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アレクシア教官

 夕食時間が終わると各々自由時間を謳歌した。特別に許可された者は射撃訓練場に行き、自分の相棒(ライフル銃)との孤独の時間を楽しんだ。

 またある者は教官に懲罰を言い渡され、二人で仲良く啀み合いながら皿洗いをしたりとだ。

 もっとも大半の生徒は湯殿での癒しを一番の楽しみにしている。

 食事が終わるなり、競歩で部屋まで戻る。走るとどっかの新入生みたく不名誉な伝説を打ち立てるからだ。

 部屋は男女共用だが、流石に寮の湯殿やトイレは男女別に用意されている。

 一部男子候補生達からはフェーニクス校長に湯殿も男女共用に、我らも怠惰の謳歌をと嘆願書を出そうと画策していたがアレクシア教官にあっさりと看破され、それは見事に散ったと言い伝えられている。

 夜の闇が深くなろうとしていたが、黄金獅子の髪は闇夜をものともせず輝いていた。

 指揮官のみが持つのを許される指揮棒では無くて、デッキブラシを持ちながらか弱い草食系動物に噛みついていた。


「おいラインハルト、早く床を磨け! 早くしないと私達の湯浴みの時間まで無くなるだろ」

「分かっているけど……。ここの湯船は無駄に広いんだよ」


 ラインハルトはブラシの先端に顎を置きながら湯船を見た。湯船の大きさは軽くみても五十人は余裕で入れる大きさだ。

 この大きな湯船が男女別に用意されているから気が遠くなる。


「無駄口を叩くな。男性用は終わって、後はここだけなんだよ。ここが終れば湯を張って私達も湯浴みが出来るんだぞ」

「分かってるよ。たく……そもそも誰のせいで僕まで女性の湯殿を清掃していると思ってるんだか」

()()言ったか?」

「べ、別に!」


 獅子に睨まれか弱い草食系動物は床を磨きを再開した。

 そもそもラインハルトが女性用の湯殿を清掃しているのには理由がある。

 男性用はラインハルト。女性用はヴィクトリアと、二人で別れて担当したのだが、ラインハルトは一点失念していた。

 ラインハルトが男性用湯殿の清掃が終わり、そろそろ終わった頃と思い様子を見に行くと、そこにはデッキブラシを持ったヴィクトリアが茫然と立っていた。

 ヴィクトリアはラインハルトを見るなりある事を尋ねた。


「ラインハルト、私は湯殿の清掃はやったことが無い。どうやればいいか指南してくれると助かる」

「え……」


 ヴィクトリアの先には、まだ湯が張った状態の湯船がある。


「一応聞いとくんだけど、湯船の清掃ってやった事ある?」


 ラインハルトが苦笑いしながら聞くと、ヴィクトリアは自慢気に言う。


「ない」

「一度も?」

「一度もだ。お前しつこいな。私は皇族なんだぞ? 身辺周りは全て侍女がやってくれていたからな」

「あ~だよね。一応確認したまでだから」


 ラインハルトは両目に手を当てながら天を見てしまう。

 そのラインハルトの目の前にいる女の子は『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』の王女様で、とんでもなく世間知らずな女の子だということを失念していた。


「えっと、まずは湯船のお湯を抜いてくれるかな? そしたら洗剤をかけて、ブラシで擦るんだよ」

「うん、分かった」


 ラインハルトの言葉に素直に従い湯船の栓を抜いた。

 目の前にある巨大な湯船から、みるみるうちにお湯が抜けていき、黄金の獅子は湯船の淵にしゃがみながら物珍しく眺めていた。


「すごいな。初めて見たぞ」

「それは良かった。君にとって、この世界は驚きに満ちてるね」

「ば、バカにするな! これくらいで驚く私ではない」


 顔を赤らめながらラインハルトを見上げるが、いつもの調子で「はいはい」と言って流した。

 それからは洗剤を撒いてひたすらブラシで磨いて、終わったらホースで水を撒く。


「ラインハルト、ちょっとこっちを見てみろ」

「え? ――ぶはっ!?」


 振り向いた瞬間を狙って、顔面に思いっきり放水を掛けてきた。


「あはは。しまりの無い顔が余計にしまりの無い顔になったな――ぶはっ!?」


 今度はラインハルトがヴィクトリアの顔面に放水をかけた。


「君こそ、その姿は黄金獅子じゃなくて、まるで黄金の猫だよ」


 確かにずぶ濡れのヴィクトリアは、まだあどけなさが残る少女で、立派な黄金獅子というよりは黄金の猫の方が似合っている。


「む~やったな! 我らアルムルーヴェをバカにするな」


 ヴィクトリアが再びラインハルトを狙うが避けられてしまう。


「君の攻撃なんて当たらな――痛たっ!?」


 上手く避けていたが、床に撒いてあった洗剤に足を取られ滑ってしまった。


「大丈夫か!? ラインハ――痛っ!?」


 駆け寄って来たヴィクトリアも尻もちをついてしまいラインハルトの横に倒れ込んだ。

 二人して互いの顔を見たら笑いが汲み上げてきた。

 そして天井にある天の川を描いたステンドグラスを見ながら笑い合う。

 今この瞬間だけは、士官学校の候補生ということを忘れて、年相応の少年と少女で人生を楽しむ。


「あ~久しぶりにこんなに笑ったよ」

「私もだ。王宮に居たときは、侍女達がうるさくて味わえなかった」

「本当に? 僕なんか、入学前の学校じゃクラスの皆でプール掃除とかしたよ」


 ラインハルトは天井を見つめるヴィクトリアに言うと、彼女は少しだけ寂しげな声で語り出した。


「お前がちょっとだけ羨ましい。私は王宮育ちだったから普通の学校には行けなかった。勉強は殆ど侍女達が教えてくれたから。幼年学校では……その……友達と呼べる者は居なかったんだ」

「ヴィッキー……」

「哀れな獅子だろ? 笑ってくれて構わないよ。幼年学校ではアルムルーヴェだから、皇族の人だからって言って、誰も声を掛けてくれなかったんだ。王宮にいると皆が私を色眼鏡で見ながら、陰で色々言うんだ。ヒルデガルドお婆様の方が生粋のアルムルーヴェらしいとかな。終いには本当にアルムルーヴェの血を受け継いでいるのかすら怪しいと言われる始末だ」


 ヴィクトリアは思った。目の前にある広大な天の川がある宇宙に行けたらどんなに楽に生きられるのかと。

 なぜ人類は羽ばたける宇宙を捨て、再び重力に縛られる生き方を選んでしまったのかと人類の祖先を少しばかりか恨んでしまう。


「だから私は皇帝になりたい。皇帝になって、陰で色々言ってきた連中を見返してやりたい。私こそが真のアルムルーヴェだと」


 ヴィクトリアは天の川に手を伸ばし、握り締めながら決意を述べたが隣の少年は笑いを押えていた。


「ラインハルト、何がおかしい! 場合によってはお前でも許さないぞ!」


 ヴィクトリアが真剣な表情で隣の少年を見る。

 すると隣の少年も真剣な表情で焔の瞳を見つめていた。


「許さないのはこっちだよ。君は言ったね。私には友達がいないと。今、君の隣に居る僕は一生の戦友じゃないの? それに君のお婆様の方が生粋のアルムルーヴェらしいだって? 笑わせないでよ。少なくても僕の知っている君も生粋のアルムルーヴェだよ。いちいち言い方が上から目線で傲慢だし、皆を見返してやりたいと思うのは強欲だしね。僕の顔を見て、やる気の無い顔なんて言うのは君だけなんだから。それに僕は真剣に頑張ってる奴を笑ったり、陰でこそこそと陰口言ったりは絶対にしないからな!」


 ラインハルトの言葉にヴィクトリアは申し訳なさそうな表情になる。


「……そうだったな。許して欲しい、ラインハルト。お前は誇り高い男だ」

「僕の方こそごめん」


 互いに謝罪を受け入れて、二人は立ち上がる。

 湯船の栓をしてお湯を張るラインハルトにヴィクトリアが疑問を投げ掛ける。


「ラインハルト。一つ聞いていいか?」

「なんだい?」

「お前の言い方だと、私を貶しているのか褒めているのか、いまいち分からないんだが」


 ラインハルトが言った言葉。いちいち言い方が上から目線だとかが、ヴィクトリアには疑問に思ってしまった。

 そしてラインハルトの言葉も、彼の性格をよく現している。


「そうだね……厳密に言うと両方? かな」

「相変わら締りのない言葉だな。まぁいい、今回は見逃してやる」

「見逃してくれて助かるよ。僕みたいな草食系動物は肉食系動物に直ぐに食べられちゃうからね。内心ヒヤヒヤしてたんだ」

ナール(バカ者)。それなら安心しろ、我らアルムルーヴェは食べ物にはうるさいから」

「それを聞いて安心して眠れるよ」


 思わず互いの顔を見て笑いが汲み上げて来た。

 お互いにバカな比喩的表現をしあって可笑しくなってしまったのだろう。

 笑い合う二人の背後から怒れる猛者が忍び寄り、二人の肩をがっしりと掴む。

 恐る恐る二人が振り向くと、笑顔のアレクシア教官が立っている。


「私、無粋な人間じゃないの。だから、年頃の男女のお楽しみ時間を邪魔する気は無いのよ。それは分かってくれるわよね? ()()()


 笑顔のアレクシア教官。だが表情は笑顔なのだが、言葉には明らかな怒りを感じる。

 急いで二人は首を縦に何回も振り頷いたが、時すでに遅し。

 アレクシア教官は大きく息を吸うと、力いっぱい叫んだ。


「あなた達! いつまで掛かってるのよ、就寝時間はとっくに過ぎてるわよ!!」


 アレクシア教官の怒りの声が、就寝時間中の寮中に響き渡り、部屋の明かりが一斉に点いてしまった。

 それから二人は就寝点呼に遅れた罰として、懲罰が一週間上乗せされてしまい、一日に二回も懲罰を食らった新入生という極めて不名誉な伝説を打ち立ててしまう。

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