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第十五話『【序章】~はじめまして~』

 そこは、昼寝をするのにちょうどよさそうな木漏れ日が差している一本の木を除くと何もない場所だった。周囲は延々と続いているかのように感じさせる黄緑色に輝いている平原が一面に広がっており、小鳥がさえずり、辺り一帯は自然で溢れかえっている。これ以上の平和な状況はそうそうないと言えるだろう。ただ一人の少女――雅の奇行さえ除けば。


 程よく日が差し込んでいる木陰のもと、二人の少女が談笑しながら身体を休めていた。そんな彼女らの話の所々で零れ出す微笑みは平原を照らす太陽光よりも輝きを放っており、この世の中心は少女らだとそう断言せざるを得ないくらいで。平原にたった一人、取り残されたかのようにポツンと立っていた明華雅はそう錯覚するくらいだった。


「――大丈夫ですか?」


 すると、突然木陰で休憩していた白髪の方の少女は心配そうにこちらへとゆたゆた駆け寄ってくる。急にこちらを心配するとは何事かと雅は焦った。自分はこの空間に入って早々、何かやらかしてしまったのか――、と。


 そんな戸惑う雅を見て、少女は手を差し伸べる。中々動きを見せない雅を見て、少女は首を傾げ、お互いに不動の状態を維持する。そんな中、白髪の少女と共に休憩していたもう片方の黒髪の少女が白髪の少女のもとに追いつき――、


「――。何してるんだよ」


 少し考える素振りを見せてから、そう言い放った。


「なにって。見れば分かるでしょ? 倒れている人に手を差し伸べているの」


「――え?」


 その声の持ち主は黒髪の少女――、ではない。無論、白髪の少女でもない。その声は他ならない雅自身が意識せず零れた声だった。

 何を隠そう、雅は少女に聞かされるまで自分が地面に両手をついて倒れていることに気付かなかったのだから。


 その反応を聞いた二人の少女は呆気にとられた様子で口をパクパクさせて、雅の目を真っ直ぐ見つめ、両者一歩も引かない状況になる。そしてまたしばらく、妙に長く感じる空白の時間が流れる。そんな何とも言えない雰囲気の中で、白髪の少女が「あのぉ‥‥‥」とおどおどとした雰囲気で話を切り出した。


「もしかして、自分がどんな状態だったか把握してなかったとか‥‥‥?」


「――全くもってその通りです‥‥‥」


「はぁ‥‥‥」


 今度は雅の呆れかえるような返答を聞いた黒髪の少女が大きな溜息をつく。間違いなく、聞こえるつもりでやっているのが確信できる大きさだった。悪態をつく黒髪の少女に対し、白髪の少女は「あぁ」と年相応の反応で頬を膨らませる。


 見た感じだと、黒髪と白髪の少女はどちらも同年代に見えた。これまた、二人ともすごい美少女で髪型は同じなのに、確かな各々の魅力を感じさせる顔付きであった。

 白髪の少女は花のように愛おしく、逆に黒髪の少女はクールな顔付き。二人が組み合わさることで、いいマリアージュになっている。

 例えるなら、白髪の少女がケーキだとすれば、黒髪の少女は煎餅のようなものだ。少し古臭い言い方かもしれないが、とにかく甘い物としょっぱい物の組み合わせのニュアンスだ。


「ちょっと。それはないんじゃない? 流石にその物言いは可哀想でしょ?」


「そうか? 赤の他人なんだから別に‥‥‥な?」


「そうじゃなくて。――かわいそうな人をさらに、かわいそうにするのはとっても、かわいそうだなって」


「あれ? もしかして、フォローになってなかったり?」


「そういうこと」


 白髪の少女は悪びれる様子もなく言い切ると、「ところで」と落ち込んでいる様子を見せる雅に質問を投げかける。


「なんか、この辺で見かけないような頭がおかしい人だけど、どうしたの?」


「頭がおかしいってのは言い方に語弊が生まれそうだから、その言い草はやめて欲しいかな。私の名前は明華雅。旅人だよ」


 旅人というのは無論、設定だが、これが一番都合がいいので、この設定は毎回の任務で重宝している。なんだかんだで後腐れが少なくすることができるのだ。


「そっか。じゃあ、雅さんって呼ばせてもらうね。私の名前は花園彩花。――ねぇ、雅さん。遊ぼう?」


 白髪の少女――もとい、花園彩花は自己紹介を簡潔に済まし、それから、雅の手を取ると、今にも走りだそうな足取りでどこかへ連れていこうとする。すると、今度は黒髪の少女は「――おい!!」と彩花にできる限り声を低くしたドスの利いた声を上げ――、


「勝手に話が進んでるが、俺はこいつと行動は取りたくねぇぞ」


 眉間にしわを寄せる黒髪の少女は雅に指をさし、威嚇する。が、その悪意をぎしぎしと受けている雅の前に彩花が横切り、立ちはだかる。そんな彩花の行動に黒髪の少女は目を一瞬だけ丸くさせた。だが、その反応も一瞬。すぐさま、少女は首を左右に大きく振り、感情を落ち着かせる。そして、元の厳つい視線に早変わりさせ――、


「何だよ。先に言っとくが、お前のお願いは聞くつもりはないからな。そもそも、知らないやつに名前を教えるとか、警戒心が薄すぎるだろ。ちゃんと気をつけろよ」


 確かに初対面、かつ素性も知らない相手に名乗るなど、不用心が過ぎる。自分が言うのもなんだが、桃色の髪色なんて、この時代に存在するはずないのだから、警戒しない方がおかしいだろう。まあ、そもそもの話、桃色の髪色なんて、現代でも珍しいから昔の人が警戒しないなど、よっぽどのことなのだが。


 黒髪の少女の話を受け、彩花は口元に手を当てて、少し考える仕草を取る。


「たしかにそうかもしれないね」


「なら‥‥‥」


「でも、この人はそんなことをする人には見えない」


「――――」


 彩花は片目を軽く閉じ、もう片方の瞳で真っ直ぐ、こちらを覗く。それは雅の心中を覗いているみたいで、こちらの考えなど見透かされているのではないかと感じさせるほどの鋭い視線だった。


「ねぇ、雅さんは何しにここへ来たの? 旅人ってことは村に立ち寄りたいよね? 私なら紹介してあげるよ。――でも、タダでは連れていってあげない」


 髪を人差し指と中指でグルグルと遊びながら話す彩花の言葉に雅は驚きと喜びが入れ混じった感情が溢れ、心の中でガッツポーズを取る。しかし、村に接触する機会が巡ってくるとは思いもよらなかった。

 それは思わぬ収穫と言えるだろう。この終わりが見えなさそうな平原をあてもなく彷徨った挙句、野宿などする羽目になったらたまったものではない。だからこそ、やらかしたのかと思った雅には青天の霹靂だった。

 だだし、タダではいかないということが唯一の気掛かりだった。雅に出来ることならいいが――、


「だから、そこで最初の話に戻ってくるの」


「遊び、だっけ? 何して遊ぶの?」


「それはね。――かくれんぼ、だよ」


「――ん?」


 ――かくれんぼ。それが今しがた発表された条件だった。かくれんぼがどう繋がるというのか、雅には到底、話が見えない。まさか、かくれんぼで遊んで欲しいだけというわけではあるまい。


「聞こえなかった? かくれんぼ。ルールは分かるよね?」


 耳に手を当て、ジェスチャーをする彩花がそう尋ねた。


「おい!! そんなんで、どうするんだよ。それでこいつが信用できるのかが見極められるのか?」


 すると、雅が声を発しようとする同時に、今まで黙って説明を聞き続けていた黒髪の少女がついに口を開いた。確かに、かくれんぼでどう信用するに値するのかを見極めるのかは雅にも気になるところだが――、


「かくれんぼっていっても、ただのかくれんぼじゃないよ。そしたら、ただの遊びだし、つまらないでしょ?」


 そんな焦りを浮かべていた少女をクールに受け流し、彩花は説明する。加えて、彼女は口の前に人差し指を立て、年齢不相応な蠱惑的な笑みを浮かべ、黒髪の少女を黙らせた。その表情に雅は見惚れそうになるが、気合で何とか耐えてみせた。


「だから、場所と時間の制限を設けようかなって」


「だから、それがどう繋がるんだよ!」


「まあ、待ちなよ。そんなにがっついても何も変わらないって。むしろ、手に入れられるものも手に入れられないかもよ?」


 痺れを切らす頻度が徐々に上がってきた黒髪の少女に対し、彩花は落ち着いた口調で彼女を牽制する。それから、黒髪の少女は「うぐっ」と押し込められたかのように黙り込んだ。その様子をしっかりと確認した彩花は「コホン」と咳払いし、


「とにかく、ルール云々の前に一つだけ確認ね。雅さんはこのかくれんぼに参加する意思はある?」


 一人の少女は興味のなさげに空を見上げ、提案者である少女はこちらを再び、鋭い視線で見据える。そして、回答する本人はというと――、


 繊細な糸のような桃色の髪を本物の糸のように丁寧に一ヶ所へ集め、それから、カバンの中に入れてあった一つの黒いシュシュを取り出す。そして、少女は慣れた手つきで整えた。すると、突如として強風が吹き、荒れ狂うように髪が縦横無尽に揺れる。だが、彼女が結んだ髪には何も爪痕が残されない。それはまるで、少女の天真爛漫な様子を代弁するかのようで、これから起こる出来事に対しての意欲と不屈の精神を代わりに示す。それはそれは眩しく、美しいポニーテールだった。


「もちろん、やらせてもらうよ!」


 そう言って、出来る限りの笑顔を彼女へ向ける。それを見た彩花は期待通りの答えを受け取れて、ご満悦なのか、大胆不敵な笑みを浮かべて返事を返す。


「そうこなくちゃね。そこまでやる気なら、もし雅さんが勝ったら、『秘密の場所』にも連れていってあげるよ」


「『秘密の場所』?」


「うん、『秘密の場所』。勝ってからのお楽しみだよ。まぁ、でも。勝てなければ、村にも入ることが出来ないんだけどね。頑張ってね」


 残酷なことを笑顔で告げるのだから、この少女、思った以上に頭が切れる。とはいえ、『秘密の場所』というのは気になった。調査において、得られる情報は多ければ、多いほどいい。貰えるものは貰っとけの精神が大切なのだ。


「――るな」


「――ん?」


「ふざけるなって言ってんだよ!」


 不意に、黒髪の少女は憎悪に支配されたかのように顔を歪めると、首根っこを掴まんと雅のもとへ飛びかかる。雅はただの一般人だ。そう簡単に避ける動作など出来るはずない。そのまま、少女の手が空中から、徐々に伸びてゆき、ついに雅へと触れる、――その時だった。


「待ちなさい」


 彩花の腕が危機一髪で彼女の両腕を捉え、彼女の暴行を抑えたのだった。彼女の腕がどのように伸び、どこを狙うのかを予測する。それは相手のことを完璧に把握していないと出来ない神業だった。


「――ッ!?」


 彼女に止められることを予期していなかったのか、それとも受け身を取ることを考えに入れていなかったのか、どちらかは分からないが、少女はそのまま大きな音を立て、地面に尻餅をついた。が、少女は直ぐに両手を用いて勢い良く立ち上がった。幸いにも、頭から落下することは避けれたみたいで大きな被害はこれといったものも見られなかった。


「ふざけるなよ。何で俺のことを止めた! あそこに連れて行くなんて、あってはならないんだ。だって、あそこは俺たちの――!」


「別に私たちだけのものではないでしょ。そんなに気に入らないなら、実力で何とかして見せたら? もちろん、暴力はなしだけど」


 何やら、『秘密の場所』とやらは、少女にとって大切なものらしい。となれば、黒髪の少女が反対するのは真っ当な考えと言えるだろう。暴力はいただけないが。


「――そこのお前」


 黒髪の少女は顔を歪めたままではあるが、拳を言われた通りに自分の後ろに隠して、こらえる形で雅に問う。そんな少女に雅は殊更に状況を悪化させないように、「うん」とだけ落ち着きながら答える。出来るだけ、逆鱗に触れないように声の高低も僅かに調整した。


「絶対に、だ。絶対にお前に勝つ。――分かったら、さっさと負けろ」


 少女は舌打ちし、中指を立てながらそう言い放ち、完璧な悪態をついた。それを見守っていた彩花は何も口を開かなった。狼藉を働かなければいいということらしい。


「OK。だけど、あなたには悪いけど、こっちにも事情があるんだ。勝たなければいけないの。だから、ごめんなさい」


 そんな、馬鹿正直な答えを少女は受け取ると、少女はますます憤りを深めた。今にも手を出しそうになり、少女の手が痙攣するが、彩花がそれをさせない。彩花は満足そうに笑みを浮かべるだけだ。

 そんな表情の前で少女は毒気を抜かれたのだろう。それは彼女だけではなく、雅までもがこの緊迫した雰囲気を忘れることが出来た。

 そんな彩花の笑顔を世界平和の象徴にしたいなと身勝手にも、そう思ってしまうくらいに。


「じゃあ、行こっか」


 彩花は手で軽い音を立てて、二人の意識を集めると、まだ見ぬどこかへ指を指した。


「行くって、どこに?」


「それはね‥‥‥」


 彩花は両目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をすると、分かりやすく溜めの時間を作り‥‥‥。


「――【澱みの森】だよ」


 溜めの時間の割には見合わない小さく、低い声でそう答えるのだった。


「――さて、どんな面白いことになるのかな」


 白髪の少女は声にならない声で静かに、そう期待を膨らませるのだった。



【序章】完。 


 物語は、次へと移り、新たな物語を紡ぐ。


 そして、桃髪の少女――明華雅はそこで彼女の転機となる挫折を味わうことになるのだった。



【転章】『ターニングポイント』


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