7-β 青い鳥を探して(3/3)
「でしょう? 二年生の時に同じクラスになって、あんたたちに声をかけられて、友だちになって……それまでのあたしは友だちの一人もいなかったから、自分ではけっこう驚いてた」
千代ちゃんとは二年生のときからのつき合いだ。とはいえ、それは憂ちゃんが声をかけたのがきっかけだったように思う。そもそも、一年生のときに私が憂ちゃんと友だちになったのも、同じような感じだった。
「それは憂ちゃんのおかげじゃないかな。憂ちゃんって、誰にでも話しかけてる気がするし」
私の言葉に、千代ちゃんは大きく首を横に振った。
「違う違う。あの子、あれでつき合う相手は選んでるよ。何かのときに、陰口を言うような子は嫌い、とか言ってたし。それくらいなら、面と向かってはっきり言ってくれた方がいいんだって。たぶん、あたしと憂だけだったら、うまくいかなかったと思う。あたしたちの間に、ぼんやりとした理子がいたから、三人でうまくいってたんだよ」
ぼんやりとした、という表現は腑に落ちないが、確かに憂ちゃんと千代ちゃんでは真逆という感じはする。性格ではなく、興味の方向性が。
「ともかく、あんたたちがいなかったら、あたしはきっと、今でもひとりでいたと思う。ひとりでいるのは、別に苦ではないし」
彼女がそう言うからには、それは強がりなんかではなく本当にそうなのだろう。私だったらたぶん、ひとりでいるなんて不安で仕方がないと思うのだけれど。
「それでね。進路を決めたとき、遠くの町に行ったら、あたしはきっと、ふたりとも会わなくなるんだろうなって思ったの。それでも、あたしはきっと平気なんだろうなって」
私がその言葉に何も言えずにいると、その沈黙をどう思ったのか、千代ちゃんは少しだけ苦笑した。
「それはあたしの本音。でもね、それを否定したい自分もいるの」
「否定したい自分?」
問い返した私に、彼女はうなずいた。
「そう。あたしってひとつのものごとに集中すると、周りのことが見えなくなっちゃうから。それで周りがついていけなくなるのは、小さな頃からよくあることで。でもね、ふたりはそんなあたしに、何だかんだ言ってつき合ってくれた。ふたりと会えないことが平気だったとしても、それはあたしが、ふたりのことを嫌っているってわけじゃなくて。むしろ、あたしみたいな薄情なやつに得難い友人ができたと、ありがたく思ってる。だからこそ、それを忘れてしまうことを惜しいと思っている自分もいるの」
そんな風に言われるとは思わなかったので、私は少し驚いていた。珍しく照れているらしい千代ちゃんに、何かを言わないといけない気がして焦るのだが、なかなか言葉が見つからない。
そうしているうちにも、彼女は小さくため息をついた。
「あたしって、矛盾してるのよね。祭りの神事が見たいって言い出したのも、そう。予言なんて信じてないのに、あのとき心のどこかで、あたしの未来に何かしらの啓示があるんじゃないかって、少しだけ期待してた。ねえ、理子。あのとき、あんたには何が見えたの」
私は思わず目を見開いた。しかし、まさか千代ちゃんが、私の正体がテンコウさまで――なんて突拍子もない話を知っているはずはないだろう。
「えっと……何のこと?」
そんな風にとぼけると、彼女はあっさりとこう返す。
「だって、あのときおかしなこと言ってたじゃない」
そういえば、そうだったような。思えば、あのときに聞いた声も、おそらくは私の内から発せられていた声だったのだろう。しかし――
「確か、変な幻も見た、ような……雨の中、女の子がひとり、神社で泣いていて」
あのとき見たものは何だったのだろう。あれも未来を予知したということなのだろうか。それとも過去の記憶か。崖から落ちて、私が私になったときの――
千代ちゃんは私の言葉を聞いて、興味深そうに考え込んでいる。
「そういうのって、未来そのものが見えるのかな。それとも、抽象的なものなのか――確か、神事のときに寄坐が見るのは、先の一年に起こるだろう災厄、だっけ」
真面目に思案しているらしい千代ちゃんに、私の心中は複雑だった。彼女なら、鳩村が言っていたような突拍子もない話をしたとしても、信じてくれたりするのだろうか。
そんなことを考えていると、千代ちゃんはふと真剣な表情になってこう言った。
「泣いている女の子、か……ねえ、理子。あんた、何か悩んでることがあるんじゃない? 近頃のあんたを見てると、どうも心配になるんだけど」
思わず、え、と呟いた私を、彼女はじっと見つめ返してくる。
私が人に言えない悩みを抱えていること、千代ちゃんにはわかっていたのだろうか。とはいえ、さすがにそこまで突飛なことだろうとは、思われていないだろうけれども。
笑ってごまかすのも違う気がして、私は彼女の目を真っ直ぐに見返した。とはいえまさか、私は実は私ではなくて――なんて話をするわけにもいかない。
申し訳ないと思いつつも、私は心配してくれたことに対して、ありがとうとだけ返した。千代ちゃんはそれ以上追究しようとはせずに、ただ寂しそうに笑っている。
「話が逸れちゃったけど……ともかく、あたしは考えたの。薄情なあたしが、どうすればふたりのことを忘れないか。それでね」
千代ちゃんはそう言いながら、持っていた紙袋から何かを取り出すと、それをテーブルの上に置いた。現れたのは小さな機械。木製の平たい箱に、いくつかつまみのような部品がついている。
「今日はこれを押しつけに来たのよ」
押しつけに来た? どういうことだろう。
けげんな顔をしていると、千代ちゃんは唐突にこうたずねた。
「あたし、ラジオを聴くのが趣味なのよね。今どき変わってると思う?」
「ううん。なんか、ひらっちょっぽい」
「そう来たか」
私の答えに、彼女は笑っている。
「ともかく、あたしには大事にしてた古いラジオがあってね。ずっとそれを使ってたんだけど、両親が気を利かせて新しいのを買ってきたの。たぶん新生活への激励みたいなものだと思う。せっかくだから新しい方を使い始めたんだけど、古い方にも愛着があって。だから、そっちは憂に押しつけてきた。使い古しのラジオなんてもらっても嬉しくないだろうし、受け取ったときは複雑そうな顔してたけど」
千代ちゃんはそう言いながら、テーブルの上に置かれた機械を私の方へと差し出した。
「それで、理子にはこれ。鉱石ラジオ。あたしが初めて作ったラジオなの」
そう言って手元の機械を撫でながら、千代ちゃんは、ふふふ、と低い声で笑っている。彼女のこんな顔は初めて見た。その鉱石ラジオとやらに、よほどの思い入れがあるのだろう。
「今日はこれを渡そうと思って持って来たの。受け取ってくれるでしょ」
そう言って、彼女はそのラジオを本当に押しつけてきた。しかし、私は手を出していいものかどうかを迷う。素直をに受け取ってもいいのだろうか。
そんな反応などおかまいなしに、ラジオはぐいぐいと押されて私のすぐ側までやって来た。
「初めて作ったって……大事なものなんじゃないの? そんなの受け取れないよ」
私がラジオを押し返そうとすると、千代ちゃんも負けずに押し返してくる。
「だから押しつけるって言ってるじゃない。大事なものだから渡すの。惜しいと思えるものを渡さなきゃ意味がないんだから。これから先、あたしはあんたたちに会うたびに、ラジオが無事かどうかたずねるんだからね。だから、ちゃんと覚えておきなさいよ」
私は彼女の強引な言い分に驚き呆れていた。そうしているうちにも、千代ちゃんは持っていた紙袋と共に、ラジオを私の傍らへと押し出してしまう。その勢いに気圧されて、私は思わず、ありがとう、と言ってしまっていた。
千代ちゃんはコーヒーを飲みながら満足そうな笑みを浮かべている。
受け取ったラジオをながめながら、私は千代ちゃんの話を思い返していた。
私が私を探しているように、私以外の人たちも、実は私というものを探しているのかもしれない。そうして、不確かで常に揺らいでいるからこそ、誰かに認めてもらいたいものなのだろう。そんなことを、ふと思った。
憂ちゃんと千代ちゃん。ふたりとの会話を思い出しながら、穏やかな音楽が流れるその場所で、私はそんなことを考えていた。




