胎動する星たち
人類暦1500年帝国暦990年帝都ユグドラシルの王宮にて、式典終了の数日後。
暖かな日射しが帝都を明るく照らすが、闇を照らす光でさえも憚られる場所がある。
王宮の数ある執務室の一室にて一人の男性が呼ばれた。
扉を開ける前にノックして姓名を名乗る。
「憲兵隊、ヨハン中尉。ただ今出頭しました」
「……入れ」
扉のおくから萎れた声が聞こえ、ヨハン中尉に入るように促す。
促され扉を開けると、中は昼間だというのに薄暗い。
部屋の真中にはテーブルとソファが置かれており、奥の執務用の椅子には老人が座っていた。
天井に吊るされているシャンデリアや机の上に置かれている蝋燭の炎が揺らめいている。
その揺らめいた明りが老人の肌の皺を照し、不気味さを一層醸し出していた。
老人は椅子に座りながらヨハン中尉に座る様に促した。
そしてヨハン中尉は座るなり事の本題を聞こうとする。
「フリードリヒ侯爵閣下。なぜ貴方が一介の憲兵隊たる私を呼び出したのですか?」
「そう身構えるな。貴官も皇帝陛下の孫娘が士官学校に入学したのは聞いているだろ?」
「有名人ですから一応わ。なんでも式典で畏れ多くも陛下に指を指して『私が皇帝になる!』とか……」
「左様。いくら現皇帝の孫娘とはいえ、畏れ多くも陛下に指を指すなど不敬に値すると思わんかね?」
フリードリヒが机に置かれた紅茶を飲みながらヨハンを見る。
「ですが、陛下は一蹴して罪にも問わなかったと小官は聞いております。陛下が御許しなさった事を、皇帝陛下の臣下たる我々……まして侯爵閣下が咎める事は、些か越権行為と思われますが?」
「これはこれは、以外と貴官は手厳しいな。私は帝国の為、ひいては未来の皇帝陛下の為を思って言っているのです。言っている意味はお分かりですかな?」
鋭い視線がヨハンに注がれる。
「さて……小官の様な乏しい知恵の者には何を言っているのか分かりかねますが」
「私は将来、帝室に仇なす者の芽を若い内から摘んでおきたいのだよ。何もアルムルーヴェだけが皇族では無い。アルムルーヴェは、かつては五大皇族の内の一つ、今は四大皇族の内の一つに過ぎないのだよ。そして皇族はあと三つあるのだから、ここでアルムルーヴェが潰えたところで、さして帝国には影響あるまい」
「閣下!それは反逆罪に――ッ!?」
その言葉にヨハン中尉がソファから立ち上がろうとしたが、後ろから秘書が肩を押え込み座らせた。
フリードリヒが椅子から立上がり、窓から王宮の庭園を見つめ、窓にはフリードリヒの顔が反射する。
その悪魔の様な表情にヨハン中尉は唾を呑む。
「ヨハン中尉。聞いたところでは貴官の妹君は病に伏せっており、治療に多額のお金が必要と聞いたぞ?」
「……何が言いたいのですか」
「なに簡単な事だよ。若い花が咲く前に早々に切り落として欲しいのだよ。そうすれば他の花達に栄養が行き渡り、美事な花を咲かせるからの。引き受けてくれれば妹君の治療費は、この私が責任を持って何とかしよう。憲兵隊の給金ではなにかと大変だろうからな」
ヨハン中尉は座りながら力一杯に手を握り絞めた。
憲兵隊の義務として今の会話だけでフリードリヒ侯爵を帝国と皇帝陛下に対する反逆罪で逮捕出来る。
しかし逮捕すれば妹の治療費が払えず、やがて死を迎えるしかなくなる。
妹はまだ10代の女の子だ。死ぬには若すぎる年齢と思うと、余りにも不憫すぎて奥歯を強く噛み締めてしまう。
「……分かりました。謹んでお受け致します、閣下」
「それは助かりますな。既に妹君は帝国一の病院に転院手続きを済ましておいた。士官学校には教官として赴任出来るよう手続きは―――」
フリードリヒが喋っている所で、ヨハン中尉が話を遮った。
「但し条件があります」
「……ほう条件とは? 儂に出来る事なら」
「簡単ですよ。いくら秘密裏とは言え、仮にも皇族殺しは死罪。下手したら家系全体が断絶されます。成功したら二階級特進と、閣下が言う未来の皇帝が即位した時には、私を憲兵総監にして頂きたい」
「分かった……可能の限り善処しよう」
「互いに約束が守られる事を願います。では小官は失礼します!」
ヨハン中尉は立上がり敬礼してから部屋を立ち去った。
テーブルに置かれたカップを片付けながら秘書がフリードリヒに疑問を問い掛けた。
「閣下、あ奴は成功しますかね?」
「分からぬ。だが、人間は追いつめられると実力以上の力を発揮するからな。それに戦いはより多くの駒を持っていた方が勝てる確率が高いからな」
「成る程。奴がしくじっても代わりはいると」
「そういう事だ」
「しかし、あの花の皇位継承権はアルムルーヴェの中でも第二位。第一位の花は如何されます?」
「心配には及ばん。こちらから手を打たなくても、あちら側が打つ。それに現皇帝はおろか、先代や先々代もアルムルーヴェだったんだ。ここで違う皇族から皇帝になった方が帝国の為、延いては他の皇族の為に良かろう。ガス抜きは必要だからな」
「辛いお立場、心中お察し致します。閣下」
そう言うと秘書は執務室の扉を締めた。
王宮内には特別な部屋が一つある。どの役職の人間よりも一際特別な部屋。
その特別な部屋は白い床に基調とし、部屋の主人に繋がる道は深紅の絨毯が引かれている。
その部屋は現皇帝、ヒルデガルド・フォン・アルムルーヴェの執務室。
ヒルデガルドは執務室から見える庭園が御気に入りだったと私的な日記にも書かれていた程にだ。
皇帝の公務は連日激務が当たり前で、こうやって暇を見つけては花を見て癒されていた。
そんなヒルデガルドの執務室に一人の男性が入って来た。
黒いブーツにフィールドグレー色の乗馬ズボン。下と合わせる様にフィールドグレーの上着、胸から右肩にかけて参謀飾緒を着けている。
手には制帽と黒いファイルを携えて執務室に入室する。
「失礼します、皇帝陛下。お疲れのところ申し訳ありませぬが、急ぎ陛下のお耳にいれなくてはと思い――」
「前口上はいい。私は回りくどいのが嫌いですから。ちょうど貴官を呼ぼうと思っていたところです、オズワルド・ヴェスター大佐」
「はっ。連邦軍に――」
「開戦の兆し……ですか」
ヒルデガルドが見事にオズワルド大佐が言おうとした事を言い当ててしまう。
「陛下の御察しの通りです。しかし、何故お分かりに?」
「考えれば分かる事。あれから十年も経ったのですよ。連邦軍が軍備を整えるには十分過ぎる時間です。そろそろ痺れを切らしてもおかしくもありません。なにせ、あちらは大統領選なるものが近いと聞きますからね」
あれから十年とは中立を宣言していた四季国の事だ。
そしてティーカップに注がれたお茶をゆっくりと飲みながら説明するヒルデガルド。その物怖じしない姿は正しく戦上手のアルムルーヴェとオズワルド大佐は思った。
「陛下の御賢察恐れ入ります。恐らく連邦軍は――」
「で、いつ頃開戦するのですか?さっきも言いましたが、私は回りくどいのが嫌いなので」
ティーカップの淵からオズワルド大佐を見る焔の瞳。
その焔の瞳が僅かながら紅く光っている様に見え、オズワルドは思わず視線を下にさげた。
アルムルーヴェにまつわる数ある噂の一つにこうある。
『生来穏やかなアルムルーヴェ、その焔の瞳が紅く光っている時は本気で怒っている時』と。
「か、開戦時期は早くても来年の八月の前かと思われます! 情報部の目算ですと、敵主力は歩兵部隊。並びに野戦砲が主力の模様……で、あります!比が兵力差は三体一で、依然として我軍有利と大本営も考えています」
次第にヒルデガルドの瞳が普通に戻り、オズワルド大佐は一安心してしまう。
なにせ、怒ったアルムルーヴェなど見たくもないし、見たいとも思わない。
あの『傲慢にして、強欲のアルムルーヴェ』のことだ、宥める前に死人が出るかもと。
ヒルデガルドはティーカップにあるお茶を少しだけ飲むと、壁に掛けられてあるユーレシア大陸を見た。
帝国はユーレシア大陸の中央部と北部を領土に、東部を含め三方面を諸外国に囲まれ、戦略上は極めて微妙な立ち位置にたたされている。
ヒルデガルドは恐れている事に敵が気づかなければと思った。
それに敵が気づかなければ帝国の勝利は揺ぎないが、気づいた場合は……。
「……そうですか。オズワルド大佐、近日中に御前会議を開きます。参謀総長、艦隊司令長官並びに、その幕僚達を急ぎ集めてください」
「はっ!しかし、艦隊司令長官は北部キール運河に現在停泊中であります、帝都防衛艦隊視察に向かわれてまして……」
「向かわれてまして?」
「車を飛ばしても3日はかかるかと……」
「ならば急ぎ呼び戻しなさい、電話でも伝書鳩でも飛ばして。皇帝の命令以外に重要な事があれのなら話は別ですが」
「は、はい! 直ちに!!」
ヒルデガルドの焔の瞳が再び紅く光り始めて身の危険を感じたのか、オズワルド大佐は急いで敬礼して執務室を飛び出した。
オズワルド大佐は艦隊司令長官を呼び出すのに気が重くなった。
その理由は艦隊司令長官を呼び出すのにはまず、大本営を呼び出す。その大本営から色々な役職を経由し、艦隊司令長官に伝わる。
その艦隊司令長官が視察に行った帝都防衛艦隊司令に問題があるのだ。
帝都防衛艦隊司令はヒルデガルド・フォン・アルムルーヴェの皇太女……つまりはあの『傲慢にして、強欲のアルムルーヴェ』が艦隊司令になる為、何を言われるのかと思うと胃が痛くなってしまう。
そんな事を思いながらオズワルド大佐は急ぎ大本営の通信室に向かった。
オズワルド大佐が急ぎ去った後、ヒルデガルドはオズワルド大佐の置き土産であろう黒いファイルを拾い上げ中身を見る。
中には数枚の写真が入っており、そのどれも機密事項と判を押されていた。
写真には鋼鉄で造られたと思う菱形の形。まるで陸の甲鉄艦と思わせる堂々たる姿。
その陸の甲鉄艦には『試作マークⅤ水搬車』と書かれていた。
「我ら人類が母なる星を離れ、新天地惑星オリオンに移住して千年以上経ったのに、科学技術は進化しても人類は少しも進化していないな。歴史は繰り返すか……」
ヒルデガルドがこの時言った言葉は、後に公開された公文書にも書かれていた。




