後章―『Chapter7「王子の告白」』
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――Chapter7「王子の告白」――
蒼天のもとを駆ける白馬。その足元はいつしか険しい山道にさしかかっていました。
白馬は多少の坂道や段差などまるで問題なく走ります。【リィンゼン】と名づけられたこの馬は、名付け親でもあるリッキー王子以外の言うことをまるで聞きません。
とはいえ、そのリッキー王子に対しても時折反抗的だったり「違う」と無視したりします。どうやらこの馬自身に状況をよくみる能力が備わっており、それは実際のところ王子含めただれの想像よりも深く、広いものであるようです。
この白馬はその体格もたくましく、王国が誇る騎馬軍のどの馬よりも大きく立派です。走ると白銀のたてがみがなびき、長い尾がゆらぐ様はだれが見ても美しいものでしょう。
そうした優雅で頼もしい見た目に反して性格はまるで美しくありません。基本的にほかの馬を見下したようにまるで相手にせず、人間ですら下等とみなしているようでまともに目も合わせません。
なまじ頑丈で力強いので無理に言うことを聞かせることもできず、またそうしようとすると凄まじい勢いで突進し、わざと目の前をかすめて驚かせたりしてきます。なにもしていない人でも背後に立つだけで土を蹴り上げて嫌がらせしたりと、やりたい放題します。
ただしこの白馬は人も馬も問わず、子供と女性には嫌がらせをしません。特別になつくこともありませんが、危ないことはしないのです。勝手に乗ったりなでたりしたら「ヒヒィィン!」と大きくいなないて威嚇はしますが……彼なりのこだわりでしょうか。
そうした賢い……というか我の強いリィンゼン。それが山道を進む内に足を止めました。
周囲を見渡して「フゥゥゥ」と首を振る白馬。その様子を見たリッキー王子は「そうだな、この辺りでいいだろう」と言って彼の背から降りました。
――周囲はすっかり森の中です。昼間なのに薄暗く、きっと夜にはなにも見えないほどくらくなってしまうような、鬱蒼とした枝葉が空をおおっています。
地に降りたリッキーは抱えている大きな布袋を静かに土の上に下ろしました。そうして布袋をめくって中身を外に出します。
布袋にくるまれていた中身の人はぐったりとしています。「ムガ、ムガガ……」とうめいてはいるのでどうやら息はあるようです。しかし、1時間以上布袋にくるまれて運ばれたので疲れてはいるのでしょう。
布袋の中身だった人は手足と胴体を縄でしばられ、口と目元も布でおおわれています。頭部にかぶっていたコートのフードはゆすられる内に外れたようで、赤色の頭髪があらわとなっていました。
そうした拘束状態の人を前にしてリッキー王子は困ったような顔をしています。
少し「ううん」と考えていたようですが……意を決して王子は話し始めました。
「ええとね……いいですか、魔術師の人? 僕はこれからあなたを自由にします。そしてもう、それ以上なにもしません。だから大きな声を出したりさわいだりせず、さっさと逃げてしまってください……わかりましたか?」
誘拐犯はそのように言いました。拘束されている魔術師は「ふんふん」とうなずきます。
リッキーは「よかった、ではほどきますね?」とさっそくに魔術師の口元にしばった布をとりました。もとから薄い布で隠されていた魔術師の口が自由になります。
そうすると、その口が動きました。
「――――ッッッ、だれかぁぁぁぁぁあああ!!!! 誘拐ですっ、私は誘拐されましたぁぁぁ!!! お願いよ、だれかコイツをッ……ンモゴゴゴゴ!!!」
そしてふさがれます。リッキーはさっと、手際よく再び魔術師の口をふさぎました。
リッキーはまゆを下げた表情で「約束したのに!」などと言っています。そしてリッキーはひたいの汗をぬぐいながら言いました。
「ごめんごめん! ほんと、君をさらったことは謝るから……でも、お願いだ。間違いなく君を自由にするから、どうか今は静かにしてほしい。魔女たちに気づかれたくないんだ……逃げられてしまうと困るんだ! 頼む、一生のお願いです!」
そのようにリッキーは言いますが、自分をさらった人間のなにを信じろというのでしょうか。
魔術師はまったく王子を信じてはいないようですが……しかしこのままでは身動きがとれないので、仕方なく「ふんふん」と改めてうなずいてみせました。
おそるおそるに……「本当に頼むよ」などと言いながら魔術師の口元にあるねじった布をとります。口元を自由にされた魔術師は静かです。
次に胴体の縄をとり、足の縄もとりました。魔術師は動きません。
そうして今度は両腕をしばっていた縄もほどくと……。
「――――ッ!!! やぁぁあ、この変態王子め!!!」
そう言って魔術師は手を払い、立ち上がりました。そうして目元にある布をとりさり、力強く土の上に叩きつけました。
魔術師は赤色の前髪をかきあげ、口元の薄い布を取りさりました。そして潤いあるくちびるをなで、かすれる目をこすって首をふります。
「うぉおお!!! 消え去れぇぇぇッ!!!!」
完全自由となったアプルーザンの魔術師は大きく両腕を空にかかげて広げました。両手の先につけた黒い手袋には金色の刺繍がほどこされています。
バチバチと赤い閃光を双方の手の平から奔らせてにらむ魔術師。赤黒いコートのすそがひるがえってゆらいでいます。
――と、そうして魔術師が戦闘態勢をとった時。目の前にある光景を見て、魔術師は振り下ろそうとしていた両腕をピタリと止めました。
そこには……土の上にうずくまり、すっかり平伏しているたくましい男の姿がありました。
自分を見ることもなく、まるで無防備なリッキー王子。その姿を見た魔術師は困惑しながら「なんのつもりですか」と言いました。
リッキー王子は土に頭をつけたまま答えます。
「…………本当、本当にごめんなさい!! いきなり布にくるんで連れ去って……本当にすみませんでした!! 俺の勝手な行動に巻き込むことになって、そのことを謝ります、本当の本当に、ごめんなさいぃぃぃ!!!!!」
さきほど「静かにして」などと言っていた男が、今はやかましいくらいに声を出して謝っています。
無防備に謝っている王子。土に頭をつけてそのようにしている彼を……魔術師は攻撃する気になれませんでした。
魔術師はかかげた両腕の間で奔らせていた無数の赤い閃光をかきけしました。そうして腕を下げ、しかし「許す」という気分にもなれず、どうしたものかと考えています。
リッキー王子は頭を土につけたままです。しばらくそのような状態で静かな時間が続きました。小鳥がさえずり、枝葉が風にゆれてこすれる音だけが聞こえます。
やがて、魔術師は「ふぅ」とため息をはいて言いました。
「あのね、リィンダイト王子。私はわからないよ、あなたの行動がさ。どうしていきなり私を誘拐して、しかもそうして呆気なく謝罪しているのかしら? そんなことなら始めっからこんなことしなければいいじゃない?」
現状の理由がわからず魔術師は聞きました。リッキー王子はまだ土に頭をつけた姿勢で答えます。
「……これがチャンスだと思ったんだ。こうすれば魔女の居場所もわかるし、俺が父さんたちから強く叱られる理由にもなると思ったんだよ。だから、でも……まさか君が……」
「はぁ、チャンスって? 何を言っているの。あなたが魔女の居場所を知りたがっていたことはわかるけど、だからってなんでお父様――国王陛下に叱られたいって??」
「ただ魔女の居場所を知って倒しに行くだけじゃダメだから……それに、知らなかったんだよ。勘違いしていたんだ! 君が、その……まさかさ!」
「なによ、さっきから何をいいたいのよ。私が何? 私、何かあなたに恨まれるようなことでもしたの? ああ、あの時申し出を断ったことが――」
「君がまさか、“女の子”だなんてわからなかったんだ! すっかりお兄さんだと思って……いや、男でもこんなのダメだけどさ。でもやっぱり、女の子にこんなことしたのはその……本当にッ、申し訳ございませんんんん!!!!!」
リッキーには誤算がありました。それはアプルーザンの魔術師が男性だと思い込んで犯行に及んだことです。
もちろん、誘拐の相手として男性も女性も関係ありません。どちらにせよ罪は罪ですが……リッキーとしてはやはり、女性を縄でしばって連れ去ったという現実に大きな混乱があるのでしょう。
キスもしたことがない少年にとって、それはあまりに刺激が強い事実です。
「――ああ、そう言えばそうだったね。あなた私を“お兄さん”って……まぁ、そのことはいいわよ。むしろそう思い込んでもらってたほうがやりやすいから。しかし、やれやれ……」
魔術師の女は呆れています。なにを深く気にして謝っているのかと思えば……自分が女だという事実にうろたえている王子の姿が気に食わないのでしょう。
「だからごめん! 君をしばって連れ去ったこと、女の子にこんな乱暴なことして俺ってやつは――」
「ふぅ! ……あのさ、あなた私を女の子って言うけどあんたは確かまだ子供でしょう? 15歳だっけ? 私は少し年上なんだから、そうやって決めつけられるのイヤなんだけど。大体、そうやって謝るにしたってじゃぁ私が女じゃなかったらそこまでしないのかと、それはそれで問題あるんじゃない?
この状況であなたがしでかした最大の問題点は“人を誘拐した”ってことでしょう。あなたそのことは軽く考えているわけ? だとしたら軽蔑するわよ、いくら王子とは言えどね!」
「え・・・・・ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど、その……そうっすね。すんません……おねぇさん」
ものすごい勢いで一度に叱られたリッキーは思わず顔を上げてぼうぜんとしました。そうして見上げて見る女性の見下すような視線にすっかりしょぼくれてしまったようです。
森の中で屈強な男がしょんぼりと土の上に座っている姿。そうした光景がなんとも虚しいものに思えて、魔術師の女はため息をはきました。
「ふぅ……わかったよ。とにかく、あなたが自分のやらかしたことを反省していることはある程度伝わりました。では、教えてください。“なんでこのようなことをしたのか”……その理由を教える義務があなたにあり、私には知る権利があります。なぜならあなたは罪を犯したと自覚があり、私はその被害者なのですから。真実を包み隠さず言ってくださいよ、リィンダイト王子様?」
魔術師の女は強い口調でそう言います。
にらまれながらそのように言われたリッキーはさらにしょんぼりとしながら、真実の告白を始めました……。
「――僕はずっと、エルダの王子として自分にウソをついて生きてきたんだ。本当の自分としてあるがままにすると、アイザード兄さんに迷惑をかけるとわかっていたから」
「ほぅ? アイザード将軍に迷惑って、どうしてかしら?」
「……アイザード兄さんは昔から王様になるつもりで真面目に頑張って努力していた。僕もその姿をみて“兄さんこそが次の王様なんだ”と、それがいいと今でも信じているんだよ。でも、周りの人の中にはそう思わない人もあって……僕はさ、“竜の奇跡”とかいうやつなんだ」
「ああ、ベンズ叔父さんを倒した一件でそのことは聞いたわ。そうか、なるほど……そうすると“あなたが次の国王だ”と期待する声も当然あるわね。我らの皇子と同じに……」
魔術師は赤色の前髪をいじりながらそう言います。リッキーはうなずいて告白を続けました。
「うん、だから僕はあの日以来目立たないようにした。いや、目立つことはもう仕方がないから、なるべくほめられないような……“僕に王様なんて無理だ”と思われるような、そういう目立ち方をしてきたんだ。だってそうすればみんな、アイザード兄さんが一番だって思うだろう?」
「んん~~~……でも、それって無理にあなたのお兄さんを王様にしようとしてない? 別にあなたが王様になって悪いこともないでしょう?」
「……争いたくないんだ。アイザード兄さんは王様になるために小さい頃から努力を続けてきた人だから。そこに産まれただけの僕が王様のライバルとして出てきて、周りの人に言われて戦いたくないんだよ。そういう戦いが昔に何度もあったって本でも読んだし……そんな兄弟になんてなりたくないよ!」
リッキーにとってアイザードという兄は……脅威としてある以前に、尊敬する存在でもあるのでしょう。幼い頃から彼の姿を見てきたリッキーにとって、その真面目で努力家な姿はある種の憧れでもあったのです。
今となっては嫌われてしまいましたが……それでも尊敬する兄の邪魔になったり、ましてや争うことになるようなことは絶対に避けたかったのです。
赤髪の魔術師は腕を組んですっかり王子の告白に聞き入っています。
「はぁ……つまりあなたはまったく王様になるつもりなどなくって、お兄さんと争うことがとにかくイヤだったのね。だから対抗馬にならないよう、自分を”ふざけた遊び人の王子”としてあえて名を貶めていた……伝説の凋落は王家の教育がどうたらの話しではなくって、あなた自身の問題だったのか」
「だけど、そうして自分にウソをつき続けることがつらくなってきたんだ。みんなを不安にさせる魔女だって、本当はすぐにでも倒してやりたいのに……それもできない。もし、僕が王子でもなんでもない普通の人だったら――」
「・・・・・あっ、なるほど!?」
「だから、どうにか自分がやりたいようにしながら“王様として相応しくない”と思われることはできないかと――」
「あ~~~わかったわかった、そういうことか! つまりあなたは私を利用しようと思ったわけだね。私はアプルーザンのバシャワールだから、ようは帝国の権威でもある。それを誘拐して犯罪とすることで、魔女退治が“乱暴なふるまい”として周囲に認知されるようにした。それも帝国に対する問題となることで国家としてあなたを裁く必要があるように……そうすることで2つの目的を同時に達成しようとしたわけだな?」
「はい……だから、君じゃないとダメだったんです。チャンスだと思ったのも、ここを逃したらそんなことが次にいつあるかと――」
赤髪の魔術師は自分がさらわれた理由を知って「ほほ~ぅ」と納得してうなりました。しかし、彼女はふくみのある笑みをうかべた表情でリッキーの姿を見ています。
「ふふ、しかしまぁ面白い考えではあるけどね。そう上手くいくかな?」
「…………えっ??」
「そもそも魔女をあなたが倒せるのかって、それはともかくとして……今回の犯行であなたが思うようなことになるかは解らない、ということよ。国王がどのように判断するか……もしかしたらただ牢屋に入ることになるかもしれないし、あの様子からしてあなたの犯行を不問とするかもしれないわね。帝国との関係を犠牲にしてまでさ」
リッキーの計画が上手くいくかはまだわかりません。魔女を倒すこともそうですが、その後彼がどのような状況に至るのかはウェイリー王の考え次第でもあります。
「そうだね……だから、お願いがあるんだ」
「フフ――え。お願いって……この期に及んで私に頼みごとがあるの? 私を誘拐しておいて??」
魔術師は驚きます。誘拐犯から頼みごとをされるなんて、どれだけ厚かましいんだと呆れて驚きました。
「うん。いや、お願いというか普通はそうするだろうと思っていたんだけど……」
「何よ、私に何かをしてほしいっていうの?」
「……あのね、無理やり誘拐されたってことを父さんにしっかり報告してほしいんだ。ちょっと大げさでもいいから、とにかく僕が悪いんだってことを“父さんたち”に伝えてほしいんだよ」
「――ああ、そういうことか。国王が手心を加えようとしても周りがそれを許さないように、もれなく事実を報告してほしいのね。そりゃ、そうするわよ。別に頼まれなくたって例え事情を知ったからって、私が誘拐されたという事実はかわりないのだからね?」
魔術師は地面に落ちている自分をしばっていた縄を手にとり、「証拠だよ」とばかりに王子へと突きつけます。
彼女の答えを聞いた王子は「ニッコリ」と見上げて笑いました。
「おお、ありがとう!! この恩はいつかきっと返すからさ! さて、そうと決まれば……リィンゼン、頼んだよ。おねぇさんを乗せてお城に戻ってくれ!」
自分の罪を報告してもらうことに感謝し、恩返しするなどと言う少年……。
魔術師の女は苦笑いしていました。目の前にある少年は体格こそ立派ですが、にこやかに笑うとまだまだ子供らしさが表情にあります。
そうして笑いながら自分を見上げている少年の姿を見て、彼女は「恩の前に償いじゃないの?」と思いつつ、不思議な状況をおもしろく感じたようです。
リッキーはやっとに立ち上がって白馬の身体をなでています。白馬は「仕方ないな」とばかりに「フゥゥゥ」と大きく息をはき出してお城の方へと向きを変えました。
そうして自分を乗せる準備万端な様子を見て――魔術師の女は言います。
「待ちなさいよ。確かに報告はさせてもらうけどね……このまま行けないわ」
「えっ……どうして?」
「どうしてもこうしても……あなた、これから永遠の老婆を討伐しに行くのでしょう? 誘拐犯とはいえどもね、王子様が無謀にもそうすることを放っておけるわけないわよ」
「えっ……なんでさ?」
「・・・あなたね、永遠の老婆をよく知りもしないのにどうしてそんなに危機感がないのかしら? 私から奪った資料にはちゃんと目を通したの?」
そう言われて、リッキーはズボンに突っ込んでいた魔女の資料を引き抜いて取り出しました。
とんでもないところから取り出されたそれを見て、魔術師はとても嫌そうな表情です。
「……うん! 場所は大体わかってるから、きっと大丈夫だよ!」
「いや、だから……私が言っているのは会えるか会えないかじゃなくってね? 魔女を甘くみているのではないのか、ってこと。彼女は第三種手配のいわば“怪物”よ……あのベンズ=ロビンソンより危険だと帝国がわざわざ指定した存在なの。それをあなた、まるで“簡単に倒します”とばかりにしているけどさ……どこからその自信が沸いてくるのよ?」
過去にリッキーが倒した赤トカゲことベンズ=ロビンソンは確かに強力な魔術師でした。ですが、今回リッキーが倒そうとしている魔女はそれとは比べ物にならない脅威であると帝国が判断する人物です。
いくらリッキーも成長したとはいえ、1人で挑むのは無謀だと魔術師の女は警告しています。
警告を受けて、リッキーは後頭部を掻きながら空を見上げました。枝葉におおわれた視界のすきまから、青空を流れる雲が見えます。
そして視線を魔術師に戻すと、リッキーは笑って答えました。
「自信なんて完全にあるわけじゃないけどさ……でもね。なんだか、怖さよりも期待があるんだよね」
「――――期待、ですって??」
「うん。あの日以来だから……今日は思いっきり、やってもいい日なんだって♪ どうせ引き返せないから、全力で暴れたってかまわないんだよね。今の俺がもつ全ての力と技術を遠慮せず使って、思いっきり試していいんだと思うと……うれしさが不安を超えちゃうんだ! えへへ、なんだか自分でも不思議な気持ち☆」
そう言って笑うリッキー王子は無意識のうちに左の拳を握り固めていました。
満面の笑顔で立つ、たくましく成長した少年の左拳。
火傷で黒ずんだ左腕がぼんやりと黄金の輝きを宿している気がして――魔術師は一歩、息をのんで退きました。
「まぁ、“ダメだコレ”と思ったら逃げるよ。逃げ足にはなおさら自信があるんだ! だから心配しないで、おねぇさんは父さんたちに“あいつが犯人です!”って伝えておくれよ!」
胸を張って笑う少年。無邪気に放たれる威圧感を恐れながら、苦笑う魔術師は言いました。
「イゼラよ、私は“イゼラ=ラシュワード”……一応、名乗っておくから」
「んおっ!? そうか、イゼラおねぇさんか!! へっへへ、そうか頼んだよイゼラおねぇさん。どうか父さんたちに――」
「言ったでしょう? 無謀な王子様を放ってはおけないって……それに、知っておこうと思ってね」
「へぇ、何を知るって??」
「竜の奇跡が特別だということはよぉっく見知っているけど……その中でもあなたがどれほどのものか見ておきたいの。あなたはもう、この国の王になるつもりもないのだろうけど……帝国の者として、皇帝直属の精鋭として……知っておくべきかもしれないと思ってね」
「??? なんかよくわからねぇ……でも危ないよ? イゼラおねぇさんなんだかヒョロヒョロしてて弱そうだし……」
「・・・人を見た目で判断しないで! 私だって、逃げ足には自信があるのだからね。危なくなったらあなたを見捨てて逃げるわよ。もともともそんな義理もないのだし……」
「そっか? なら、いいけど……本当に大丈夫かなぁ。足も早そうに見えないぞ??」
魔術師の女――【イゼラ=ラシュワード】は王子の態度に不服そうです。
リッキーがあんまりしつこく心配してくるので「あまりうるさいとあなたの罪を報告しませんよ」と彼女は言いました。
それは困るとリッキーは思い、「だったら十分に気をつけてね?」とやはり心配しながらも自分についてくることを認めます。イゼラはまたまた不服そうに表情を険しくしました。
リッキーは白馬に命じます。「この辺りの山道でテキトウに時間を潰してて?」と。白馬のリィンゼンは「仕方ないな」とばかりに大きく息をはき、さっさとどこかに姿を隠しました。
そうして、リッキー王子と魔術師イゼラはアスファラ山脈の森を歩き始めます。
リッキーは地図と資料を返そうとしたしましたがイゼラは拒否しました。「汚いから近づけないで」ときつく言われて、なにをそんなに怒っているのかとリッキーは不思議そうです。
心配しながらもしかし、イゼラと2人旅になったことをリッキーはちょっとうれしく思っているようです。
リッキーは彼女のご機嫌をとろうと色々話しかけますが、「あなたね。自分が静かにしろと言ったこと忘れたの?」とまたきつく叱られてしょんぼりとしました。
……森を歩く2人が目指すは永遠の老婆が姿を隠しているという“洞窟”。
リッキーがまだ目を通していない魔女の資料には、彼女を護衛する“3人の魔法使い”の存在が詳細不明ながら記されています――――。




