ジンジャー・トラヴェスなんて子は
ジンジャー・トラヴェスなんて子は、どこにも——いや、少なくともこの常世には存在しない。
だって私が自分で自分に、テキトーに付けた名前なんだから。
「実は私の一族はコトタケに代々雇われてる暗殺者の家系でね」
「あんさつ」
「ほら『結界魔法がごく一部のウィザード種の血族にしか習得できない』って話、先生に教わったでしょ?あれがごく一部なのはね、私のご先祖サマがコトタケに命令されて頑張って他所の数を減らしたからなんだよ」
「へらした」
「その他にもターゲットは沢山いたらしいけど、結界魔法の使い手を安定して輩出できるってだけで貴族にまで成り上がったり、露骨に真祖様方に媚びてたりで嫌われ者のコトタケには敵が多くてさ〜。とにかく忙しいのなんのって」
「きらわれ」
「まぁそんなこんなで使い潰されて、私の一族もどんどん減って、今は私しかいないんだ」
過去を話せば話すほど、テスタちゃんの口があんぐりと開いてゆく。くるみ割り人形みたいだ。もっともっと衝撃的な話しをすれば、いつかは顎が地面に着いちゃうんじゃないかな。
「フフフ、大丈夫?怖くなってない?クラスメイトに暗殺者がいるなんて」
「や、いや、全然。そりゃあ常世にもいるよね、暗殺者。懐かしいな、思い出すな。私の地元にも元気な暗殺者がいてね、夏になるとそこら辺からウヨウヨ出てきたもんよ」
「ワオびっくり、現世には沢山いるんだ。常世じゃ珍しいのに」
「あーーーーごめん、やっぱそんなに沢山はいなかったかな。ジンジャーが紅茶に入れる砂糖くらいはいなかった、はず。(あっぶなビビってるのがバレるとこだった……)」
なるほど、つまり会うのは0個(私が初めて)と。
それにしても。まだ数えるほどしかテスタちゃんの目の前で飲食した覚えは無いのに、まさか好みを把握されていたとはね。
彼女が以前、Cクラスについて書いていたプロフ帳をチラッと覗いたことがある。その時に私のページに『足音がよく消えている、恐らく只者ではない』とあったのは心底驚かされた。
ただ能天気なだけの子に見えて、他人のことをよく観察している姿に「いつか私の正体がバレるかも」とあの時は内心冷や汗をかいたもんだ。
「ところで一人だけっていうのはその、ジンジャーの両親は」
「ノンジュの暗殺に失敗して、処分されちゃった」
「そうか……ん、ちょっと待って、ノンジュの?」
「大丈夫、ゆーっくり説明したげるから——」
◇
通常、個人差はあれどウィザード種は誕生から10年以内に簡単な魔法や血筋に関連する魔法を使えるようになる。
だけどノンジュは11年経っても、コトタケの結界魔法を発動できなかった。
これはまずい!いくら魔力量の多い子供が生まれても、結界魔法が使えないんじゃ意味がない。せっかく真祖様に見初めてもえる子供を作ろうと、無理をして玉兎種と関係を持ったのに!
どうしよう、どうしよう。
そうだ!荒治療だが、暗殺者にノンジュを襲わせて結界魔法を発動させれば良いんだ!!
命懸けの状態になれば、流石に使えるようになる筈。それに万が一死んでしまっても、玉兎種側に暗殺者の正体はわかるまい。だから「不可抗力だった」と済ませてもう一度子供を作れば良い。
——というわけで、その暗殺者として指名されたのが私の両親。
父が実行、母はその補助。
そこから先はもう、ご想像通り。ノンジュの結界魔法が覚醒して、父と母はコトタケの連中の手でその場で始末。
え、警察?警察には「強く抵抗されたから、やむを得ず」で通したんだろうね。常世じゃよくある話だから、気にしないで。
それから、父にあらかじめ逃げるように言われていた私はそのまま逃走。
何日も走って、力尽きてたところをたまたま近くを通りかかったマイオが助けてくれたんだ。飲まず食わずで倒れたた私に「喰え!喰え!」って小鳥をね。うん、美味しかったよ。
そうそう、この頃からマイオとご両親のお家に居候させてもらってるの。
どうして両親は一緒に逃げなかったのかって?
多分、難しかったからだと思う。私の一族って身体強化とか姿隠しの魔法には特化してるけど、その他の魔法はからきしでさ。
ほら私、飛行訓練の時もヴィオレラほどじゃないけど、だーいぶ下の方にいるでしょ?コトタケの連中に総力上げて追いかけられたら、すぐに見つかって私も始末されてただろうね。
で、まぁそんなこんなで長いこと見つからずに過ごしてたんだけど……最近、コトタケの追っ手がマイオのご両親に怪我をさせたんだ。
幸い大した怪我じゃなかったけど、あれは明らかに私に向けた警告だった。
学院にいる限りは、理事長の目があるから手を出せない。だから、出て来いって言うね。
それで私、もう頭にきちゃって。勝てないってわかってても、連中に何かやり返したいんだよね。
例えば、アンタらが大事にしている『結界魔法』は実は大したことがないってことを、大勢の目の前で証明してやるとか。
◇
言い終わると同時に、テスタちゃんの方に向き直る。その凄まじい表情に、思わず笑ってしまった。
「怖いなぁ、そんな顔しないでよ」
「ごめん。でも、あんまりにも人の命が軽く扱われてて……何か、私にできることってない!?」
「あるよ。体育祭で棒倒しが終わった後、すぐにマイオとご両親をノイ様に保護してほしいの。これくらいなら、テスタちゃんがお願いすれば聞いてくれるでしょ?」
「ジンジャーは、どうするの」
「もちろん逃げるよ。流石に、なんの抵抗も無しに捕まるのはダサいからね」
「嘘だ、すぐに投降する気でしょ。だってそうやって逃げたら、またいつマイオ達に手を出されるかわかんないから」
「……」
おっとバレたか。でもしょうがないよね、私にはそうすることしかできないんだから。
けど、どう言ったらテスタちゃん納得してくれるんだろ〜これ以上私に関わったら、ノイ様に多大な迷惑がかかるって教えたほうが
「今まで一族が暗殺した人達が、どこの誰だか覚えてる?」
「えっ」
「覚えてるなら全部話して。良ーこと考えたから!」
そう言って、テスタちゃんに肩を抱かれてゴニョゴニョと内緒話をされた。自分じゃ到底思い付けなかったその内容に、のけぞってしまう。
「な、なにそれ、本当に良いの?そんなことして」
「良いの良いの。寧ろこうでもしないと、根本的な解決にならないし。まぁその分ちょっと後が大変かもだけど、私も手伝うから」
「だから当日は、体育祭を楽しもう」
今度は私の方が、大きく口を開く側だった。
私にとってコトタケに嫌がらせをする最後の場になるはずだった体育祭が、テスタちゃんの思い付きで、今までの先祖の無念ごとなんとかなりそうな場になりつつある。
「本当に、助けてくれるの?後悔しない?」
「助けるんじゃないよ、一緒に戦うの。寧ろ私なんかじゃ頼りないと思うけど」
「ううん、嬉しい。もし失敗したら、テスタちゃんとマイオ達だけは地の果てまで逃がせるよう頑張ろうって思えたから」
「いやいやいや!失敗なんてさせないよ大丈夫。それよりもさっき質問したこと、教えて」
「じゃあちょっと長くなりますが……引き続き、ご清聴ください」
「はい、待ってました!」
「アタリメーーー!!」
舞台役者に向けるような、力強い拍手が飛んできた。いつの間にか、戻って来たマイオもテスタちゃんの横で手を叩いている。
二人共バカだなぁ、そんなに楽しんで聞く話じゃないのに。
でももっとバカなのは、きっと私の方だったんだ。




