無敵の人
深夜零時。
薄壁の向こうから、隣人のいびきとテレビのくぐもった音が聞こえてくる。
俺はノートパソコンを開き、キーボードに指を置いた。
匿名掲示板へ、スレッドを立てる。
*************
【悲報】ワイ(30)、末期がんで余命宣告されたからド派手な事件起こして道連れ作るけど質問ある?
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:00:00.000 ID:xY7zA1B20
とりあえず質問あればどうぞ。
暇つぶしに付き合ってくれ。あと安価で>>70で場所、>>100でやり方決めてくれ。
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:00:45.123 ID:mN3oP4q50
はいはい嘘乙。夜中に犯罪予告とか人生終わってんなお前
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:01:30.678 ID:kL9jH8g70
設定ガバガバだろ。どこががんなの?言ってみ?
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:02:10.000 ID:xY7zA1B20
>>2
もう終わってんだよなぁ。
>>3
胃がん。気づいた時には転移しまくりで手遅れ。
いまスマホから画像送るわ。ちょっと待って。
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:03:55.456 ID:rE3wQ2q10
またお決まりの釣りスレか。解散解散
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:04:20.111 ID:xY7zA1B20
ほい、証拠。
DCIM_0589.jpg
DCIM_0590.jpg
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:05:00.000 ID:pZ5xY6w70
うわ……
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:05:30.111 ID:mN3oP4q50
まじかよ……ガチじゃねえか……
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:06:15.555 ID:aB2cD3e40
うわ、日付今日じゃん。釣りじゃなかったのかよ。
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:08:45.999 ID:tG4fV3b20
仕事の貯金とか無いの? 最後に趣味に全ツッパするとかさ
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:10:22.111 ID:mN3oP4q50
親兄弟とか、会社にはなんて言ってんの?
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:11:50.000 ID:xY7zA1B20
>>12
地方の工場勤務で、毎日同じプラスチックのバリ取り。手取り16万でパチ打ってたら貯まるわけねえだろ。趣味らしい趣味もねえし、無料漫画読むくらいだ。
>>15
親父は蒸発、おかんは再婚して連絡先も知らん。昔彼女はいたがとっくに愛想尽かされて別れた。会社に病気のこと言ったら、あからさまに「早く自主退職してくれないかな」って空気出されたわ。俺が消えても明日のラインは普通に動く。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:22:05.111 ID:tG4fV3b20
なんか聞いてて辛くなってきた。死ぬ前に美味いもん食うとかさ、そういうのないの?
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:28:40.111 ID:xY7zA1B20
>>38
美味いもん食っても吐くだけ、煙草も不味い。
痛みに耐えながら天井のシミを数えて、衰えていく自分をただ受け入れるなんて真っ平御免だわ。
どうせ持って数ヶ月だ。もう失うものもないし、お前らが「明日も日常が続く」って勘違いしてヘラヘラ生きてるのがムカつくから、そこに血飛沫でもあげてやる。どうせ死ぬんだから何やっても実質無罪だろ。
ほら、さっさと>>70で場所決めろ。
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:31:05.222 ID:pZ5xY6w70
ヒエッ……ガチの無敵の人じゃん……。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:34:22.123 ID:aB2cD3e40
通報したわ。一応ログとったからな
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:36:15.555 ID:xY7zA1B20
>>61
好きにしろ。警察が動く頃には俺はもう動けないか、死んでる。
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:37:45.678 ID:kL9jH8g70
スカイツリー
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:38:10.000 ID:mN3oP4q50
国会議事堂
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:38:30.444 ID:rE3wQ2q10
渋谷のスクランブル交差点
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:38:45.111 ID:pZ5xY6w70
USJ
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:39:00.222 ID:aB2cD3e40
富士山の頂上
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:39:20.555 ID:xY7zA1B20
>>70
渋谷のスクランブル交差点か。
他人の死なんて1ミリも考えずにヘラヘラ歩いてる連中が一番集まる場所だな。最高じゃん。
決行は来週末の土曜19時にするわ。人が一番多い時間だろ。
次は>>100でやり方な。
78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:43:20.123 ID:pZ5xY6w70
どうせ口だけだろ。末期がん患者が渋谷まで行ける体力あるわけない。
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:46:15.222 ID:xY7zA1B20
>>78
車なら行ける。動けるうちに動くだけだ。
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:52:45.999 ID:aB2cD3e40
100阻止!!!
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:54:10.333 ID:tG4fV3b20
全裸で踊る
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:54:30.444 ID:mN3oP4q50
サリン撒く
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:55:00.000 ID:rE3wQ2q10
ガソリン撒いて火だるま
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:55:15.111 ID:pZ5xY6w70
トラックで突っ込む
102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:55:30.222 ID:kL9jH8g70
ビラ配り
105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:56:40.123 ID:xY7zA1B20
>>100
ガソリンか。ド派手でいいな。
よし、決まり。来週土曜19時、渋谷のスクランブル交差点でガソリン撒いて火だるまになるわ。
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 00:58:10.555 ID:pZ5xY6w70
ガソリンって今、携行缶で買うの身分証とかいるし無理じゃね?
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 01:02:15.444 ID:xY7zA1B20
>>108
確かに。スタンドで買うのは怪しまれるな。
うちの工場の裏に発電機用のガソリン携行缶があるから、それパクってくるわ。夜勤の連中は誰も外なんて見ねえしな。
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 01:08:40.000 ID:mN3oP4q50
おいマジで通報したからな。お前らもうこれ以上安価とかで構うなよ
135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 01:15:20.111 ID:kL9jH8g70
これ来週の土曜マジでニュースチェックしとくわ。どうせビビって何も起きないだろうけど
150 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 01:25:05.555 ID:xY7zA1B20
>>135
チェックしとけ。
じゃあな、お前ら。もう寝るわ。
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 01:26:10.111 ID:rE3wQ2q10
乙。またな。
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 01:28:30.222 ID:pZ5xY6w70
どうせ口だけでやんないだろw
153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/21(日) 01:30:15.333 ID:aB2cD3e40
来週の土曜は祭りだな
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決行の土曜日。
助手席には、赤い携行缶が鎮座している。
前の晩、工場の資材置き場から盗み出してきたものだ。錆びついた南京錠をボルトカッターで切断し、暗がりの中で重い缶を引きずり出した。蓋の隙間から漏れた強烈な揮発臭に何度も激しく咳き込み、肺が焼けただれるかと思ったが、どうにか準備は完了した。ブレーキを踏むたびに、重い液体の揺れる鈍い音が狭い車内に響き、俺の神経を逆撫でする。
時計を見る。18時40分。
神奈川の工場地帯から国道246号線を上ってきた俺は、世田谷区に入った辺りで、永遠に続くかのような渋滞に捕まっていた。
エアコンの風量を最大にしても、車内に充満するガソリンの揮発臭が胃の奥をひどく掻き回す。たまらず窓を全開に下ろすと、ぬるい排気ガス混じりの熱気が流れ込んできた。
無意識にポケットの安煙草へ手が伸びかけたが、どうせ癌に侵された今の身体では不味いだけだと気づき、舌打ちをして手を引っ込める。
開け放った窓の外、周囲の車の連中は、誰も彼もが死んだような目でスマホを見つめるか、助手席の誰かと笑い合っている。俺がこれから何をするかなど、微塵も疑っていない。
だが、車列は一向に進まない。前の車のテールランプが、馬鹿みたいに赤く光り続けている。
「……クソ。19時に間に合わねえぞ」
俺は苛立ちながらハンドルを叩いた。スレッドで宣言した時間に遅れるのは癪だ。胃の奥の痛みが、焦燥感とともに激しく自己主張し始める。
*************
その時だった。
数台前を走っていた古びた軽自動車が、突然パンッという破裂音を立て、ボンネットから白煙を吹き上げた。
車列が完全に停止する。見ると、白煙はあっという間に黒い煙に変わり、フロントグリルからじわじわと赤い炎が立ち上り始めた。
「……は? 冗談だろ?」
思わず声が出た。
俺はこれから、最高の舞台で自ら炎上しに行くんだぞ。こんな道半ばの、ありふれた渋滞のど真ん中で、他人の車の車両火災なんていうアクシデントに足止めされるなんて。俺の壮大な計画が、こんな馬鹿げた偶然で邪魔されるのか。
「チャイルドシートが……! ベルトが外れない! 子供が中にいるんです!!」
軽自動車から飛び出してきた若い母親が、狂ったように悲鳴を上げていた。
*************
炎はまたたく間に勢いを増し、フロントガラスを舐めるように広がっていく。しかし、周囲のドライバーたちは車から降りようともせず、「おい、爆発するぞ」「早く離れろ!」と窓越しに叫ぶばかりだ。あろうことか、スマホを向けて動画を撮り始めている奴までいる。
イライラが頂点に達した。
馬鹿みたいにスマホを向けている。どいつもこいつも、本当に目障りだ。
俺は車のドアを蹴り開け、真っ直ぐに燃え盛る軽自動車へと歩き出した。
*************
「おい、あんた! 死ぬぞ!」
野次馬の制止を無視し、猛烈な熱気が渦巻く車内へ手を突っ込む。
なぜ助けに行くのか? 違う。道を開けさせたいという苛立ちと、ただ単に「どうせ数ヶ月後にはもういない」からだ。失う明日がない肉体だ。怯える理由がない。
俺は炎の熱で歪みかけたチャイルドシートの解除ボタンに親指を立てた。指に力が入らない。火傷で皮膚が焼ける悪臭を感じながら、全体重をかけてどうにか押し込む。カチャリと鈍い音が鳴った。俺は泣き叫ぶ幼児の服を掴み、半ば転げ落ちるようにして車外へ引きずり出すと、すがりついてきた母親の方へ乱暴に押しやった。
*************
直後、パンッという乾いた破裂音とともにフロントガラスが熱でひび割れ、運転席まで一気に炎がなだれ込んだ。
熱波に煽られ、俺はアスファルトに倒れ込んだ。その衝撃で胃の奥が激しく痙攣し、猛烈な吐き気が込み上げる。俺は四つん這いになり、胃液に混じったコーヒーかすのような、どす黒い血の塊をゲロのようにぶちまけた。
熱を帯びた手の甲は赤く腫れ上がりヒリヒリと痛んだが、癌が内臓を食い破る痛みに比べれば、どこか遠くの出来事のようだった。時計を見る。19時5分。……ああ、もう安価の時間は過ぎてしまった。
ふと顔を上げると、周囲の空気が一変していた。
*************
「うわ、あの人やば……」
「ちょっと、今の撮れた? マジでエグいんだけど」
血まみれの俺の姿に怯えながらも、誰一人としてスマホを下ろそうとはしない。誰かが遠巻きに引きつった声で「お兄さん大丈夫っすか……?」と聞き、別の誰かが「救急車呼んだんで待っててください!」と無責任な善意を押し付けてくる。
母親は地面に這いつくばり、俺のズボンの裾を掴んで泣き叫んでいた。
*************
「あああ……! ありがとうございます、ありがとうございます! 命の恩人です……!」
燃え盛る車の熱気が背中を炙る中、俺は激しい眩暈と吐き気に襲われた。
俺は無差別テロをやろうとしていた。だが、たまたまちょっとしたはずみで火の手に突っ込んだら、こいつらは勝手に感動し、俺をヒーロー扱いしている。俺がテロリストになろうが、人助けをしようが、こいつらはどちらも「狂人の事件」か「感動の美談」という安っぽいラベルを貼り付けるだけなのだ。
その事実に直面した瞬間、憑き物が落ちたような、圧倒的な虚無感が全身を貫いた。
心の中で、血を吐くように叫ぶ。
――お願いだから、やめてくれ。
まるで人間が永遠に生きられるかのような、あの安っぽい「ちょっと良い話」や「泣ける人助け」の文脈に、俺を当てはめないでくれ。
お前らも、自分が死ぬ時にようやくわかるはずだ。善も悪も、何の意味もないのだと。大勢を道連れにする殺人も、身を挺した人助けも、驚くほど等価に無意味なんだ。
*************
「……触るな」
俺は母親の手を乱暴に振り払った。
「え……?」と戸惑う群衆を掻き分け、血を吐いた口元を拭いながら、逃げるように自分の車へと戻った。
車を発進させ、しばらく走らせたところで路肩に停め、少し震える左手でスマホを開いた。火傷でヒリつく右手がハンドルに擦れるたび、鈍い痛みが走る。
案の定、SNSのタイムラインはすでに先ほどの火災の話題で埋まっていた。
『246で車両火災ヤバい。取り残された子供を通りすがりの男が助け出して無言で去っていったんだが。リアルヒーローかよ』
添付されたブレた動画には、炎の中から幼児を引きずり出し、口元を血で汚した俺の姿がハッキリと映っていた。画面を更新するたびにリポストの数字が跳ね上がり、通知のアイコンが止まらない。
俺は煤と汗で汚れた指で、スマホの画面を乱暴にタップしてブラウザを閉じた。
俺が携行缶のガソリンを撒いて惨劇を起こしたところで、結果は同じだ。奴らはそれを「狂人のテロ事件」として騒ぎ立て、数週間後には綺麗に忘れて、また永遠の日常を生きるのだ。
俺がどれだけ死の不条理を突きつけようが、奴らには一生届かない。
俺は交差点を大きく左に切り、渋谷へと続く幹線道路から外れた。
*************
あてはなかった。ただ、あのへばりつくような視線と街の光から遠ざかりたかった。
助手席の携行缶が、カーブを曲がるたびにタプン、タプンと鈍い音を立てる。車内に充満する揮発臭でひどい頭痛がし始めていたが、胃の奥からせり上がる鈍痛がそれを上回っていた。脂汗を流し、痛みを堪えながら、ただ機械的にアクセルを踏み続ける。
信号の数が減り、窓の外を流れる景色から次第に人工的なネオンが抜け落ちていく。やがてタイヤがアスファルトから砂利道へと変わり、湿った潮の匂いがガソリンの悪臭に混ざり始めた。
人気のない深夜の海沿いに車を止め、真っ暗な水平線を見つめた。
*************
スマホを取り出し、夕方に立てたスレッドを開く。
【決行日】ワイ、末期がんで余命宣告されたから道連れ作る【渋谷】
画面はすでに勢いを増し、「おい、19時過ぎたぞ」「渋谷スクランブル交差点、異常なし!w」「はい逃げたー。ただのかまってちゃん乙」「てかそれよりX見ろ、246の車両火災の救出動画マジでエグい」という書き込みで埋め尽くされていた。誰も、あの炎の中の男が俺だとは気づいていない。
802 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2026/06/27(土) 23:45:22.000 ID:xY7zA1B20
やっぱやめにしたわ。
送信ボタンを押し、俺はスマホの電源を落として窓の外の真っ暗な海へと放り投げた。
車の窓を数センチだけ開け、足元にガソリンをドクドクと流し込む。強烈な揮発臭が充満し、目がチカチカと痛み出した。絶妙に混ざり合った気化ガスと外の酸素。この濃度なら、ライターを擦れば「燃える」どころではない。一瞬で爆燃し、俺の肉体は原形を留めず吹き飛ぶだろう。
社会への抗議でも、安価の実行でもない。こんな鈍感な連中の「物語」に組み込まれる前に、俺は俺自身の意志で終わらせる。
だが、手元に残った100円の使い捨てライターを見つめた瞬間、指先が微かに震えた。
喉の奥が引き攣り、強烈な恐怖がせり上がってくる。
*************
子供の時、夜の布団の中でよく考えた。
宇宙の果てしない歴史の中で、ほんの一瞬だけ「俺」という意識が存在して、その後はまた、ずっと何もない永遠が続く。
俺というものが「無い」という感覚。それをどうしてもイメージすることができなかった。それは毎晩訪れる眠りとは違う。眠りは、目覚める「俺」を前提にしているからだ。本当の「無い」は、思い描こうとした瞬間に、思考の底が抜けて無限の暗闇に落ちていくような恐怖だった。
*************
心臓が早鐘を打ち、脂汗がにじむ。
いざその「無い」が目の前に迫ると、癌の激痛すら霞むほどの恐怖が俺の全身を支配した。生きたいわけではない。ただ、消えることが、恐ろしい。
息を荒くしながら、俺は火傷の痛む指で100円ライターを握りしめた。
あのヘラヘラした大衆のルールブックに自分の死を回収されるくらいなら、この恐怖ごと、一瞬で消し飛ばしてやる。
俺は震える親指で、ライターのホイールを弾いた。
フリントが硬く削れる感触が伝わる。カチッ、という無機質な音と共に小さな火花が弾け、青と赤の炎が、暗闇の中で鮮やかに揺れた。




