番外編 よき感謝祭を
ルーナの案内の下、ラインハルトとヴィクトリアはバーデン=バーデンに足を着ける。
列車から一歩外に踏み出した瞬間、肌を刺す様な冷たさがラインハルトを襲う。
北方の冬は帝都の冬と一味も二味も違う。
寒さに震え上がっているを見て、ヴィクトリアはラインハルトのコートのボタンを留めてあげた。
「お前は寒いのが苦手なんだから、ちゃんとボタンを留めろ。風邪をひくぞ」
「ありがとう……ヴィッキー」
「まったく、世話のかかる想い人だな」
文句を言いながらコートのボタンを留めてあげるヴィクトリアを見て、ルーナは微笑んでしまう。
「なんだか御二人を見ていると仲のいい夫婦みたいですね」
「なっ!?」
ルーナから仲のいい夫婦と言われ、ヴィクトリアの顔が真っ赤に染まる。
「当然ですよ、ルーナさん。ヴィッキーは将来、僕のお嫁さんになる女性ですから」
「ふぇ……っ!?」
ラインハルトからも僕のお嫁さんと言われ、更に顔を赤くしてしまうヴィクトリア。
「だ、黙れバカ! 恥ずかし事を平然と言うな!」
「ごめんごめん。でも別に恥ずかしがる事はないよ。皆も周知の事実だしね。それに僕は必ず将来、君をお嫁さんとして迎え入れるつもりだからね。愛しのヴィクトリア」
真っ直ぐと見つめる瑠璃色の瞳に、焔の瞳は恥ずかしさと嬉しさが入り乱れる。
「お、お前の決意と気持ちは凄く嬉しいが、そういう言葉は出来れば二人きりの時に言ってくれると助かる……」
頬を紅潮させながら俯くヴィクトリア。
ラインハルトがヴィクトリアの隣を見るとルーナが一人、瞳を輝かせながら若獅子達を見ていた為に、ラインハルトが話題を逸らした。
「あ、ルーナさん! 改札までの案内をお願い出来ますか?」
「え……は、はい! すいません、ついつい羨ましくて見とれていました。こちらです」
やはり温泉地として有名なバーデン。しかも感謝祭の日とあって駅構内には多くの観光客で賑わっている。
考える事は皆同じで、特別な日には特別な人や家族、もしくは友人と過ごしたいのだろう。
ラインハルトとヴィクトリアも例に漏れず、特別な日を一緒に過ごしたいのだ。
今回の感謝祭はフィリーネやジークフリートも特別に休暇を取り、宿で細やかな宴をする事になっている。
艦隊司令長官としてフィリーネは軍務をこなし、ジークフリートも一個艦隊を指揮していたが、いい加減に溜まった有給休暇を使えと人事部から使えとせっつかれたのだ。
それならと感謝祭も近く、また艦隊の再編成も兼ねてキール軍港に帰投するからと、四人で感謝祭を過ごす事にしたのだ
「ねぇ、ヴィッキー。フィリーネさん達は宴には間に合うのかな?」
「それなら大丈夫だろ。母上が数日前から有給休暇を取って、キールまで父上を迎えに行ったからな。キールからバーデンまでは特急列車を使えば十分間に合う」
「なら良かった。久しぶりにフィリーネさん達に会うから楽しみだよ」
「私もだ。父上がラインハルトと本の話がしたいと言っていたぞ」
ジークフリートはガーデンリング調査隊にいた事もあってか、数々の珍しい本を書斎に貯め込んでいる。
今回も珍しい本の話が聴けると思いラインハルトは嬉しくなった。
その表情を読み取ったのか、ヴィクトリアが釘を刺す。
「言っとくが、その時は私も一緒に聴くからな。それに寝る前にあの本を一緒にまた読むぞ」
「それはいいけど、まだ怖い本を読むの!?」
「当たり前だ。まだ読破してないし、私は負けるのが嫌いだ」
「あはは……君らしいよ」
ヴィクトリアのいう負けは怖いからって読破しない事をいう。
いつもの負けず嫌いが顔を出したのだ。
そして歩きながらラインハルトのコート袖を少しだけ摘まみ、頬を赤らめながら囁いた。
「それに……怖かったらお前にしがみつけるんだぞ……」
そしてラインハルトも顔を少し赤くしながら了承した。
「それは魅力的な提案だね。是非とも読破しようか」
「うん、怖かったらお前にしがみ付くからな」
「了解」
愛の密約を交わしていると、遂にバーデン駅の改札口に辿り着く。
ルーナが帽子を取って別れの挨拶をする。
「ではお帰りの列車でまた御会いしましょう。アルムルーヴェ様、シュヴァルーヴェ様。よき年末年始を」
「ルーナも、よき新年を」
ルーナから荷物を受け取り二人は改札を出てバーデンの街に歩き出す。
振り返るとルーナが律儀に帽子を手に持ち、振りながら見送っていた。
感謝祭の当日のバーデンは小雪が舞う中だというのに多くの人が行き交い、四季国の影響なのか浴衣姿に羽織りを着込んだ宿泊客も観光を楽しんでいた。
帝国にとって感謝祭は誰にでも特別な二日間になる。
大切な人に一年の感謝を伝え、また新年の挨拶をする日なのだ。
感謝祭には感謝の意味を込めて贈り物を贈る習慣もあり、前線で戦う兵士達には家族や想い人から贈り物が贈られ、特別な料理も出される。
そして感謝祭の二日間、帝国軍は可能な限り一切の戦闘行為を止め、暫しの安らぎを味わう。
もちろん連合軍が攻めてくる場合は応戦するが、連合軍側の国家に於いても年末年始は特別な日になる為に進軍はまずあり得ないとお互いの軍は希望的観測をしている。
そんな中、まず二人は荷物を先に宿に送る為に駅構内にあるサービスカウンターに向かい荷物を預け、いよいよ駅から街に踏み出した。
駅前に出ると大きな噴水広場が目の前に表れる。
噴水の中央には大きな鳥が羽ばたく姿の像があり、気温が高ければ鳥の口先からは水が出ていたのだが、あまりの寒さの為に噴水自体が凍っていた。
「ねぇ、ヴィッキー。宿に行くまで何処を見て行くの?」
「それなら先ずはバーデン市の中央市場だな。今の時期なら感謝祭の祭りをやっているはずだ」
その言葉に頷き、二人はバーデン市の中央市場に歩き出す。
行き交う想い人同士のある行動を見て、ヴィクトリアがちょっと羨ましそうな表情をしている。
そんな表情に気づき、ラインハルトがポケットに手を入れてたまま腕を差し出した。
「ヴィッキー、良かったら掴む?」
「……いいのか?」
「もちろん。ヴィッキーは僕の想い人なんだからいいに決まってるよ」
周りを見ると想い人同士と思われる女性が男性の腕に自分の腕を絡ませて、そして体も男性側に引き寄せて仲良く歩いている光景。
「じゃ……お言葉に甘えて失礼する」
ヴィクトリアも自分の腕をラインハルトの腕に絡ませて体を引き寄せる。だが密着に近い状態になってしまい、ラインハルトの腕に何やら柔らかいものが当たる感触がコート越しに伝ってきた。
「ちょ、ヴィッキー!?」
「いいだろ別に。何か文句があるのか?」
ラインハルトが驚きの表情をすると、余計に強く腕を抱きしめて鮮明に柔らかい感触が伝わってくる。
「いいえ……お好きにどうぞ、王女殿下」
「素直で宜しい」
そして二人は小雪が舞うバーデンの街に紛れて行った。
他の想い人と同じ様に仲良く腕を掴みながら。