↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/77

第1話 日常。そして違和感

「死ぬかと思った」


 そう思ったのは、ついさっきのことだ。

 振り下ろされた拳を、まともに受けた。

 骨が砕けたと思った。


 その瞬間、本気で死を覚悟した。


 ――だから、仕方なく使った。

 できれば一生使いたくなかった力を。



 その数時間前。


 高校二年生の加山麻衣は、駅前のバスロータリーにある丸いベンチに座り、何度か右目をこすりながらスマホを眺めていた。


 小さくため息を吐き、画面に表示された時刻を確認する。

 待ち合わせ時間まではあと三分。


 グループチャットには、こちらへ向かっている美咲、奈緒、優香の順に通知が並んでいる。


『あと三分』

『あと二分』

『あと一分』


『実況やめろ!』


 そう返した直後だった。


『いた』

『いた』

『いた』


 続けて、美咲からもう一件。


『囲め』


「何でだよ」


 思わず声に出しながら振り返る。

 すると、見慣れた三人組が笑いながらこちらへ歩いてくるのが見えた。


「麻衣、また早いね!」


 先頭を歩いていた美咲が笑顔で声を掛ける。


「遅刻してないだけ褒めて」

「面白くない」


 奈緒が即座に返す。


「理不尽」


 麻衣は肩をすくめた。


 そう言いながら並んだところで、美咲がふと麻衣の顔を覗き込む。


「昨日寝てない?」

「寝たけど」

「嘘」


 即答され、麻衣は思わず眉をひそめた。

 こういうことに関して、美咲はやけに鋭い。


「何で?」

「だって、目の下のクマ」

「……観察眼が怖い」

「あと、さっきも右目こすってたし」

「……してた?」

「うん。してた」

「……よく見てたな」

「麻衣、寝不足の時だけそれやるじゃん。付き合い長いからわかるよ。ちゃんと寝なよ」


 美咲は呆れたように小さく息を吐いた。


 麻衣は視線を逸らした。


「……寝たってば」

「今の間が怪しい」

「何で」

「寝不足でしょ!」

「尋問か!」


 二人のやり取りを見て、奈緒が呆れたようにため息を吐く。


「また朝から始まった」

「いつものことだね。これで普段はクールビューティーなんだから、分からないよね?」


 優香が苦笑しながら続けた。


「うっさい!」


 そんな他愛もないやり取りをしながら、四人は駅前の通りを歩いていく。


 今日の目的地は、新しくオープンした大型博物館で開催されている古代文明特別展だった。

 言い出したのは美咲で、三日前から「絶対面白いから!」と熱弁しており、気付けば全員参加になっていた。

 もっとも、麻衣自身はそこまで興味があったわけではなく、誘われたから来ただけである。


「そういえば昼どうする? 先に食べる?」


 歩きながら美咲が振り返る。


「展示見てからでよくない?」


 優香が首を傾げる。


「絶対混む」


 奈緒は自信満々に言った。


「根拠は?」

「勘」

「信用できない」

「ひどい」


 三人の会話は歩きながらも途切れない。


 駅前の人通りは多く、休日らしい賑わいを見せていた。

 家族連れや買い物客が行き交い、飲食店の前には順番待ちの列もでき始めている。


「どっちでも」


 麻衣が適当に答える。

 すると三人が同時に振り返った。


「それ禁止」


 真っ先に口を開いたのは美咲だった。


「何で?」

「丸投げだから」


 奈緒も呆れたように肩をすくめる。


「責任を放棄するな!」


 優香も笑いながら続けた。


「多数決に参加しろ!」

「面倒」

「出た!」


 結局、先に昼食を取ることになった。

 商業施設のフードコートは予想通り混雑していたが、運良く四人分の席を見つけることができた。


 麻衣は空いている席を見るなり自然と壁際(・・・・)の席へ向かう。


「また端っこ」


 美咲が苦笑する。


「落ち着くから」

「麻衣って、入口とか通路が見える端の席を選ぶよね?」

「……そこまで見てたの?」

「麻衣、昔からそういう席しか選ばないもん」

「……よく見てるな」

「今さら?」


 麻衣は小さく肩をすくめる。


 人の出入りが見える。

 周囲の様子も自然と視界へ入る。


 ――それだけで落ち着く。


 理由を説明するほどのことでもない。

 ただ、昔からそういう場所を選ぶ癖がついていただけだった。


 席に座り、それぞれ注文した料理を食べ始める。


 休日のフードコートは思った以上に賑わっていた。

 周囲から聞こえてくる話し声や食器の触れ合う音が絶えず、空席を探して歩く人の姿も目立つ。


「そういえば進路どうするの?」


 ハンバーガーを頬張りながら、美咲がふと思い出したように聞いた。


「まだ決めてない」


 麻衣はポテトをつまみながら答える。


「もう二年生の夏前だよ?」

「知ってる」

「危機感なくない?」

「人のこと言えるの?」


 麻衣が視線だけで返す。


「私はあるし」

「先週と違うこと言ってる」


 奈緒がすかさず突っ込む。


「細かいことは気にしない」

「細かくない」


 その様子に、優香が苦笑した。


「結局、美咲は何になりたいの?」


 優香がストローをくわえながら問いかける。


「まだ考え中」

「ほら」


 奈緒が即座に返す。


「でも候補はあるから」

「ちなみに何?」


 優香が興味ありげに身を乗り出す。


「水族館の飼育員」

「急だな」


 奈緒が眉をひそめる。


「イルカ可愛いじゃん!」


 美咲は真顔で言い切った。


「理由が小学生」

「夢に年齢制限はありません」


 美咲が胸を張ると、その様子に三人が笑った。


「麻衣って何でもできそうなのに、全然前に出ないよね」


 笑いが落ち着いたところで、美咲がふと思いついたように言う。


「面倒だから」


 麻衣は即答した。


「絶対それだけじゃない」

「それだけ」

「嘘」


 美咲はじっと麻衣を見る。


「何で?」

「勘」

「信用できない!」


 麻衣が間髪入れずに言い返すと、その勢いに優香が吹き出した。


「でも本当だよね」


 優香が笑いをこらえながら続ける。


「なんのこと?」


 麻衣はポテトを口に運びながら聞き返す。


「テストも上位だし、運動もできるし。なのに委員長とか絶対やらない」


 奈緒が指を折りながら言う。


「わざわざ前に出る理由がないから」


 麻衣は答えた。


「文化祭の実行委員も断ってたよね」


 優香が思い出したように言う。


「去年も断ってた」


 奈緒が続ける。


「中学の時も断ってた」


 美咲まで乗ってきた。


「よく覚えてるな」


 麻衣は少しだけ呆れたように言う。


「だって毎回同じだから」


 美咲が肩をすくめた。


「目立つの嫌いなの?」


 優香が少しだけ首を傾げながら聞く。

 麻衣は一瞬だけ考える素振りを見せた。


「嫌いっていうか……面倒」

「結局そこなんだ」


 奈緒が呆れたように言う。


「そういうこと」

「本当かなぁ?!」


 美咲は納得していない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。

 話題はそのまま文化祭へ移り、クラスの出し物や準備の話で盛り上がる。


「ああ、まだ揉めてるよね」


 奈緒がため息混じりに言う。


「何やるかまだ決まってないんだっけ?」


 優香が聞き返す。


「決まってない」

「毎年揉めてるよね」


 美咲が苦笑する。


「去年もギリギリだったし」


 少し間が空く。


「……メイド喫茶でよくない?」


 ぽつりと美咲が言う。


「またそれか」


 奈緒が即座にツッコむ。


「だって絶対盛り上がるじゃん!」

「それ毎年言ってる」


 優香も呆れたように言う。


「いいからメイド喫茶に一票入れてよ!」


 美咲が身を乗り出す。


「そうすれば決まるから!!」

「雑すぎるだろ」


 奈緒が即ツッコミを入れる。


「多数決ってそういうものでしょ!?」

「違うと思う」


 優香が冷静に返す。


「麻衣は?」


 話を振られた麻衣は顔も上げずに答える。


「文化祭?」

「そう」

「メイド喫茶でいいよ。普通に終わればいいし」

「やる気なさすぎる……」


 奈緒が呆れた声を出す。


「ほら! 二票!」


 美咲が即座に食いつく。


「決まりじゃん!」

「いやまだクラス全体の話だろ」

「細かいこと気にしない!」

「一番ダメなやつだ」


 優香がため息をつく。


「麻衣って本当に面倒が口癖だよね」

「実際面倒だし」

「でも頼まれたら結局やるじゃん」


 美咲が少しだけ真面目な声で言う。


 その言葉に麻衣は少しだけ言葉を詰まらせる。


「それは……」

「ほら」


 美咲がにやりと笑う。


「断るの下手だもんね」


 優香が優しくフォローするように言う。


「自覚はある」

「あるんだ!」


 奈緒が驚いたように言うと、また笑いが起きた。



 その後も、もうじき行く修学旅行の話や夏休みの予定、最近見た動画の話など、取り留めのない会話が続く。

 ただ友人同士で集まり、馬鹿な話をしながら食事をしているだけだ。


 ふと麻衣の視線が止まる。

 向かい側では三人が相変わらず騒いでいた。

 美咲は身振り手振りを交えながら何かを熱弁し、奈緒が呆れた顔で突っ込み、優香が苦笑しながらそれを見ている。


 何気ない光景だった。

 けれど、その様子を見ていると胸の奥が少しだけ温かくなる。


 こんな時間は嫌いではない。

 むしろ好きだった。


 何も起こらない。

 友達と笑って、ご飯を食べて、他愛もない話をする。

 そんな当たり前の日常が、麻衣にとってはいちばん大切だった。


「どうした?」


 美咲が不思議そうに麻衣の顔を覗き込む。


「なんでもない」

「またそれ」


 美咲がすぐに言う。


「どこが?」


 麻衣は平然と返す。


「たまに遠く見るやつ」


 美咲はそう言って軽く指を向けた。


「知らない」

「嘘」


 奈緒が苦笑し、優香も小さく笑う。


「美咲、そういうところ本当によく見てるよね」


 優香が感心したように言う。


「幼馴染だからね」


 美咲は少しだけ得意げに言った。


「……気のせいだよ」


 麻衣は肩をすくめ、小さく息を吐く。



 昼食を終えた四人は、そのまま博物館へ向かった。


 館内は想像以上に広く、多くの来館者で賑わっている。

 奈緒は展示解説を読み込み、優香は音声ガイドを借り、美咲は気になった展示へ次々と足を向けていた。

 麻衣は三人の少し後ろを歩きながら、展示を眺めていた。


 ふと、胸の奥がわずかにざわつく。

 ほんの一瞬、首筋を冷たいものが撫でた。


 だが振り返っても、見えるのは展示を楽しむ来館者ばかりだった。


「……気のせいか」


 麻衣は小さく息を吐き、再び三人のあとを追った。



「ねえ麻衣、この壺いくらだと思う?」


 美咲が振り返る。


「五百円」

「国宝だよ!?」

「高っ!!」

「感想そこなの!?」


 周囲の視線が集まる。


「しー。声大きい」


 奈緒が小声で制止する。


「誰のせいだと思ってるの」


 優香が呆れたように言った。


 そんなやり取りをしながら展示を見て回る。

 さらに奥へ進むと、剣や鎧が並ぶ展示コーナーがあった。


「これ、本当に使えたのかな」


 優香がガラスケースの中を覗き込む。


「振りにくいと思う」


 麻衣が何気なく答える。


「分かるの?」


 奈緒が顔を上げた。


「重心が前過ぎる」


 一瞬、三人の動きが止まる。


「重心?」

「……なんとなく」


 麻衣はすぐに言い直す。


「またそれ」


 美咲がじっと見る。


「何が」

「麻衣、なんとなくって言う時ほど、絶対なんとなくじゃない」


 その言葉に、奈緒と優香も麻衣へ視線を向ける。


「何?」

「いや、何で分かるのかなって」

「なんとなくだって」

「前から思ってたけど、麻衣ってたまに変なこと言うよね」

「失礼な!」


 そう言い返した麻衣だったが、歩き出しかけたところでふと足を止めた。


 空気が変わった。

 さっきまで賑やかだった展示室が、急に遠く感じる。


「どうしたの?」


 振り返った美咲が不思議そうに尋ねる。


「……いや、何でもない」


 麻衣は小さく首を振り、三人と一緒に次の展示室へ向かった。


 そして特別展示室へ足を踏み入れた瞬間だった。


 麻衣の足が止まる。

 胸の奥で、何かが軋んだ。


 展示室の中央には、黒い結晶が置かれていた。

 その横の説明文には、『用途不明の鉱石』と書かれていた。

 それを見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 見覚えがあった。

 あり得ない。

 忘れられるはずのないものが、こんな場所にあるはずがない。


 麻衣は黒い結晶を見つめたまま、視線を逸らせなかった。


「どうしたの?」


 美咲が不思議そうに声を掛ける。


「……出よう」


 その声は、自分でも驚くほど硬かった。

 美咲の表情から笑みが消える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。