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樹上の蜥蜴座(ラケルタ)  作者: 速水涙子


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19/30

7-β 青い鳥を探して(1/3)

 夏休みの間中、私はいろいろなボランティアに参加した。町のイベントだったり、畑の手伝いだったり、何かの調査だったり。大抵は憂ちゃんからの誘いだったけれど、彼女の活動の幅は思っていた以上に広くて、私は本当にさまざまなことを経験した。


 この日に訪れていたのは町外れにある児童養護施設だ。そこで行われるバザーの手伝いをしていた。


 憂ちゃんは別の場所で忙しくしているらしく、今はこの場にはいない。その代わり、傍らにはゴミ拾いのときに知り合った女性――アトリさんがいた。


「理子ちゃんも、ボランティア続いてるんだね。感心感心」


 そういうアトリさんも、ボランティアに参加する度によく姿を見かけていた。趣味である人間観察に余念がないのか、いつ見ても参加者の中では一番力が入っていない感じがする。それでいてトラブルにならないどころか、むしろ小さなトラブルを収めてしまうこともあるから不思議だ。


「理子ちゃんはさあ、将来の夢ってあるの」


 何気ない会話の中で、アトリさんがふいにそうたずねた。突然の話題に私が言葉を詰まらせると、アトリさんは笑って、こうつけ加える。


「ごめんごめん。これはただの興味だから。言うのが嫌なら、無視してくれていいよ」


 これも人間観察の一環ということだろうか。しかし、それほど嫌な感じはしない。とはいえ、今の私にはその問いに気の利いた返答ができるはずもないのだが。


 そもそもの話。私はいまだに自分というものが何なのか、ということについての答えが得られずにいた。


 鳩村とはあれ以来会っていないし、連絡をとってもいない。彼が言っていた応声虫についても一応調べてはみたのだが、その記録については、おそらく回虫などに寄生されたときの症状を指しているのだろう、と書かれていた。体内から言葉を発する虫などいないらしい。彼は私の中に、いったい何が見つかると思っていたのだろう。


「今日は憂ちゃんがずいぶんと張り切っていたでしょう。子どもと何かをするのは楽しいらしくてね。将来は保育士になろうかな、なんて言ってたから。つい、ね」


 アトリさんと話をするのは、気が楽だった。それは、アトリさんと出会ったのが、すべてを知った後だからかもしれない。


 それでいて、アトリさんは私が話したくないことを無理に聞き出そうとはしなかったし、そのおかげで適当に言い繕わなければならないということもなかった。だからこそ、素直な気持ちで話すことができているのだろう。


「理子ちゃんがボランティアを始めたのは、社会の役に立つことを、だっけ。それって、とてもすごいことだけどさ。理子ちゃん自身は、やりたいこととか、そういうものはないの?」


 アトリさんの問いかけに、私はどうにかこう答える。


「うまく言えないんですけど、私が本当にやりたいこと――やらなければならないことは、今のところどうすればいいのか、方法が全くわからなくて……それで、今の私にできることは何なのかって考えたんです。だからこそ、これは今の私にとってはやりたいことであって、やらなければならないことでもあって――」


 自分でも、途中から何を言っているのかわからなくなっていた。私は苦笑いを浮かべながら言い直す。


「だから、アトリさんが言っていた、自分を広げていくっていうのとも、少し違うかもしれません。ボランティアが好きな憂ちゃんのいるところでは、こういうことあんまり言えないけれど、やっぱりこれは偽善かなって」


 アトリさんは私の言葉に、ふむとうなった。


「あくまでも自分のためってこと? 確かに、そういうのを偽善と言う人もいるけれども、善っていうのは心根ではなく、行いに対するものなんだよ。悪い人の真似をして悪いことすれば、それは悪い人なんだから、善いことをしていれば、それは善い人――って昔の偉い人も言ってるし」


 何気なく話しただろうアトリさんのその言葉に、私は思わずうつむいてしまった。知らずに悪いことをしたとしても、それはやはり悪いことなのだろう。


 もしかしたら、私は自分がしてしまった悪い行いを、善い行いでどうにか埋め合わせたいだけなのかもしれない。そんな風に思えてくる。そんなこと、できるはずもないのに。


「誰だって、自分のことは大事なの。本当の意味で自分のために何かをできるのは、自分だけなんだから。けれども、だからこそ相手も大事にしなくちゃならない。相手にだって、自分があるんだからね。それはどちらの気持ちが大きすぎてもうまくいかない。だからこそ過不足なく。中庸が大事なんだよ。難しいけどね」


 アトリさんはおそらく、私のことを思ってそう言ってくれているのだろう。それでも、今の私にはその言葉を素直に受け入れることができない。


 私は私。そうやって疑いなく生きることができたなら、どんなにいいだろうか。


 自分が得体の知れない存在だとわかったときから――いや、もしかしたらそれ以前の、記憶を失ったと思われていたあのときから、私は私というものを探し続けていたのかもしれない。


 そうしているうちに、いろいろとわかったこともあるけれども、それでも私は、私というものがよくわからなかった。むしろ疑問は大きくなるばかりだ。


 私は今までどうやって私として生きていたのだろう。他の人たちはどうやって、自分というものを見つけているのだろうか。


 施設のバザーはなかなか盛況なようで、近所の人たちも多く訪れていた。近所のパン屋さんが出している店には行列ができているし、小さな子どもが楽しめるような催し物も行われているようだ。そうして笑い合う人たちの中には、私が誰なのか、なんてことを考えている人などいないのではないだろうか。


 この日のボランティアで私に与えられた仕事は寄付品の受付だった。


 役割を与えられ、それをこなしていくのは楽なことだ。少なくとも、自分は何をすればいいのだろう、なんて考えずに済む。そうして、しなければならないことをしている間は、私も気分が落ち込んでいる暇はなかった。


 もしかしたら、だからこそ私はボランティアを続けられているのかもしれない。しかし、それは同時に当初の目的を見失っているようにも思えた。


 もちろん、先のことを何も考えていないわけではない。すべての始まりは神社のお祭りで見たあの神事――だと私は思っていた。来年にも行われるだろうその神事は、たとえひとりであっても必ず見に行くことにしよう。そう固く心に決めている。

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