後章―『Chapter6「王子の犯行(中編)」』
――Chapter6「王子の犯行(中編)」――
良い気分のリッキーは勢いそのままにお城へと帰りました。そして王の間へと入り、父である王様に言います。
「父さん、永遠の老婆ってアスファラ山脈のどこにいるの? ちょっと印つけた地図かなにか、見せてくれない?」
王の間に敷かれた紺色の絨毯。そのド真ん中でヘラヘラとそのように言い放ったリッキー王子。
テーブルを前にして書き物をしていた王様は顔を上げ、きょとんとした表情でリッキー王子に言いました。
「いや、ダメじゃよ。それはおまえに教えられないよ」
そのように言われてリッキー王子は「なんでさ!?」と問いかけます。
王様は言いました。
「おまえ、昔そうやって地図を見て1人なにをしたのか忘れたのか?」
「・・・・・あ、赤トカゲを倒しにいきました」
「そうじゃろう。そのような危険な行いをするおまえに、魔女の居場所など教えられるわけがあるまい」
王様は6年前にリッキーが悪い魔術師を1人で倒した事件のことを言っています。確かに魔術師は倒されましたが、リッキーは左腕に消えない火傷のあとを負い、王妃様は心労から数日間寝込んでしまいました。
そうした事件をおこしたリッキーに、なおさら危険とされる永遠の老婆がいる場所を教えるわけにはいかないということです。あの日の出来事は世間では伝説でありましょうが、家族にとっては恐ろしい事件なのでしょう。
リッキーはくちびるを曲げながら視線を落とし、言い返します。
「でも、でも……僕だってもう子供じゃないんだし。そんなことしないからさ、ただ王子として国の一大事について知っておこうと……そう思ったんです」
イジイジと指先をからませながらそう言うリッキー王子。そうした仕草を見ながら王様がため息をつきました。
「リィンダイトや……おまえはまだ子供じゃよ。いや、たとえそうでなくともこれについては教えるわけにはいかないのじゃ。“そんなことしない”とおまえは言うが、普段の行いを見ている人からすれば、その言葉は素直に信じられないものだよ」
「むぅぅ……どうしてもダメなのかい?」
「わかっておくれ……おまえのことを大切に思うからこそ、これは王としてではなく家族としての意見なのじゃ。たのむ、リィンダイト……大人しくしていてくれ……」
王様は頭を下げてそう言いました。父として息子に願うその姿を見て、リッキーはそれ以上なにも言えません。
リッキーは「はぁい、わっかりましたぁ~」と不服そうながら、王の間を出ていきました。
とりあえず納得してくれたようだと、王様は胸を「ホッ」となでおろします。すると、そこに側近の家臣が慌てた様子で王様のもとに近寄ってきました。
王様が「何事か?」と聞くと、家臣は答えます。
「国王陛下、アプルーザンからの使者がいらしております。件のことについて……バシャワールの一員が状況を知りたいとのこと。いかがしますか?」
王様は話しを聞くうちに見る見る表情を青ざめました。そして「まずい、まだなにも決めてないのに……」と小さく呟きながらキョロキョロと周囲を見渡します。
家臣団一同もキョロキョロとしていて、だれも応えてくれません。王様は少しうなった後、「ここに通しなさい。とりあえず話しを聞こう、考えるのはそれからだ」と客人を王の間に迎える様に家臣に言いました。
――その頃。王の間を出たリッキー王子はふてくされた様子でお城の中を歩いていました。道中にすれ違ったパンジャルが「また何か叱られましたか」などと笑いかけてきたので、なおさら「ムスッ」とした気分になっています。
永遠の老婆についてなにも教えてもらえない、自分を信じてもらえないということにやはり納得いかないようです。ですが、その理由も自分の普段にある行いからしてわからなくもありません。だからモヤモヤと、怒ることもできず半端な心境なのでしょう。
「ちぇっ、キャレル兄さんだって無理して会議に参加できたのに……俺はダメだって、なんかそれはちょっとな……こんなん、もう俺はすでに王子失格みたいじゃんか」
なんだかリッキーは自分の状況が好ましくないのではと思い始めました。昨日に話した兄キャレルの会話を思い出して「やはりこのままではダメだ」と考え始めます。
そうしてモヤモヤとしながらろうかを歩いていると……ろうかの先から数名が固まって歩いてきました。
それはお城の兵士数名と、それらに囲まれて歩く1人の見知らぬ恰好の人で構成された集団です。
兵士たちのすきまからうかがえる見知らぬ人は全身が赤黒い装いです。頭まですっぽりとコートとフードで覆い隠しており、口元も布で覆われています。だからそれが男性か女性かもわかりません。
両肩にある金の刺繍は左右対称となる翼の形をしており、背中には刺々(とげとげ)しい三角形の紋章があります。それは竜の角を模ったものだとリッキーは知っていました。
(アプルーザン、それもバシャワールか……帝国の魔術師がなんの用だろう?)
リッキーは通り過ぎる人をそのように思いました。彼は兄の部屋にある書物の情報からコートの人が「アプルーザン帝国の精鋭魔術部隊所属の人」だとすぐにわかりました。それは帝国でも限られた人にのみ与えられる称号であり、重鎮と言ってよいでしょう。
そうして、その人が過ぎ去る間際。揺らぐフードの中にある瞳と少し、視線が合います――。
この時は互いにチラリと見て、それだけです。なにも言わずにアプルーザンの魔術師は兵士たちに囲われてどこかへと行きました。方向からして、どうやら王の間へと向かうようです。
リッキーはそうして通り過ぎた人のことを考えながらしばらく歩いて……そして立ち止まります。
「ふむ、“僕も話しを聞かせてよ!”なんて言っても、どうせ追い出されるだろうな。さっきの様子からしてそうなるだろう……ならば!」
リッキーはコソコソと、周囲を見渡してろうかを戻り始めました。そうして彼の常人離れした聴力。それを活かすべく、王の間に近いろうかの角で待機します。
昨晩にも盗み聞きしていましたが……今もよぉく聴こえます。王の間からこぼれる会話がハッキリと、リッキーの耳に届いてきます。
『――して、ご用向きはなんでしょうかな?』
王様の声です。やはりどうやら、アプルーザンの魔術師は国王と話しをしにきたようです。
魔術師が王の問いに答えました。
『永遠の老婆――あの者への対応について、エルダランドの指針を拝聴いたしたく参りました。現在、貴国では如何様な対処をお考えでしょうか、是非お聞かせいただきたい』
少し低い少年のように若々しい声です。魔術師の声色はそのようなものですが、しかし口調から絶対の自信と高圧的な気配を感じられます。
アプルーザンの魔術師はエルダランドがうわさの魔女にどのような対応をするのか知りたいようです。もとはと言えばアプルーザン帝国内部の問題だったので、それが他国の問題となったことに気を掛けるのは自然でしょう。
むしろ「迷惑をおかけしております」と低姿勢になりそうなものですが……あまりそのような感じはありません。
『おお、永遠の老婆……その者については昨晩にも会議を行ったばかりでしてな。すぐに方針を決め、対応にあたろうと家臣団とも話したばかりです』
『……それはつまり、これから“どうするか決める”ということでしょうか。ようはつまり、“まだなにも決まってない”ということでしょうか?』
『あやっ……そ、そうれは……そうなのじゃがね? でも、大体話し合って決まったから、あとはもう少し会議を重ねて詳細を詰めて――』
『永遠の老婆がこの地に逃げ込んでもう、20日は経過しました……あの者はご存じのように魔女であり、それも第三種指定の異常個体です。貴国にあるアスファラ山脈の魔力はもちろんとして、国民にある魔力、命すら利用する可能性が非常に高い。それはつまり、国民の重大なる危機であり、我が帝国にもあったような惨事を招きかねないということ……一刻を争う事態であると、そのことはご承知でありましょうか?』
『え……も、もちろんじゃ! だからこうして慎重に、会議を行って適切な――』
『陛下、エルダランドが彼女たち魔女を――魔力の扱いそのものを得意としないことは存じ上げております。過去にあった件に関しましては我々バシャワール一同としても申し訳ない思いを抱いており、そのことに関して、改めてここに深く謝罪いたしましょう』
『え……あ、ああ! そうじゃな、しかしそれに関してはそちらから補償もあったし、皇帝ともよく話し合ったし、もう済んだことじゃから別に――』
『ですが、だからこそ! 今回の件に関しましても我々は強い不安を抱いております。こちらからの通達ばかりでまるで貴国からの音沙汰なく、そのような状況では“エルダランドは困窮している”と判断されても仕方がありません。
ですからこうして、わざわざ私が使者として遣ってまいりました。エルダランドでは到底対応できないということであれば、我々帝国による領域内での討伐活動を許可していただきたい――そのことについての返信すら無いとは、どのようなお考えか、是非ともお聞かせ願いたい!!』
『あ、あわわ……そ、それはそのこ、国家としてだな、あの……ウゥム』
すさまじい勢いでした。アプルーザンの魔術師は次々と意見を叩きつけ、王様はすっかり圧倒されてしまったようです。周囲にある家臣団も「これはマズイ」とヒソヒソ話しています。
王の間にある落ち着かない様子のド真ん中で、魔術師は堂々としてまるで動きません。王様からの返答を待って真っすぐに顔を上げたままです。
堂々とした背中にある竜角の紋章を見て、王の間の扉を護る兵士たちも「おっかねぇな……」と言葉を交わしました。
しばらくそのようにして――。
まるで返答がないことにしびれを切らした魔術師が言いました。
『ふぅ……ならば情報だけでも教えていただきたい。貴国がどの程度まで現状を把握しているのか、またどの程度まで考えてあるのかを知りたい。それによってこちらも判断いたします』
魔術師の提案を受けて王様は「どうなの?」と側近たちを見ました。側近の全員が視線を落ち着かなくさせて、少し離れて王の間の会話を記録している書記官を呼び寄せました。
呼び寄せた書記官と側近の家臣たちは話し合い、そうして家臣の内の1人が王様に駆けよります。彼は耳元でヒソヒソと、なにかを王様に伝えました。
王様は「うんうん」とうなずき、魔術師にようやく返答します。
『――うむ、そなたの希望に応えようではないか。これより資料をまとめ、そちらに提示させてもらおう。しかし、些か内容に国家としての機密もあるゆえ……しばらく時間を頂きたい。よろしいか、アプルーザンの使者よ?』
玉座に座ってそのように言う王様。それに対して、アプルーザンの魔術師は「ふむ……」と口元に指を当てました。そうして聞き返します。
『しばらくとは、どの程度でしょうか。まさか2日も3日も待てとは言いますまいね?』
フードの影からのぞいた視線は鋭いものです。王様たちは「え……?」と再び視線を落ち着かなくさせ、再び呼び寄せた書記官となにかを話し、家臣の伝言を経て王様が答えます。
『1日……いや、半日! 半日頂きたい……それでいかがだろう?』
『半日ぃ? ……ま、よろしいでしょう。こちらも客人として長く居座り、貴国に面倒をかけたくはありませんから……それより早くなるのならば、それに越したことはありませんよ』
そのように言われて王様は「ハハハ、まぁゆっくりくつろいでくださいな」とひたいに汗を光らせながら答えました。
王様の合図によって、お城の兵士が数名、アプルーザンの魔術師を囲います。そして彼らは「こちらです」と魔術師を案内して王の間を出ていきました。
そうして魔術師が王の間を去り……王様と家臣一同は「ホッ」と胸をなでおろし、「ひとまず、ひとまず」とその場をしのいだことを讃え合いました。
――王の間を出でた魔術師。兵士たちに囲われたその人はふと、ろうかの角に立つ男の姿を見ます。それは先ほど一度視線を合わせた人物……。
その男は屈強な身体をしており、どうしたことか「ニヤニヤ」として自分のことを見ていました。
(気味が悪いな……)
と、魔術師は思いました。その程度の認識で魔術師は屈強な男を無視し、案内されるままに客間へと向かいます。
さて、その屈強な男――リッキー=ヴェイガードはどうして不気味に笑みを浮かべながら立っているのでしょうか。
それは彼が思いついたからです。「王国の人じゃなければ自分に情報を教えてくれるかもしれない」……と。
果たしてそう簡単に済むことでしょうか。
ともかくリッキーは楽観的にウキウキと、魔術師が案内されていく少し後ろをついていきました――――。




