかして、ルーレットみたいに数字が円周上に刻まれた平たい円盤を水晶があったところに置いた。円盤の色はこちらも紫で、中心には六芒星が描かれている。アイナ先生は大きさが不揃いでそれぞれ色や模様が違う石を手の中で揺らしてからその円盤の上にばらまいた。アイナ先生は私とユウリに名前と生年月日をノートに書かせて、石が散らばった配置や石に重なった数字を見て、先ほどの抽象的な言葉に、水でたっぷり薄めた絵の具のような淡い色を付け始めた。アイナ先生は二人の反応を伺いながら確かめるように具体性が一切ない抽象的な言葉を話し続けている。ユウリは分からない顔をしている。しかし私は、アイナ先生の具体性が一切ない抽象的な言葉たちに頷き続けていた。
ユウリには分からないと思うけど、私には分かった。
アイナ先生は私ために語ってくれていると思った。
「そろそろ何かが変化する時期なんだよね、君たちは若いから毎日変化する、でもその時期の変化は想像以上のもので、変貌と言う言葉を選びたい、かけがえがない、まさにそのとき、という感じでね、時期は近い」
心がいつの間にか抉られていることが分かる。
変貌。
気づくと私の目には涙が溜まっていた。
それを見てアイナ先生は優しく微笑み言った。「辛い何かを克服するためにはきっと、笑っているばかりではいけないんだと思う、遠慮したり、誤魔化したりしてはいけない、泣いたっていい、そんな気がするわ」
占いの後、私はユウリのことをほとんど引っ張って地下街から地上に出て錦景ロフトに行った。そして一目散にインテリアのコーナへ向かう。大小様々な地球儀が沢山並んだコーナの奥に天球儀のコーナがあった。私は思い出の中の天球儀によく似ている一つを手にしてユウリの胸元に押し付けた。「私はこれをユウリにプレゼントしたかったの」
「……あ、ありがとう、」ユウリは訝しげに私と天球儀を交互に見ながら、無理に笑って言った。「ねぇ、もしかして、コナツ、アイナ先生の占いに影響されたの? だから天球儀なんてプレゼントしてくれたの?」
「違う」
「嘘だぁ、」ユウリはなんでもないことのように笑う。「影響されちゃったんだ」
「だから違うもん」私は片方の頬を膨らませて言った。
でもユウリは私のヒステリックになんて全然気付かない。
私がわざと怒ってるって思ってる。
それがムカつく。
なんて鈍感なの。
莫迦ユウリ。
ああ、早く思い出して。
思い出して!
私は願う。私と同じ思い出があなたにもあるでしょ?
私はあの頃の二人に戻りたいの。
戻りたいの!
しかしでも。
結局ユウリにあの頃の思い出はフラッシュ・バックしなかった。
「ねぇ、どうしてコナツは私に天球儀をプレゼントしてくれたの?」ユウリは彼女のマンションのリビングのステレオの横に天球儀を飾ってそれを指で回しながらとっても愉快そうな顔をして理由を私に聞いた。「やっぱりアイナ先生の占いの影響されたんでしょ?」
「だから違うもん、私はずっと天球儀をユウリにプレゼントしたかったんだから」
「それって、私が天体史学的唯物論者だから?」ユウリは斜めに私を見る。
「そうじゃないよ」
私は回る天球儀に触れて回転を止めてそして指先の蛇を睨みながら心の中でヒステリックに毒づく。
天球儀の役立たず。




