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射撃訓練

 あれから新たな伝説を打ち立てることなく、無事に二週間の懲罰を消化した第七班の四人。

 士官学校の最初の期間は主に体力トレーニングだ。マラソンや修練場にての障害物を用いた走り込み。

 体力の少ない下級生は、ここで篩にかけて模範生徒による指導が入る。

 当たり前といえば当たり前なのだが、ヴィクトリアはマラソンや障害物の走り込みタイムは一番だ。

 対するラインハルトの成績は、障害物のタイムは遅すぎもせず速すぎもせずの平凡なのだが、マラソンタイムは下から数えた方が早い。

 例に漏れず、レベッカの()()()指導が入る。


「ん~ラインハルト君は持続力が無いのかな。ダメだよ、ラインハルト君。()()()()()()()()()


 レベッカは、芝生の上に横たわる草食系動物に優しくかつ意味深に言う。


「はぁ……はぁ……すいません。あと持続力の無い男って、どういう意味で……すか?」

「え!? あ~君もその内分かるよ。何だったら、お姉さんが優しく教えてあげようか?」


 レベッカの言葉にラインハルトは草食系動物としての勘が働き、身の危険を感じた。

 そして丁重にお断りしますとだけ告げるとレベッカは何故か残念がっていた。


「冗談は置いといて、ラインハルト君は悪い線じゃないと思うわ。体力は平凡だから、後は持続力……つまりはペース配分を考えれば良いと思う。お姉さん的には最初から激しいのも良いと――」


 何故か興奮しながら説明するレベッカ。話の後半は聞き流しといていいと思い、耳を閉じた。

 障害物の走り込みで相変わらず一位を取るヴィクトリアを見て、なんだか情けなくなってしまう。

 そんな視線に気づいたのか、レベッカが助け舟を出した。


「アルムルーヴェ候補生は確かに凄いわ。事実、入学前の体力テストや学科テストもトップだった。けど彼女は指揮官候補生として致命的な欠点があるのよ」

「致命的な欠点ですか? 僕にはそうは見えませんけど……」


 一位を取って嬉しそうなヴィクトリア。そんなヴィクトリアを見るラインハルトの肩をレベッカは優しく叩いた。


「それは単純に君が経験不足だからよ。私たち上級生は嫌でも経験で分かるから。あんまり言いたくないけど、あんな指揮官候補生なんかの下についた部下は可哀相だってね」

「そういうものですか……」


 ラインハルトはヴィクトリアに対するレベッカの言葉に何だか嫌な気分になった。

 もちろんレベッカ上級生は良い人間だと分かるが、何か心に引っ掛かった。

 そんなラインハルトの背中をレベッカは勢い良く叩いた。


「そういうもんなのよ! その時が来たら、ちゃんと慰めてあげなよ? 君は男の子なんだから」

「どういう意味ですか!?」

「フフ、その内分かるわよ。何だったらお姉さんが教えて――」

「あ、御遠慮します」

「なんだかラインハルト君、最近可愛げが無いぞ。お姉さん悲しいよ」


 ラインハルトは丁重に頭を下げお断りする。対するレベッカも冗談なのか本気なのか、いまいち分かりづらい返しで困ってしまう。

 そして、その日の午後は実弾を用いてのライフル射撃訓練が待っている。

 レベッカ上級生の話では、普通はライフルの分解から覚えていくのが定石らしい。

 アレクシア教官は反対したが、新しく赴任した教官が『まずはライフル射撃がどんなに難しいかを知った方が覚えが早いし、校長の許可は取ってある』と言い、まったく聞く耳をもたなかったと。

 ラインハルトは空を見上げると、いつの間にか暗雲の空色に変わっていた。

 まるで未来を表す様な空色だ




 遂に射撃訓練場の訓練が始まる。

 射撃訓練場は修練場の隣にあり、野外施設で唯一射撃主の所だけ簡易的な屋根がある。

 それぞれ隣の射撃主との間に仕切りが立てられており、最初の的は百メーター先に設けられていた。

 それが徐々に百メーターずつ増えていき、最大八百メーターまで設けている。

 武器庫の鍵はアレクシア教官と新任の教官が持っており、二人同時に開けないと鍵は開かない仕組になっている為に候補生達は、それぞれの班に別れ整列してまだ見ぬ教官を待っていた。

 するとアレクシア教官と新任の教官が現れた。

 新任の教官は焦げ茶色の短髪。モニカ上級生に負けるとも劣らない鋭い眼光の持ち、これまた美男だ。

 候補生達は教官が現れると一斉に敬礼し、教官達も返礼する。

 アレクシア教官が候補生達の前に一歩踏み出し説明を始めた。


「全員楽にして。待たせたわね候補生諸君。これより、待ちにまった射撃訓練を始める。上級生は下級生に良いところを見せようとして、怪我しちゃダメだからね。下級生も上級生の言う事に従う様に。一歩でも間違えたら、棺桶に入って()()を去ることになるから。ま~私の可愛い候補生達に限って、そんな事は無いと思うけどね」


 アレクシア教官の言葉に候補生達から笑いが出た。恐らく教官なりに緊張を解そうとしているのだろう。

 するとアレクシア教官が咳払いすると、候補生一同から笑いが消えた。


「冗談はさておき、新しい教官を紹介する」


 アレクシア教官が合図を出し一歩下がると、新任の教官が前に出た。


「初めまして候補生諸君。憲兵隊から異動して来ました。名はヨハンと言います。ヨハン教官と呼んでください」


 女子の候補生達から黄色い歓声が上がるが、アレクシア教官が睨みつけると皆が黙り込む。


「はいはい、女子は静かにしなさい。射撃訓練はヨハン教官が主に教えるからね。女子はよそ見して怪我しない様に。下級生は的に当たらないからって落ち込まない事。最初から当てられる人はいないから。では訓練開始!」


 アレクシア教官の合図の元、武器庫の扉が解錠された。ヨハン教官とアレクシア教官が一人一人にライフルと実弾を手渡していくが、何故かヨハン教官の方が列が長く、しかも大半が女子ときた。

 ラインハルトとヴィクトリアはアレクシア教官の列に並んでいたが、ヴィクトリアがヨハン教官の方に出来た列を見ながら聞いてきた。


「ラインハルト。なんで皆してヨハン教官の方に並ぶんだ? あんなに並んでいたら、貴重な射撃訓練時間がなくなるだろ」

「たぶん普通の女の子にとっては、アレが訓練よりも貴重な時間なんだと思うよ」

「そうか……私には分からんな。確かに見てくれは良いが、射撃訓練の方が貴重だな。何せライフルの貸し出しは教官の許可が必要だからな」


 ライフルを受け取り、訓練場に駆け足で行く候補生達をヴィクトリアは羨ましそうに眺めている。

 その言葉と行動にラインハルトは何故だか安心感を覚えた。


「ヴィッキー。射撃訓練の方が貴重って言ってくれてちょっと安心したよ。君は花より団子なんだね」

「なぜ私が射撃訓練の方が貴重と言って、お前が安心するんだ? それにハナヨリダンゴって何なんだ?」

「僕の国の言葉で、意味は……知らない方がいいと思うな。あはは」


 態とらしく笑う草食系動物。しかし黄金の獅子は見逃さなかった。


「気になるな。何となくだが、バカにされている気分になる」

「バカになんかしてないよ。傷つくな~ヴィッキー。僕は褒めているんだよ。君が訓練に熱心な事にね」

「嘘をつくな、顔に書いてある。お前は嘘が下手だからな。嘘をついてる時は、しまりの無い顔が余計にしまりがないからな」


 ヴィクトリアも悪意は無いのだが、端から聞いていれば完全に貶している。

 だが、そんなヴィクトリアの言い方にもラインハルトは慣れてしまい、もはや入学二週間で何とも思わなくなってしまった。


「しまりの無い顔は流石に酷いな~。こう見えてやる気だけはあるから」


 ガッツポーズをするラインハルトを見て、ヴィクトリアは溜息混じりに貶した。


ナール(バカ者)……」


 いつもの調子でラインハルトを貶していると、ヴィクトリアの番がまわって来た。

 アレクシア教官から木製ライフルを手渡され、まるで新しいオモチャを手に入れた子供みたく、ヴィクトリアは瞳を輝かせていた。

 帝国軍士官学校が使うライフルはkay(ケイ)98ライフルという、装弾数五発のボルトアクション式木製ライフルで、しかも旧式だ。

 他にも短機関銃や突撃銃等もあるが、古参の兵士でも愛用している者もいる。

 故に候補生が最初に扱うライフルとして選ばれている理由だ。

 ラインハルトの番にまわってくるとアレクシア教官が笑顔で手渡してきた。


「シュヴァルツ候補生、マラソンタイムは散々だったと聞いているわ。皆にあなたの凄さをみしてやりなさい。遠慮は要らないわ、私が許可します」

「わかりました……」


 ラインハルトの煮え切らない言葉にアレクシア教官は肩を叩いて向かわせた。

 ラインハルトはライフルを肩に担ぎながら射撃場に向かう。既に撃ち初めている候補生がいるみたいで乾いた銃声が鳴り響いている。

 射撃訓練では、まずそれぞれの模範生徒が手本をみして、下級生が次に撃つ。

 二人の模範生徒にして上級生のモニカとレベッカが手本を見せた。

 ボルトハンドルを起こして、薬室を開放する。開放した薬室内にクリップ式の弾薬を装填し、再びボルトハンドルを操作し薬室を閉じる。


「いいか、まず私とレベッカが見本をみしてやる。目標は百メーター先の的だからな」


 モニカが説明すると二人はライフルを構えた。

 静かに息を吸い、狙いを定める。まるで空気と一体になろうとしてるみたいに。

 そして乾いた銃声が二発。

 耳を塞ぎながらでも、体に銃声が鳴り響く。

 二人は急いでボルト操作し排莢。またたく間に次弾装填し再び撃つ。

 これを計五回繰り返し、最後は薬室を開放して弾が残っていないか確認をしてライフルを台に載せた。

 アレクシア教官が双眼鏡で的を確認する。


「モニカ上級生、中三(なかさん)至近二(しきんに)。レベッカ上級生、中二!至近三。相変わらず、上級生の中では一番の選抜射手ね」


 人型の的には頭に二発、胸に三発当たっていた。


「ありがとうございます。モニカ、賭けは私の勝ちだから」

「バカ言え。賭けは下級生を含めた合計だろ」


 アレクシア教官の言葉にレベッカは鼻高々にモニカを見る。どうやら賭けをしていたらしい。

 中三や中二は的の中心点に対して有効打撃判定内、詰りは一撃必中ではないが相手に傷を追わせた事になる。

 中は腹部で至近は限りなく頭、もしくは心臓に近く当たった事を意味し、文字通り一撃必中だ。


「手本は見せたから、二人共やってみろ。最初から的に当てようと思うなよ。最初は感覚を掴めるだけでいい」


 周りの下級生達は自分の的には当たらず、隣の的だったり地面に着弾している。

 二人はライフルを構えるなり、互いの顔を見る。


「ラインハルト、どちらが至近に多く当てられるか私達も賭けをしよう。負けた方が今日の夕食のデザートを無条件で明け渡す。いいな?」

「いいけど、たぶん僕が勝つと思うよ」


 下級生二人の賭けをすると聞き、アレクシア教官が模範生徒二人を睨みつける。

 すると二人は態とらしく顔を掻いたり、口笛を吹いて誤魔化す。その光景にアレクシア教官は溜息をついた。

 先に撃ったのはヴィクトリアだった。鮮やかかつ華麗に連射して薬室を開放する。


「アルムルーヴェ候補生、中二、至近は三!」


 アレクシア教官の言葉にヴィクトリアは鼻高々にラインハルトを見る。


「悪いな。賭けは勝ちだ」

「ま~ま~だね」


 ラインハルトの落着きぶりにヴィクトリアは驚く。いつものラインハルトなら「流石はヴィッキー。僕なんかじゃ始まるまえに、勝負はついてるね」等と言って降伏するのに。

 そのラインハルトが射撃を始めた。

 連射速度はヴィクトリアより遅い。なのに双眼鏡を持つ模範生徒二人が歓声をあげる。

 特にモニカは段々と歓声から悲鳴に変わっていく。

 全弾撃ち終わり、薬室を開放する。

 直ちにアレクシア教官が双眼鏡を覗き込み結果を発表した。


「シュヴァルツ候補生、中一、至近は四! 下級生の中で一番上ね」


 至近は四と言った瞬間、レベッカがラインハルトを抱き締めながら喜こび、モニカは地面にひれ伏しながら悔しがっている。

 一方のヴィクトリアは結果が信じられないのか呆然と立ち尽くしていた。


「悪いね、ヴィッキー。賭けは僕の勝ちだ」

「あ、ありえない。ライフルだって初めて触るはずだろ?」

「実は――」


 ラインハルトが言おうとした瞬間、アレクシア教官がヴィクトリアの肩を優しく掴んだ。


「アルムルーヴェ候補生。実はシュヴァルツ候補生は義理の親御さん……詰りは、養父から狩りの仕方を教わっていたの。だからライフルの扱いは他の下級生よりも頭一つ二つ抜けているのよ」


 アレクシア教官の説明に納得はしたみたいだが、勝負の結果には納得してないみたいだ。


「ならばもう一回勝負だ。まだ負けた訳ではないからな」

「え~勝負は一回きりじゃないの?」

「いつ私が一回きりと言った? 納得いくまで勝負だ」


 まるで子供がゲームに負けて、自分が勝つまでやると暗に言っているようだ。

 もはやそうとしか思えない。

 正に『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)


「分かったよ……。君が納得いくまでやろう」

「うむ。言っておくが、私に勝たせようと手を抜いたら許さないからな」

「ばれたか」

「私を甘く見るな。さっきも言ったが、嘘をついてる時は余計にしまりの無い顔になってるからな」


 黄金の獅子に、作戦を呆気なく看破され草食系動物は天を仰ぎながら溜息をつく。

 そしてライフルに弾を込め、黄金の獅子が納得いくまで付き合う嵌めになった。

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