隣国での極上ライフと、崩壊する白亜の城
それからの私の生活、一言で言って最高。いや、控えめに言って天国だった。
毎日の相棒は、アルベルト様が「これ、君に」って恥ずかしそうに贈ってくれた最高級の魔導シルクの雑巾。それと、トリガーを引くだけで聖水が無限に出てくる特製スプレー。これがまた、手に馴染むのなんの。
試しに、呪われてドロドロだった城の庭の土に、私の魔力を混ぜた水をぶっ放してガシガシ耕してみた。そしたら次の日、見たこともない七色の花が狂ったように咲き誇って、丸々と太ったトマトやらナスやらがゴロゴロ実った。畑仕事のクオリティじゃない。
調子に乗って領民の家を「お邪魔しまーす!」って一軒ずつ力任せに磨いて回ったら、みんなの持病の腰痛やら古傷やらが、拭いたそばから消えていく。街中が、引くほど元気になってしまった。
「リーゼロッテ、今日も無理をしていないか? 疲れたら、その……いつでも俺の胸で休んでくれ」
「アルベルト様、ただの埃払いですよ。息すら切れてません」
「だめだ。君は限界突破しすぎる。ほら、帝都から取り寄せた最高級のケーキだ。あーん、をしてくれ」
「ひゃっ、いや、あーんって……!」
無口で怖そうだった黒騎士様は、私のことになると急にブレーキが壊れる。お掃除が終わるたびに、ごつい鎧のまま抱きしめられるからちょっと痛い。でも、これでもかってくらい美味いものを食わされて、彼の過保護な甘やかしに、私の心も胃袋も完全に胃もたれ寸前で満たされていた。
気がつけば、あの呪われていた「黒の地」は、帝国で一番実り豊かな「至高の聖域」なんて噂されるようになっていた。
――そんなある日。
城の前に、ガタガタの薄汚い馬車が停まった。
現れたのは、泥まみれで服がボロボロの、見覚えのある男女。ルファス殿下とミリアだった。
「リーゼロッテ! リーゼロッテはいるか!」
応接室に飛び込んできたルファスは、かつての偉そうな態度はどこへやら、完全に目の死んだ幽鬼だった。隣のミリアも、自慢のふわふわの髪が鳥の巣みたいにバサバサで、見る影もない。
私はフカフカのソファに座り、アルベルト様に優しく肩を抱かれながら、お茶をズズッとすすって首を傾げた。
「まあ、ルファス殿下。それにミリアさん。どうしたんですか、その泥棒にでも遭ったみたいな格好は」
「どうした、ではない! お前が国を出てから、我が魔導騎士団の本部は地獄絵図なのだ!」
ルファスが血走った目で叫ぶ。
聞けば、私が国を去った次の日から、あの白亜の城は一気に黒ずみ、ドブみたいな異臭を放ち始めたらしい。
焦ったミリアが「私の光魔法でー!」と光を放ちまくった結果、汚れが熱で焦げ付いて、壁や床にガッチリ固着。最悪の焼き付き汚れになった。
ついには城の結界が瘴気で腐り落ち、本拠地に魔獣がなだれ込む大惨事。騎士たちの武器は錆びてボキボキ折れ、みんな原因不明の体調不良で寝込み、魔導騎士団は事実上の壊滅。
「王宮の学者が調べたら、お前が毎日やってたあの地味な掃除こそが、国を維持する【神聖極限浄化】だったって分かったんだ……!
リーゼロッテ、頼む、戻ってきてくれ! 公爵待遇で迎えて、もう一度私の婚約者にしてやる! だから今すぐあのクソまみれの城を掃除しろ!」
ルファスが床に膝をつき、必死に手を伸ばしてくる。
ミリアも「そうよ! 私、お掃除なんて地味で汚れる仕事、もう絶対嫌よ!」とギャーギャー泣きついている。
今更戻ってきてくれ、と言われても。知らんがな。
「お断りします、ルファス殿下」
私は、冷めた紅茶を見るような目で言い放った。
「私はただの、掃除しか脳のない無能令嬢ですから。白亜の城の素晴らしい輝きは、ミリアさんの光魔法でピカピカに維持なさってください」
「そんな……! あれ、ただ光ってるだけで、汚れが余計に取れなくなるんだってば!」
「知ったこっちゃありません。それに」
私は、私の肩を抱いているアルベルト様の大きな手に、自分の手を重ねた。
「私は今、このガルザ帝国で、世界一のホワイトな掃除環境と、私を本気で愛してくれる最高の旦那様に出会えました。不潔で、感謝の言葉も知らないブラックな男のところへ戻る理由、どこにあります?」
「その通りだ」
アルベルト様が、氷点下の視線をルファスに向けた。全身から放たれる本物の『黒騎士』の威圧感に、ルファスは「ひっ」と短い悲鳴を上げてガタガタ震え出す。
「我が最愛の婚約者であり、この領地の女神であるリーゼロッテを、これ以上侮辱することは許さん。お前たちの国が滅びようが、知ったことか。……おい、門番。この無礼者どもを、今すぐ叩き出せ。二度と敷居を跨がせるな」
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
衛兵たちに引きずられながら、ルファスとミリアは絶望の叫び声を上げて連れて行かれた。
あの後、あの国がどうなったかは風の噂にすら聞いていない。自業自得、因果応報ってやつだ。
「……リーゼロッテ、不快な思いをさせてすまなかったな」
アルベルト様は私の手を引き、包み込むようにギュッと抱きしめてきた。彼の胸の温かさと、さっき私が撒いたフローラルレモンの香りが、私を優しく包む。
「いいえ、アルベルト様。ちっとも気にしてません。それより……」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、悪戯っぽく笑った。
「あそこの部屋の隅に、ちょっと寂しそうな埃を見つけちゃいました。これから一緒に、お掃除に行きませんか?」
「ああ、喜んで。君となら、世界の果てまで綺麗にしよう」
不器用な黒騎士様は、私の額に優しくキスを落とした。
私はこれからも、大好きな相棒のモップを振り回し、大好きな旦那様にこれでもかと愛されながら、世界中をピカピカに磨き上げてみせます!




