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番外編 今は素晴らしき想い出

 時計塔に着くと多くの観光客が初日の出招待券を求め並んでいる。

 二人が記入用紙に名前を書き込むと、番号が書かれた引換券を渡された。

 この後に抽選が行われ、当選した番号がチケット売場にある大画面に表示されるらしい。

 そのまま時計塔の展望室に入る入場券を買い、昇降機を待っている列に並ぶ。

 そして昇降機で展望室に向かい、扉が開かれた先の世界にラインハルトとヴィクトリアは驚かされた。


「すごいね、ヴィッキー……」

「そうだな、ラインハルト……」


 二人してなんとも味気なく簡単な感想を言ってしまう。

 だがそれも仕方ない。

 時計塔の展望室は四方を硝子張りにして北の海や帝都とバーデン=バーデンを遮る山脈が見えた。

 かなり高い所に居る為か、眼下に写るバーデン駅や中央市場が小さく見えてしまう。

 展望室には小さな喫茶エリアがあり、昇降機の横にある画面には結婚式の映像が流れている。

 どうやら展望室で結婚式が出来るらしい。

 二人が硝子張りの透明な壁にくっついていると優しい声がかけられた。


「あら、可愛い若獅子さんも来ていたのね」


 振り返るとそこには中央市場で出会ったお婆さんが立って居た。

 するとお婆さんが二人の横に立ち、一緒に景色を見始め、胸に下げているペンダントを開くと一人でに語り出した。


「ここからのバーデンは良い景色でしょ。特に感謝祭が近くなると夜には夜景が綺麗で若い想い人には人気なのよ」


 優しく、どこか切なさを秘めた瞳でペンダントに収められた写真を見つめる。


「それはあなたの家族か?」


 ヴィクトリアが訊くとお婆さんは優しく笑いかける。


「えぇ。亡くなった夫と息子夫婦の写真なの。夫婦揃ってライン戦線で戦っているわ。そういえば二人は候補生だったわね? 何か知ってるかしら?」

「あ……」


 ヴィクトリアは言葉に詰まった。候補生では戦況は噂話くらいしか耳に入らないが、母であるフィリーネから戦況を聞いた事がある。

 ライン戦線は苛烈な塹壕戦やアレグリア王国自慢の艦隊が幅を利かしている為に三つある戦線の内、一番悲惨な戦線と。

 言葉に詰まるヴィクトリアの肩をラインハルトが優しく掴むと代わりに話し出した。


「すみません。候補生には何にも情報が入らないんですよ」

「そうよね。ごめんなさい、困らせるつもりは無かったの。三日前に連絡が来たときは船でキールに着くから感謝祭には間に合うと言っていたのよね」

「船って事は、息子さん達は艦隊勤務なんですか?」

「えぇ。補給艦?って言うのかしら。船の名前が『エルベ』って名前らしいの。息子の名はライデンで妻の名はエリーシャ」


 お婆さんの言葉にラインハルトとヴィクトリアは安堵する。

 補給艦なら後方任務の為に前線よりも生存率が高い。無論敵の潜水艦に気をつけなければいけないが、それでも可能性がある。


「確証は言えませんが、補給艦なら無事に着いてると思いますよ。戦闘艦と違って補給艦は後方任務ですからね」

「そうなの? じゃあ今夜には着くかしらね。キールからバーデンは列車で直ぐだから」


 それからラインハルトとヴィクトリアは喫茶エリアの椅子に座りながらお婆さんとの会話を楽しんだ。

 お婆さんの名はグレーテ・アルトマン。

 時計塔の管理と案内をやっており、自分の結婚式や息子夫婦の結婚式を時計塔の展望室で行ったと聞いたヴィクトリアは瞳は輝かせてラインハルトを見ていた。

 どうやら結婚式の会場候補の一つに入ったらしく、それに気づいたグレーテがパンフレットをヴィクトリアに渡した。

 会場使用料の金額にラインハルトの心臓は心停止しかけてしまう。


「ラインハルト」


 焔の瞳を輝かせながらラインハルトを見る。

 思わず苦笑いして誤魔化すが通用しなさそうだ。


「わかったよ……候補の一つにしとく。頑張って貯金するよ」

「別に貯金しなくても大丈夫だぞ? 皇族の結婚式なら公費で全て済ますし、なんだったら私が出す。もしかしたら母上達がお祝いと言って全て済ますかも知れない」

「それはダメ。自分達の結婚費用くらい二人で貯金して出すよ。何でもかんでも公費や親に頼っていたら僕達の子供がダメになる」

「わ、わかった……財政感覚はお前の教育方針に従う……」


 ヴィクトリアの世間知らずの箱入り王女の金銭感覚に溜息が出てしまうラインハルト。

 ラインハルトの珍しく真っ当な意見にヴィクトリアは驚いてしまうが、また同時に頼もしく感じ、ラインハルトの口から「僕達の子供」と聞いた時は妙に嬉しく感じた。

 ちゃんと将来を考えてくれている事に。

 もっとも財政能力に関してはヴィクトリアの方が圧倒的に余裕がある。

 なにせアルムルーヴェ王国の王女であり伯爵の称号を持っているのだから。

 対してラインハルトは子爵で、領地の収入は領地改善に全額使っているから財政的な余裕は無い。

 候補生に支払われるお給料のみが収入だが、生来本を呼んだり映画を見るだけで、後は生活必需品しか買わない。いわばお金のかからない男で、ヴィクトリアの父であるジークフリートと知り合ってからは、彼から貴重な本等を貸してもらっている為に殆んど使っていない。

 そんな二人を見ていてグレーテが笑いだした。


「なんだか二人を見ていると昔を思い出すわ。亡くなった夫も貴方みたいな人だったから。そういえば、この展望室には結婚式で着るドレスで記念撮影が出来るのよ」

「それは本当か!?」


 ヴィクトリアがラインハルトを押し退けて食いつて来た。


「えぇ。ドレスは貸し衣装もあるけど持込みも大丈夫よ。ほら、あそこの二人みたいに」


 グレーテが指差す先にはドレスを着た女性と礼装を着た男性が記念撮影をしている姿。


「ラインハルト、私達も……」

「悪いけどダメ」

「ふぇ……!?」


 いつものラインハルトなら「いいよ。ヴィッキーのドレス姿見たいから」とか言って了承してくれるのに、今回は速攻で駄目と言われた。


「お、お前は私のドレス姿が見たくないのか!?」

「そりゃ見たいよ。ヴィッキーのドレス姿は絶対に可愛いし綺麗だから。けどダメなものはダメ」

「なっ……ラインハルトのケチ!」


 ケチなのは否定しないが、ラインハルトにも譲れないものがある。

 そんなラインハルトを見て、グレーテが説明してくれた。


「アルムルーヴェの若獅子さん、四季国には古い習わしがあってね。結婚前の女性がドレスを着ると結婚が遠退くって言われてるのよ。だからシュヴァルーヴェの若獅子さんは駄目って言ったと思うわ」


 グレーテの言葉にヴィクトリアは隣に居るラインハルトに訊いた。


「そうなのか、ラインハルト?」

「うん……四季国にはそういう習わしがあるんだよ。ただでさえ卒業するまで結婚は我慢してるんだから。もっと遅れたら嫌なんだ」

「そうか……それは済まなかったな。許せ、ラインハルト。そういう事なら諦める」

「いいよ。こっちこそゴメン。四季国の習わしに付き合わせて。本当だったらドレス姿は凄く見たいから」

「気にするな。私にはその言葉で十分だ。それにお前に嫁入りするなら、四季国の習わしに従わないとな」


 ラインハルトとヴィクトリア、二人が手を握り合う姿にグレーテは自分と息子夫婦を重ねてしまう。

 あの日の自分達も、この二人の若獅子の様だったと。

 その後はグレーテと別れを告げ、二人は展望室を後にする。

 昇降機で地上に降り立つと丁度抽選発表が行われていた。

 ラインハルトは見に行こうと言ったが、ヴィクトリアはフィリーネに連絡すると言いラインハルトに抽選券を渡して離れてしまう。

 コムニカ(通信機)で連絡しているヴィクトリアを横目にラインハルトは番号を確認していく。


「あ、あった……」


 ラインハルトの抽選番号は外れていたが、ヴィクトリアの抽選番号は当たっていた。

 なんとかフィリーネ達の分も確保出来て安堵し、ヴィクトリアに言いに行った。


「やったよ、ヴィッキー! フィリーネさん達の券が確保出来たよ。これで一緒に……ヴィッキー?」


 コムニカ(通信機)で会話するヴィクトリアの顔が暗いのをラインハルトは感じとった。

 そして会話が終わり、ヴィクトリアはラインハルトを見る。


「ヴィッキー、大丈夫? もしかしてフィリーネさん達が来れない?」


 だがヴィクトリアは首を横に振る。


「それは大丈夫だ。到着が予定よりも早くなり、もうすぐ着くと言っていた。母上がお前に会えるの楽しみにしてると言っていたぞ」

「ならよかった……」


 ラインハルトはてっきり戦況が動いて来られなくなったのだと思った。


「ただ……」

「ただ?」

「母上に訊いたんだ。補給艦エルベの事をな」


 ヴィクトリアの母、フィリーネは帝国軍艦隊司令長官だ。気を利かして調べてくれたらしい。

 だがヴィクトリアの口から出た言葉は最悪の知らせだった。


「補給艦エルベは三日前に撃沈された……」

「え……」


 心が凍てつく様な風がラインハルトとヴィクトリアの間を吹き抜ける。

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