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模範生徒

「皇帝になる!」と高らかに宣言したヴィクトリアの言葉を、皇帝ヒルデガルドは冷笑して突き放す。

 皇帝の警護を任せられている親衛隊がヴィクトリアとヒルデガルドの間に出ようとするが、ヒルデガルドは手を少しだけ上げて制止した。


「構うな。お前達が我が孫娘の戯言にいちいち反応してどうする? 愛しくも愚かな孫娘が余計に喜んで図に乗るであろうに」


 ヒルデガルドの言葉に親衛隊は頭を下げて定位置に戻る。

 そしてヒルデガルドは進行役の女性教官に視線を送り、急いで教官が読み上げた。


「こ、これにて式典を終わります。引き続き、模範生徒による班編成を発表! 模範生徒に呼ばれた新入生は直ちに模範生徒の前に整列せよ!」


 士官学校においては三年生が新入生の面倒を見るのが決まりだ。二年生は海洋実習に出る為に留守にしているが、自習における射撃訓練や軍事教練、騎馬戦における乗馬など、軍における作法等を教えるが模範生徒の役目であり義務だ。

 そして班編成は模範生徒二人に対して新入生二人を一班とし、これが何十班も編成される。

 次々と担当する模範生徒が生徒を読み上げられるが、少年とヴィクトリアは呼ばれない。


「次! 第七班、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ。ラインハルト・シュヴァルツ!!」

「はい!!」

「は、はい!」


 元気よく返事するヴィクトリアに対して、ラインハルトは気後れた返事をしてしまった。

 急いで模範生徒に駆け寄る間に周りを見たが、何故だか皆が気の毒そうな表情を見せていた。

 皇族と一緒なんて目立ってしょうがない。出来れば普通に卒業したいと思ってしまう。

 ヴィクトリアとラインハルトを担当する模範生徒は二人とも女性だった。

 一人は名前を読み上げた生徒で、白銀色の長髪を頭の後ろで一つ結び纏めている。鋭い眼孔をしており、睨まれたら心臓が止まってしまいそうだ。

 もう一人は対称的に優しい雰囲気を醸し出していた。おっとりとした顔つきで、栗色の髪を三つ編みにリボンで編み込み、それを頭の後ろで纏めている。

 この一見して対称的な二人だが共通項が一つだけあった。

 二人共、容姿端麗という言葉がよく似合う。


「早くしろ! 遊びでお前達を指導するんじゃないんだぞ!!」

「はい!」


 白銀の模範生徒がさっそく激を飛ばして急かす。

 急いで整列すると先程の模範生徒が微動だにしない二人に、更に激を飛ばす。


「上級生には敬礼だ! 基本も出来ないのか!? 出来ないなら帰れ!」

「も、申し訳ありません!」


 急いでぎこちなくだが敬礼をした。横を見ると流石のヴィクトリア顔にも緊張が伺える。

 これには無理もないとラインハルトは思った。

 顔は綺麗だが、かなり恐い模範生徒が第一印象だ。

 二人が敬礼すると同時に模範生徒二人も敬礼を返し、楽にしろと言う。

 顔は綺麗だが、恐い模範生徒が口を開いた。


「私は三年生のモニカ・バルツァー。アルムルーヴェ候補生を一年間担当する。こっちの三年生が、ラインハルト候補生を一年間担当する事になっている」


 モニカに照会され栗色の模範生徒がラインハルトに手を振りながら挨拶した。


「三年生のレベッカ・アルペンハイムです。宜しくね、ラインハルト君」

「は、はい。宜しくお願いします」


 レベッカと話していると何だか気分が落ち着いてさまい、ここが帝国軍士官学校だってことを忘れてしまう。

 見ているだけで、大半の人は癒されるのでは無いかと思ってしまう程。

 直ぐにモニカが咳ばらいし、仕切り直す。


「私が班長で、レベッカが副班長になる。分からない事があれば何でも聞くように。聞くのは恥ではないからな、聞かないで分からないままにしとく方が恥と思え。分かったな?」

「はい!」


 最後の言葉を言っている時、なぜかモニカはヴィクトリアを見ながら言っていた。

 まるでヴィクトリアにだけ言っている様に。

 そしてモニカがヴィクトリアの前に立ち、視線を合わせる。


「最後に一つだけ言っておく。他の模範生徒ならいざ知らず、私は依怙贔屓が大嫌いだ。皇族だろうとアルムルーヴェだろうと、私は別け隔てなく指導する。いいな?」

「はっ! 了解であります」


 レベッカの鋭い眼孔を物怖じせずに、ヴィクトリアは焔の瞳で見つめる。

 三年生相手に一歩も退かず、流石はアルムルーヴェといった所だろう。

 ただならぬ空気を断つ様にレベッカが手を叩いた。


「はいはい、お終いよ。まったく、いつまで二人して見つめ合ってるのよ。校舎の案内という退屈……いえ、大変重要な任務があるでしょうが」

「そ、そうだったな。二人共、ついて来い!」


 その後はモニカとレベッカ、両三年生が校舎の案内をしてくれた。

 修練場ではライフルを用いた銃剣格闘や騎馬戦における馬術を学ぶ場所と教えられた。

 修練場の近くにある裏山では模擬戦闘を行う場所だとも言われた。

 教室は座学による軍事教練を学ぶ所や、大聖堂の様に巨大な食堂がある。

 以外だったのは水泳訓練をやる為にプールまでもが用意されていることだが、何故かプールの場所ではヴィクトリアの顔に汗が浮かんでいた。

 そして最後は寮の説明だ。

 三階建ての寮になっており、一階は浴室と談話室があり、二階三階は寝台の部屋だ。

 真中に廊下があり、左右に部屋がある。

 因みに廊下の入口には宿直当番の部屋……つまりは見張りの生徒用で、当番制で夜中に脱け出す生徒がいないか見張ってるのだ。

 部屋の中には二段ベットが二つ用意されており、模範生徒が下段で新入生は上段と決まっている。

 ここでラインハルトがモニカに質問した。


「あの……部屋は男女別ではなく一緒なんですか?」


 この質問は極めて重要な質問なのだ。仮にも女性と寝台が一緒だと、お互いに不都合が色々と生じるかもと思ったのだ。

 だが、モニカの答えは予想を裏切られる形で言われる。


「当たり前だ。軍隊に男も女も関係あるか。先代の皇帝陛下までは男女別の寮だったが、現皇帝陛下は軍隊という特殊な環境下においては男も女も関係ないし、敵も考慮しないと仰られて以降は男女一緒だ。何か不都合があるのか?」

「い、いえ。僕……私はありませんが……」


 言葉を濁す様に言いながらラインハルトは三人を見る。

 ヴィクトリアとモニカは分からない様だったが、レベッカがポンっと両手を叩く。


「あ、そっか~。()()()()()()だもんね」


 直ぐ様モニカの耳に耳打ちする。

 するとモニカもラインハルトが言わんとしている事が分かったのか口を開いた。


「安心しろ。まかり間違ってもお前に欲情したりしないから、夜は安心して寝ろ。それに着替えの場合は流石に仕切りのカーテンがあるからな」


 モニカが見てみろと言わんばかりに天井を指差した。そこには確かにカーテンレールが付けられている。


「なら大丈夫です……はい」


 まかり間違ってもラインハルト自身も模範生徒に欲情したりしないが、流石に面と向かって異性に言われると情けなくなる。

 そんなラインハルトを見てレベッカが、そっと耳打ちした。


「寂しかったら、いつでもお姉さんの寝台に来てもいいんだよ? 君ならいつでも歓迎だからね」

「えっ!?」


 ラインハルトが振り向くと既にモニカとレベッカが廊下に出ていた。

 何でも案内が終わった後は模範生徒の集りがあるみたいだから、夕食の点呼まで自由時間でよいと命令し立ち去ってしまう。

 部屋にヴィクトリアと二人きりになってしまった。

 寝台の上に置いてある荷物を静かに整理し始めるヴィクトリア。

 何とも言えない雰囲気が漂い、何か話題を振ろうとするが間が悪い事にラインハルトは何も思いつかない。

 すると荷物を整理しているヴィクトリアが背中を向けながら独り言の様に呟く。


「安心しろ。間違っても寝ているお前を襲ったりはしない。だから夜は安心して眠っていいぞ」

「え!? あ、あぁ。まぁ……取り敢えず安心したよ。うん」


 もはや自分で何を言っているのか分からなくなってきた。

 何もしないで突っ立っていると恥ずかしさの津波に心が堪えられそうないから、ラインハルトも荷解きを始めた。

 荷物といっても士官学校には娯楽の品は持ち込めないし、持ち込めても本などのお堅い娯楽だけだ。

 教科書を机の棚にしまいながらラインハルトは意を決して、あのとき聞けなかった事と言えなかった事を口に出す。


「あの……さっきは修練場の場所まで案内してくれてありがとう。お陰で助かったよ」


 何とも弱々しくお礼を言うラインハルト。普通の事なのに、すごく勇気がいる様に感じてしまう。

 もしかしたら、かの有名なアルムルーヴェだから体が反射的にびくついてるのかも。

 もしくは年頃の男の子みたく異性の前だから緊張してしまうのかと思ってしまう。

 背中越しに聞きながらヴィクトリアは、いつぞやの皇帝ヒルデガルドみたいに短く、かつ呆気なく言葉を述べる。


「気にするな。哀れに困っている国民を助けるのも皇族の義務だからな」

「あ……義務ねぇ……」


 流石は『傲慢にして、強欲のアルムルーヴェ』と言わざるえない。

 言葉の端々が上から目線というか、アルムルーヴェがなぜ傲慢と言われるのか、ラインハルトは身に染みて分かってきた。

 そして最後に聞けなかった事。


「ねぇ、良かったら君の名前を教えてくれないか?」


 ラインハルトの言葉にヴィクトリアは少し戸惑いの表情を見せる。


「名前なら既に知っているであろう。お前、式典で寝ていたのか?」

「残念ながら起きていたよ。君の宣言も一言一句記憶にある。それに、僕の国では親しくなりたい人とは顔をつき合わせて名乗るんだよ。未来の皇帝さん」


 ラインハルトとの言葉を一言一句聞き逃さず、そして不安に揺らめく焔の瞳がラインハルトの瑠璃色の瞳を見つめる。


「親しく? お前が私とか?」

「そうだよ。生憎と、この部屋には君と僕しかいないから、必然的に君になるね。それに士官学校の言葉を借りるなら、寝台を共にする者は一生の戦友になるから」

「一生の戦友か……」


 にこやかに笑いかける少年。するとさっきまで怪訝そうな表情をしていた少女の顔から笑みが浮かび上がり、少女は少年に名前を告げる。


「私の名は、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ。お前は私の……一生の戦友になる者だ」

「僕の名は、ラインハルト・シュヴァルツ。君の一生の戦友になる男だよ」


 互いに挨拶するとラインハルトがヴィクトリアに手を差し出した。ヴィクトリアが戸惑っていると『こうやって手を結ぶんだよ。信頼(友好)の証としてね』言い、ヴィクトリアも理解したのか、手を差し出して握手した。


「よろしくね、ヴィッキー」

「ヴィッキー?」


 ラインハルトの言葉にまたもヴィクトリアは怪訝そうな表情になるが、慌てて説明した。


「ごめんごめん。僕の故郷では、親しくなりたい人にはニックネーム……つまりは愛称で呼ぶんだ。ヴィクトリアだから親しみを籠めて、ヴィッキー。あ、もしかして嫌だったかな?」


 慌てふためいて説明するラインハルトを見て、急にヴィクトリアがお腹を押さえて笑い始めてしまう。

 訳が分からなく戸惑っているラインハルトを、これまた『傲慢にして、強欲のアルムルーヴェ』の片鱗を見せつける。


「あはは。親しみを籠めてヴィッキーか……気に入った、ラインハルト。よい、()()()()()呼ぶのを許す。我が一生の戦友よ」

「気に入ってもらえて良かったよ。改めて、よろしく。ヴィッキー」

「うむ。よろしく、ラインハルト」


 皇族と平民などの出自に関係なく手を取り合う、ラインハルトとヴィクトリア。

 こうして波乱に満ちた二人の士官学校生活が始まる。


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