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破滅フラグ回避しまくったら、冷徹チートで無双してました!  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第48話 思想が剣になる夜

 天窓から落ちる白銀の光が、二つの影を細長く引き伸ばす。

 遠く王城の奥では祝宴が続いている。


 酒杯を打ち鳴らす音。

 貴族たちの笑い声。

 楽団が奏でる華やかな旋律。

 そのすべてが、今だけは別世界の出来事だった。


 この訓練場だけが、世界から切り離されたような静寂に包まれている。


 半円状の観覧席は無人。

 昼の喧騒はとうに消え、石壁に触れる夜風だけが、かすかな擦過音を立てていた。

 その静寂を、ぶった斬ったのは……。


「……嫉妬ではない。勇者の正当な危機管理だ」


 ――勇者アレン・ヴァルデンは、聖剣ルミナスを抜く姿まで堂々としていた。


 銀白の刀身が月光を弾き、夜闇へ一本の光線を描く。

 黒髪が風に揺れる。

 深い蒼の瞳は迷いなくルシアンだけを射抜いていた。

 その姿は誰が見ても勇者だった。

 英雄譚の挿絵にそのまま載せても違和感のない完成度である。


 絵には、なる。

 なるのだが。


(……前世のアニメ『聖剣のアレン』では、こんな理由で抜かなかったはずだが)

 ルシアン=ヴァルグレイは静かに細剣を抜き放つ。


 鞘から零れた銀閃が、月明かりを受けて静かに煌めいた。


(もっとこう……魔王復活とか、世界滅亡とか、宿命の対決とか。勇者らしい理由があったはずだ)


 『勇者ポジションの危機管理』

 

 その単語だけが、頭の中で何度も反響していた。


(……理解できない)


 月光は公平だった。

 勇者にも公爵にも、同じだけ降り注ぐ。


(本当に女性陣の立ち位置が理由で決闘を申し込んできたのか)


 静寂が張り詰める。

 ルシアンの脳内は、わりと騒がしかった。


(いや、待て。

 これは高度な比喩だ。 

 勇者とは希望の中心。

 聖女とは救済の象徴。

 その配置が崩れれば民衆心理にも影響する。

 ……そういう政治的な話だ。

 左右の布陣が崩れると士気が落ちる、という意味に違いない)


 アレンが構える。

 聖剣が低く唸り、微細な光粒が刃の縁を走る。


(……違う、本気だな。

 もしかして前世のアニメの影響を受けているのか?)


 前世のアニメ『聖剣のアレン』


 勇者アレンの周囲には、常に女性たちが集まっていた。


 セリーヌ王女。

 幼馴染のリリィ・セントローズ。

 准将エレナ・フォン・ローゼン、

 帝国のスパイであるミレイユ・クロウ



 思い返せば、勇者の左右はいつも華やかだった。

 そこで、ふと一つの事実が脳裏をよぎる。


 エレナまで、勇者側だったな。


 ルシアンは視線をアレンへ向けたまま、表情一つ変えない。

 だが頭の中だけは静かに整理を始める。


(我がヴァルグレイ家の直属、 軍の准将。  

 参謀としても剣士としても一級。    

 忠誠も能力も申し分ない人材だ)


 そこまで考えて、眉一つ動かさず結論に至る。


(……なんか、ムカついてきたな)


 ほんの僅か。

 僅かだけ、細剣を握る指へ力が入った。

 

(セリーヌ王女は王家の人間だ。

 エリアスは聖女だ。

 だから仕方ないとして

 ……エレナまで手を出しやがって)


 本人にそのつもりがあるのかは知らない。

 だが、前世の物語では彼女もまた勇者一行の中心人物だった。

 

 気が付けば勇者の隣。

 何かにつけて「勇者様」と呼びながら自然と距離を詰めてくる。


(……よく考えたら、あいつの周囲、女性しかいないな)

 

 自覚して口説いている男より、何も考えず人を惹きつける人間の方が始末が悪い。


 ルシアンは心の中だけで、小さく息を吐いた。


 その瞬間、石床が爆ぜた。


「なに一人で納得した顔してるんだ!」


 アレンが踏み込んでいた。

 踏み込みと同時に石床が砕け、爆ぜた破片が月光を浴びて宙へ舞う。

 勇者の身体能力と聖剣ルミナスが完全に噛み合った、神速の踏み込み。

 目で追うことはおろか、気配を捉えることすら困難な領域。


 ルシアンは相変わらず無表情のまま細剣を静かに構えた。


(……なんだろうな。本気で斬り伏せたくなってきた)


 その感情を表へ出すことはない。

 しかし、細剣の切っ先だけは、先ほどよりわずかに鋭くアレンへ向けられていた。



《聖閃十・ルミナスノヴァ》

 

 聖剣ルミナスが吼えた。


 一閃。二閃。三閃。


 十連撃。

 聖剣が振るわれるたび、圧縮された刃圧が純白の光波となって射出される。


 十撃は独立した斬撃ではない。

 一撃ごとに物理斬撃と聖属性魔力が二重螺旋のように絡み合い、互いを増幅しながら次の一撃へ繋がっていく。

 十本目に至る頃には、その威力は初撃とは比較にならない。


 十の閃光は互いを引き寄せ合い、巨大な光の十字架を形作る。


 夜は一瞬にして昼よりも明るく染まり上がった。


 観覧席、壁面、天井、石柱。

 すべてへ白銀の光が反射し、訓練場全体が巨大な聖堂へ変貌したかのようだった。


 押し寄せる聖なる魔力。

 肌を刺すほど濃密な圧力。

 直撃すれば、竜種であろうと魔王軍最高幹部であろうと無傷では済まない。


 閃光の中心で。


「――虚式流。《一閃・予断》」

 戦場とは思えないほど穏やかな響き。

 その一言で未来が変わる。


 ルシアンは一歩だけ動いた。

 彼が踏み込んだ先は、『今』ではなく『攻撃が到達する未来』。


 虚式流。《一閃・予断》

 未来観測剣術。


 敵の癖。筋肉の収縮。重心移動。

 魔力の流れ。

 視線。

 呼吸。

 心拍。……等。


 その全てを一瞬で演算し、『どこへ斬撃が来るか』ではなく、『自分がどこへ立てば斬撃を迎え撃てるか』という未来を先に確定させる。


 ルシアンの細剣は、何もない空間へ静かに差し出された。


 最後の一閃だけが。

 まるで運命そのものに導かれるように、細剣の切っ先へ一直線に吸い寄せられた。


 ギィィィィィンッ!!


 九本の光刃がルシアンの身体を掠めることなく空を裂く。


 そして最後の一撃だけが。

 まるで自ら吸い寄せられるように、細剣の切っ先へ衝突した。


 轟音。

 蒼光と銀閃が真正面から激突する。


 衝突点から白銀の衝撃波が放射状に広がり、石床に無数の亀裂を刻む。


 アレンの腕に重い反動が返る。


「っ!?」


 押し切れない。

 必殺を確信して放った十連撃。


 その最後の一閃が、たった一本の細剣によって止められている。


 月光の下。

 瞳だけが、静かに勇者を見据えていた。



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