第十四話『おわりのはじまり』
一人の少女が『それ』の操作に集中していた。もう既に何度試行回数を重ねたのかは記憶にない。
ただ、そこにあるのは制限されたものの中でどうにかして成功させようとする意思のみ。そこに、諦めなどといった負の感情などありはしない。
少女はその感情を動力に目的の場所を目指して、レバーを動かしていく。
狙うは頭の付け根――確実に仕留められる部分だ。
少女はレバーを左へと動かす。その指示に従ってアームが付け根を狙い、頭を持ち上げようと動く。そして、アームはそのまま上昇していき、そして――。
「――――」
トンッと軽い音が少し鳴り、その音を聞いた少女はみるみる膝から崩れ落ちていく。それは何を意味するかというと――。
「――なんでよ!!!」
崩れ落ちた少女は先程まで操作していた機体を見る。その機体はピンク色の箱型でその中には景品が入っている。
簡単に言えば、少女――明華雅はクレーンゲームで大敗したのである。景品には可愛らしい茶色のもふもふなクマのぬいぐるみが設置されている。全長三十センチくらいのサイズなこともあり、そこそこの大きさのぬいぐるみに該当していた。そのため、無慈悲にも弱小アームは圧倒的大きさの前に消し飛んだのであった。
「これで何円使ったのか、もう分からないよ‥‥‥」
かれこれ、もう数十分はプレイしている気がする。一プレイ当たり、おおよそ四十秒だと仮定して、次のプレイまでの移行時間も含めると、一回で一分。それを数十分、つまり、数千円を軽く超えているわけで――。
「うわぁぁぁあ!!」
考えたら負けだ。考えたら、その時点で使った金額を忘れることが出来なくなる。ゲーセンでいくら使ったのかは考えてはいけない。ご法度だ。
『――やったね! プライズ、ゲットしました! おめでとう!!』
そんな中、妙にゲームセンター内でよく響くシステム音が雅を追い打ちする。
何の成果も得られなかったのに、周囲の人間がいとも簡単に景品を次々と獲得している様子を見ると非常に落ち込むのは私だけなのだろうか。取れたときに聞こえる音声は心地良いが、追い込まれているときに聞くと‥‥‥。
「くそっ! もう一回だ! 今度こそは!!」
――と、こんな風に駆り立てさせるのだ。そして次こそは、次こそは、となり、抜け出すことが困難になっていき、最終的にお金を投入するだけの装置へと成り代わるのだ。
次こそは決めると再び決意した雅は百円を取り出そうと、カバンの中を漁る。すると、バッグから微かな振動を感じた。
『‥‥‥プルルルルル』
「はい、雅です」
急いでゲームセンターの外に移動しながら、雅は応答する。すると、耳元に当てているトランシーバーのようなものから返答が返ってくる。男の声だ。ただし、あまり聞き心地は良い声質ではない。返ってくる声はおっさんのマシンガンボイスだからだ。
『誰の声がマシンガンボイスだって?』
「すみません、ショットガンレベルでしたね!」
この軽口を交わすのはいつものお決まりのようになっていて、通話の相手――本名は覚えてないので『ボス』と呼んでいるが、その度に聞こえるくらいの大きさで溜息をついてくる。耳元で囁かないで欲しい。
『まぁいい。――新しい任務だ』
――任務。それは雅が所属する『MCT』の業務のことを指す。雅の所属する『MCT』は亡くなった人たちの未練が作り出した存在――『記憶の巣窟』にいる空間を作った人を助けて、空間を消滅させるという仕事をする人たちの集まりという感じだ。
『場所は『双鈴の花園』だ。お前も名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?』
どうやら今回の任務は『双鈴の花園』らしい。雅は普段、花に触れる機会はあまりないのだが、それでも知っているくらいには有名な場所だ。それは何故かというと――、
『『双鈴の花園』は世界中から研究家が集まる御用達の場所だからな』
これは聞いた話だが、『双鈴の花園』にはこの世の全てを魅了するとまで言われる伝説の花があるという噂があるらしい。その花はここにしか生息していないらしく、その上、未だに発見されていないので噂止まりになっている。それでも、毎日のように世界中から研究家が集まるのは一番最初に見つけたことによる名誉の獲得、または研究の独占が目的なんだとか。
名誉やら独占などやめて協力し合えばいいのに、とか思うのは私だけだろうか。それとも――、
「研究家ってのは探求意欲の塊みたいなもんだ。それを止めるってのも難しいんだよ。その証拠に今、『記憶の巣窟』の発生のために足止めさせてる状況のせいであちらさんはお怒りだ。まあ、せっかく国外から飛んできた上に、限られた少ない時間がさらに少なくなったらそりゃ、腹立つわな。‥‥‥ってなわけで早急に『記憶の巣窟』の破壊を要請する。じゃあな」
勝手に切られてしまった。とはいえ、長話されるのもウザいのでこれでよかったのかもしれない。それにしても、妙に研究家に詳しそうな口ぶりだった。もしかしたら、彼は研究家志望だったのかもしれない。
まあ、絶対に研究家のような雰囲気とはかけ離れているので有り得ないとは思うが。
通話が終わり、雅は再びバッグへとしまうと、少しの間だけクレーンゲームの方を一瞥し、名残惜しい気持ちを捨て、任務へと頭を切り替える。
そして、明華雅は必ずクレーンゲームのリベンジをすると心に誓い、それからゆっくりと目的地を目指して歩み出すのだった。
無期無制限交通パスを使い、雅は交通機関を多用し、目的地を目指していく。
その束の間の自由時間に雅はクレーンゲームの景品について思い出した。あの大きいぬいぐるみは取ることこそはかなわなかったが、景品自体なら少しは獲得することができた。というのも、元々、ぬいぐるみを狙いに来たわけではなく、たまたま時間が余っていたので近場のゲームセンターによって遊んでいたところ、ぬいぐるみに出会ったのだった。
「‥‥‥っと」
ガラガラなローカル電車だったので自分の席の隣に置いていた袋の中を雅はゴソゴソと漁る。
雅のバッグはあまり物が入る大きさではなかったので、クレーンゲームの脇にある無料のゲームセンターのロゴがついているビニール袋をもらってきた。景品はほとんど小さなものでその上、少ししか入っていないので無駄に大きい袋を持ってきた雅は少し後悔と申し訳ない気持ちになった。
「うーん、今考えても最初はいい感じだったんだけどな‥‥‥」
袋の中にはチョコレートが三つ、手のひらサイズの小さなぬいぐるみが一つ。そして、クレーンゲームとは別にコンビニで買ったお茶が入っている。これら五つの合計でワンコインにも満たない。雅の中でもかなりの名プレイだったと思う。
「まあ、だからこそ、ここで調子に乗って痛い目を見たわけだけども」
クレーンゲームで偶然上手くできて、その後に調子に乗らない人などいるのだろうか。もし、いるのであれば、是非ともそのコツを教えて欲しい。月の出費もかなり減らせることだろう。その上、きっと任務にも活かすことが出来るだろう。それもいいが、まずは――。
『クレーンゲーム ぬいぐるみ コツ』
この自由な時間の内にクレーンゲームのコツを学んでおいておくべきだろう。
しかしながら、彼女が再びゲームセンターに行く機会は当分来る機会がなくなるとはこの時の彼女は思いもしなかったのだった。
「――思ったよりも絶景じゃない」
ようやく、最寄りの駅で降りた雅が最初に思ったのはそんなことだった。勘違いしないで欲しいが、この『じゃない』は否定の意味ではない。
最寄りの駅を降りると、そこには見渡す限り、終わりが見えないくらいの大きな青い湖があった。よもや、地平線が見えるのではないかと思うくらいだ。
それに、青といっても、『藍』の方が正しいかもしれない。吸い込まれるくらいの藍が目の前に広がっている。
それは宝石のようにも見えなくないかもしれない。雅の知る宝石の中ではタンザナイトという宝石に似ている。
雅の稚拙な表現力で表すのであれば、それは文字通りの宝石風呂だった。無論、温泉ではないので浸かるのはおすすめはしない。
「ほうほう。近くで見ると、ますます美しいなぁ」
雅は綺麗な物が好きである。宝石を始めとして、風景、アクセサリーなどなど、多種多様なところまでだ。要するに雅は美しければ、大体の物は好みだった。よって――、
「――。ん? こんなところに立て札がある」
こんな風に興味を示すのだった。そして、雅は好みの物は詳しく調べるタイプの人間だった。
そして、雅は頭を立て札と同じに合わせると一時的に任務のことを頭から外して読み始めるのだった。
『誘念の湖』
『それは今から数百年前のこと。その時代には一つの村が存在していた。とはいえ、ひとえに村といっても、周囲には他の村がなく、孤立した村だった。そんな村に二人の幼い少女がいた。少女たちはとても仲が良く、毎日のように二人で遊び回っていた。だがとある日のことだ。片方の少女が大切な物をこの湖に落としてしまった。しかし、彼女は金槌であったため泳ぐことが出来なかった。すると、片方の少女がその少女の代わりに取りに行った。結果、無事に拾うことが出来た少女は落とした少女に返すことが出来た。その少女は大層喜んだとさ。しかし、その話はここで終わらなかった。次の日の朝、寝ていた落とし物をした少女は村が騒がしいことに気がついて目を覚ました。目を覚ますと、そこには村中の大人が集まり、話をしていた。少女は不思議に思い、一人の大人に尋ねると、大人は湖に入った少女の身体に鱗が生えていたこと、不気味に思ったので村全体で湖へ追放しにいったことを話した。そのことを聞いた少女は急いで湖へと向かった。少女は金槌だったことも忘れ、少女を探しに湖へと飛び込もうとした。しかし、そこを通りかかった大人が少女が湖へと飛び込もうとする様子を見かけた。大人は必死になって少女を止めようとする。だが、少女も易々と引き下がることはできなかった。自分のことで死んでしまったとなっては笑えないと思ったのだ。大人はその必死な様子を見て、湖の呪いだと思い、少女を湖の中へと放り込んだ。そして大人は村へと急ぎ、呪いのことを村に報告し、これ以降、湖に近寄らないことを村全体で決定した。そして、鱗が生えた少女が湖へと誘導させていると思った村人たちはこの湖を『誘念の湖』と名付けたのだった』
‥‥‥意味が分からない。怖い、逃げたいなど不安な感情などない。そこにあるのは村人たちへの不信感のみだ。何故、事情も聞かずに一方的に少女を二人も殺したのか。それが軽々と許されていいわけがない。
「――もし、ここに空間があれば、私は助けることが出来るのかな」
雅にとって、この話は心の奥底にまで響いた。誰がどう言おうと、この少女たちだけは救いたい。この場所に空間ができたのなら、必ず救いに行こうと雅は決意した。だから、今は――、
「それまで待っててね。――私が必ず助け出して見せるから」
そう言い、両手を合わせて雅は二人の少女の冥福を祈るのだった。
「‥‥‥ここか」
白い霧に包まれた空間、その中心には七色に薄く光っている円状の空間がある。それが、『記憶の巣窟』だ。
雅は目を閉じ、手と手を合わせ追悼の意を込め、強く想った。この行動はやりたいからやる、自己満足に過ぎないが、礼儀のようなものとして雅は思っている。
それから、数秒が経過すると、空間が白色に光り輝き、空間が徐々に空間の持ち主の時間の景色に反映されていく。そして、雅は同時に空間の持ち主の感情を反映した感覚を味わう。この空間に入る前には持ち主によって変わる感覚を味わうのだが、例えば、味覚、触覚などだ。甘い、苦い、痛い、苦しいなど、あるが、大抵は痛いものが多い。ほとんどの人は苦しんでいるから、この空間を作るのだから。
この空間の持ち主はというと――、
レモンのような酸っぱさ、そして、苦く、強炭酸のような痛みを感じた。だが、痛くはない。雅はどんなに痛くても、耐えられる。それは持ち主のせいではないから。必ず何かしらの要因があると信じているから。
だから――。
――意識が覚醒する。




