40 磯と因習の香り
「巫女様、今日も日差しが強ようございます。早く傘の中にお入りくださいまし」
「はーい」
琳晧ちゃんは小さい歩幅でテトテトと、珀珀さんの元へ行き傘の下に入る。
彼女の白い肌を紫外線から守るため、日傘として使っている様だ。
――琳《Rin》
――琳《Rin》
しかし――私の予想は少し外れた。
なんと、珀珀さんは琳晧ちゃんの頭上で、傘をくるくると回し始めたのだ。
するとどうしたことか。
傘から鈴を転がすような、美しい玲瓏な調べが響き始めた。
「(ん? 傘の上に……何か転がってる?)」
漆塗りのいかにも高級そうな傘の上には、直径3センチ程の球体の宝石のようなものが乗っていた。
それが珀珀さんの回す傘の上で、踊るように回転している。
あの宝石みたいな玉から、音が出ていた。
「いつもより多めに回しております」――でお馴染み、日本の伝統芸能でもある傘回しだ。
いくら相手が巫女様と呼ばれる特別な身分とはいえ、傘回しをしながら日傘を差すとは、なんという贅沢な仕様。
しかも珀珀さんは、玉を落す素振りを一切見せず、無表情のまま歩き始めた。
「蘭姐ェちゃんも入る? 涼しいよ?」
琳晧ちゃんは年上の女性を姐呼びする質らしく、私のことを蘭姐ェと呼ぶ。
悪い気はしないね。
「うわ。涼しい!?」
「でしょ~」
琳晧ちゃんに手を取られ、傘の下に手を入れると、まるでクーラーの風のような冷風が、傘から降り注いでいた。
「これって……宝貝?」
「流石は白蘭様。博識でございますね。いかにも、この宝珠は我らの村に代々伝わる宝貝――辟火涼珠にございます」
宝貝――それは仙力のないものでも、仙術を行使することの出来る貴重な道具。
西洋風ファンタジーで言えば、マジックアイテムと呼ばれるもの。
この珠は転がすのを発動条件に、冷風を出す能力を秘めているのであろう。
ちなみにクロも、仙力を消費して炎を出すという点では、広義の上では宝貝の一種である。
「これは快適だね」
このまま琳晧ちゃんと相合傘をして、快適で甘酸っぱい空間を満喫したい所存ではあるが……メイドの珀珀さんの目が怖いので、やんわりと遠慮する。
具体的に〝巫女〟が彼女の村で何を意味する身分なのか分からないが、余所者が馴れ馴れしく触れてはいけない――というオーラは伝わってくる。
琳……琳……と。
風鈴のような音を鳴らしながら、湖を離れ、松林を進む。
かれこれ20分程歩いて松林を抜けると、左右に畑が立ち並ぶ畦道が姿を見せた。
村の中に入ったのだろう。
「おお……巫女様……本日も見目麗しゅうございます……」
「わぁ、巫女様だぁ~!」
「ありがたやありがたや……」
畑の中では、熱射に負けずに農作業をする村人の姿がある。
村人達は琳晧様の姿を見るや、作業の手を止めて両手を合わせて礼拝している。
そんな農民達へ、琳晧ちゃんは馴れた手つきで、笑顔を作りながら手を振って返していた。
高級な傘と、その上で回る鈴の音もあいまって、まるで花魁道中みたいだ。
「巫女様は村の皆から大人気じゃんね」
「えへへ……」
琳晧ちゃんは照れくさそうにえくぼを作りながら、手を振り続けるのであった。
琅国の中心では、前王を暗殺して謀反を起こした将軍と、王都から脱出した新王の二大勢力で二分され、一触即発の雰囲気だというのに、辺境の農村はそんな国のいざこざなどいざ知らず、平和な雰囲気が漂っている。
「(でも……老人や女性や子供ばかりだ)」
「男衆は漁業に出て村を留守にしておりますので」
「なるほど」
私の疑問を察したのか、珀珀さんが補足を入れてくれる。
『まぁ飯が食えればなんでもいい。できりゃあ、この巫女様の血が吸いてェもんだがな』
「(ダメだよ。彼女のこの人気っぷり。もし私が琳晧ちゃんを斬りでもしたら、村人全員の恨みを買いかねない。私の血で勘弁してよね)」
***
そんなこんなで20分程畦道を進むと、住宅地へ到着。
木造に漆喰を塗った民家が立ち並ぶ。
一般的な農村と同じ作りだ。
だからこそ、諸侯の令嬢レベルで着飾った巫女を養う程に、生活に余裕があるようには見えない。
等間隔に建てられた民家には、漁村よろしく魚の干物がぶら下がっており、磯の香りがあちこちから漂っている。
しかし――それ以上に目を引いたのは……。
「カラスの羽……?」
干物を干す隣には、まるで何かの呪いかのように、黒い羽が軒から吊るされている。
この村特有の風習だろうか?
不思議に思うものの、珀珀さんは私の疑問に答えてくれる素振りを見せない。
となると、安易に聞くのも憚れてしまうもので……。
更に10分程歩くと、民家とは比べ物にならないほど大きな屋敷が見える。
「うおー、こりゃまた立派なお屋敷で」
土地の統治を任された役人が駐在するタイプの村にも足を運んだことがあるが、それ以上に規模の大きな屋敷が聳え立っていた。
門聯のかけられた門の前で、琳晧ちゃんは立ち止まって、くるりと振り返る。
「とうちゃーく! 蘭姐ェちゃん、ようこそ! 琳漁邑へ!」
そういって、客人である私に、無邪気な笑顔を振りまくのであった。
そんな笑顔とは対照的に――嫌な予感が私の脳裏を過る。
過去の経験が。
修羅場をくぐり続けてきたことで培われた勘が。
警報を鳴らしている。
一見普通の漁村。
しかし巫女と呼ばれるとびきりの美少女が擁立されていて――
本来であれば王宮の宝物庫にあるような宝貝を持っており――
黒い羽を軒先に吊るす特異な因習を持ち――
村の財を一ヶ所に集めても到底建たないであろう立派なお屋敷がそびえ立っており――
「…………くんくん」
そして何より……磯の匂いに紛れ込むように……。
「(妖怪特有の仙力の残り香がある)」
『白蘭――こりゃあ、普通の村じゃねェかもしれねェぜ』
「(そうだね――クロ)」
これはひょっとすると――剣客としての役目が出てくるかもしれない。
そんな警戒心を抱きながら、私は屋敷の門を潜るのであった。
――ギギギ。
――バタン。
軋み声をあげながら、ゆっくりと背後の門が閉まった。




