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時の過ぎ行くまま  作者: 犬神まみや
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浅葱の乾坤一擲 004

浅葱の乾坤一擲 004

案の定、部屋は既に混乱状態であった。


井上のおじさんがおでこに左手を置いて

「ああっ、もうそうじゃねえったら。どうにもならねえなあっおいっ」

とぼやいている。


「やあ、ひっでえことになってらあ」

私が、ははぁと笑いながら部屋に入るとおじさんは

「だあっ!てめえはあいっかわらず暢気(のんき)の風吹かしゃあがって!」

とクチをひん曲げる。


「だははっ、まぁそう怒らないでくださいな。彼らの面倒はちゃあんとみますから。ああ、君、羽織紐がちゃんと結べてないよ」

「すみませんっ沖田先生っ。すぐ直しますっ」

そう謝る隊士はかなり若かった。焦りながら直そうとする。相当緊張しているんだろう。武者震いなのか震えている。多分だらしないと思われないように必死なのだ。

「先生はやめて、先生は」

あはは、と私は笑いながら彼の羽織紐を結びなおしてやってから改めて顔をみた。

重たそうなまぶたではあるが、切れ長の目をしている。ぽってりとした唇が印象的だが……はて、みたことがあるがどうも記憶にない顔だ。


「あれぇ・・・君は・・・」

「あ、あのワタクシ谷周平と申します。あの…兄が三十郎と万太郎です」

ああ、と私は納得した。

隊士の募集の時に三兄弟でやってきた者達だ。上二人の兄達の印象が余りにも強すぎて、失礼な事に彼は記憶に薄かったのである。

「うん、そうだ、谷君だったね。今日はひとつ頼んだよ」

「は、はいっ、精一杯努めさせていただきますっ」

彼はそういって頭を下げた。


すると今度は庭の方からやけに大きな掛け声が聞こえてくる。はてと覗いてみるとそこには谷周平の兄二人と、丸坊主に白い鉢巻を巻いた大きな男がいて、槍を振るっていた。

「あれまぁ、元気だねえ」

「あああ、気がはええんだよ、どいつもこいつもよぉ。ここでこんなことしてる場合かっつうの」

「いいじゃあないですかぁ、活気があって」

「もうすぐ出陣なんだぜ?だぁああっ、ええいあいつらを止めろぉっ、そうじ!」

「ええ、俺がぁ?」

私がしかめっつらをするとおじさんがたのむよ!と泣きべそみたいにいった。

「俺ぁさっきっから怒鳴りっぱなしでもう声がカラッカラなんだよ!そこへいくとおめえの声ぁでけえんだから、あいつらにも届くだろう。いっちょ止めてくんろ」

そうこう言い合いをしている所で平山氏がひょっこりやってきた。

「おいおい……もう戦争はじまってんのかよここは」

呆れ顔だ。

井上のおじさんはため息混じりに答える。

「先からこの調子よ。俺の言うことなんざあ、空回りのからっきしだぃ」

「やれやれ、あんたも若ぇのおしつけられて苦労するなぁ。んで?こっちの連中の支度はできてんのかい」

そういって部屋を覗いて、まぁいいだろうと言う。


と、けらけら笑いながらその様子を眺めていた私を平山氏とおじさんが同時にみつめた。平山氏もどちらかと言うと大声をあげるクチではない。どうやら、庭先の連中を止めろ、と二人は無言で訴えているらしかった。

ええ……と私が顔を歪め首を横に振って微妙に遠慮しているとそこへ永倉氏がどかどかっと足音を立てて駆け込んできて開口一番

「おまえらああっ、早く外へ出ろっ!整列だあああっ」

と怒鳴った。それを合図にその場にいた隊士達が、まるで蜘蛛の子を散らすように身支度を整えながら、どっと表へ向かっていった。

「新八の奴、大分気合が入ってるな」

平山氏が目を大きく見開いて驚いている。

「奴にとっても大舞台ってこったろ。さぁて、じゃあ俺達もいくかあ」

と肩をまわしながら

「おい、そうじいくぜえ」

と声を張った。


なんだいおじさん、まぁだ大きい声が出るんじゃねえかぃと思ったが

はぁいと私もつんぬけるような返事をして彼らの後を追った。


+++


 ……そうこうしているウチに出陣の時が来た。


浅葱色の派手な白山形を染め抜いたダンダラ羽織の隊士が壬生寺通りへ整列する。何事が起きたのか驚いて様子を伺いに出て来る付近の住民も少なくなかった。


「土方君、現在の情勢はどうなっている?」

芹沢氏が馬上から訊ねた。土方氏が探索方を動かしていると知っているらしい。土方氏もそれに対して別段嫌な顔もせず無表情のままで答えた。

「現在、薩摩藩を筆頭に会津藩、桑名藩、淀藩が主体となって主に堺町門を警護中。それに伴い因幡藩、備前藩、土佐藩、阿波藩、米沢藩にも軍隊要請の声がかかり、参内。 現在各藩が各門の警護を担当。現在約二千の兵が出動している模様。後の詳細は不明です」

澱みなく答える土方氏をみて芹沢氏は

「上出来」

とニッと微笑んだ。



+++


 総勢44余名。

桑名藩借受の探索方は含まずの人数だ。新撰組の行列は大通りを足早に行進して、正午に程近い巳の刻の頃に蛤御門の方面へ差し掛かった。そこには既に会津藩の面々が守りを固めており、時折吹く風に旗がばさりとはためいている。と、会津藩の藩士達がざわめいた。大半の諸藩の人々は恐らく、みたこともない派手な団体が突如押し寄せたのであるから驚くのも無理はないが、そのウチの数名が地面を蹴り、矢のように飛んできて、我々の目前へ立ちはだかると大声で問うてくる。


「お前達は何者だ!?」


いわれて我々も面食らう。そもそも会津藩より命を下されてここに来ているのだ。それなのにも関わらずまさか何者だと問われるとは思わない。

私は隣にいた藤堂氏に耳打ちする。

「まさかここにきて通せんぼされるたぁ思わなかったですねえ」

藤堂氏も顔をしかめて

「話が通ってないのでしょうか…」

とため息をついた。

私たちの手前にいた井上のおじさんなどは眉をしかめて

「冗談じゃねえ! 大掛かりな話だからしょうがねえとはいえねえんだぞ。そんな伝達不足があったんじゃあ長州の連中に舐められるじゃねえか」

と声を荒らげた。

先頭に立つ近藤先生の顔を見ると明らかに動揺している様子だった。

それもそうだ。しっかり会津藩の上役から頼まれて来ている筈なのに、認知されていない事実は近藤先生にとって衝撃が大きいだろう。信頼を裏切られる事に他ならない。


だが、一方の芹沢氏は馬上からゆぅっくりと降りてくると平気の平左の顔でニヤリと笑って肩をトントンと例の鉄扇でやっている。

「名を名乗れい!」

会津藩の兵士の一人が大声をあげたのを期に芹沢氏の反撃がはじまった。

「我等会津藩お預かり、壬生浪士組改め“新撰組”である!! 諸氏ら、知らぬとあらば無礼であろう。無論、こう申されるからにはどなたこなたもお覚悟の上、という事でよろしいかな?」

地獄の底から這い上がって天にまで響くような高らかな声でこう言い、鉄扇で新撰組の誠と、忠義と黒字でかかれた旗を指し示し、ニィと笑う。そのあまりに威風堂々とした不敵な笑顔にその場で芹沢氏の表情をうかがい知る事の出来る、会津藩士のみならず新撰組の面々までもが全員がゾォッとした顔でたじろいでいる。

こんな啖呵はそうそうきれるものじゃない。

当然近藤先生筆頭に我々の一派だけではそこまで藩士相手に渡り合えるとは思えない。

どちらかといえば

「責任者を呼び出してくれまいか」

順を追って頼む形になるだろう。だが芹沢氏の恫喝は余りにも堂に言っている。これが生まれついての武士で、一時期は大群を率いていた実力なのかと痛感すると同時に肝が据わってるのを通り越してもう恐ろしい人であるとしか言いようがない。

そのたった一人の男に大勢の兵士がたじろいでいるという一種異様な空気が我慢ならなかったのか、一人の会津藩士が叫んだ。


「そんな連中の話は聴いておらぬぞ!」

今度は新撰組の全員にピリッとした空気が走った。

「なにぃ!?」

「伝達不備ではないのか!」

また別の会津藩士が怒鳴る。

「我等を愚弄する気か!」

「それはこちらの台詞よ!」

芹沢氏の怒号が飛ぶ。

「為すべきことが貴殿らにもあろう。それをせずして愚弄するなら我等にも考えがあるぞ!!」

その場は一気に不穏な空気をはらんでいた。まさか長州藩とやりあうのではなく、お抱えの会津藩とこんなことになるとは、と私や藤堂氏や隊士たちは皆苦い顔になっている。

と、その時

「芹沢氏! 近藤氏!!」

と叫ぶ声がその場の危うい空気を一蹴した。声をかけてきた御仁は京都会津藩筆頭公用方、野村左兵衛氏であった。松平容保様の信頼厚く、容保様が京都守護職に就任するのと同時に公用方へと就任された人物である。

「双方あいすまなかった。拙者の伝達不足でござる。手落ち、平に許されよ」

ここまで言うと、背後の会津藩士すべてに行き渡る様な大声で、

「こちらは会津候お預かりの新撰組である。我らと志し同じくして、この急に正式な命を受けて駆け付けてくれたのだ!」

と、宣言してくだすった。其の上、我等の方を向き直り、深々頭をお下げになると、

「申し訳ない事をした。お気を悪くなされるな。実は数日前よりこの風雲に向け、取り急ぎ会津藩中より上京した若い兵士ばかりでな。故、彼等が解らぬのは、我等公用方の至らぬところ。許されよ許されよ」と詫びられた。

芹沢氏はそれをみてニィと微笑むと

「なぁに。そちらこそお気に召さるな。この様に知らぬものに対して厳しく対応することは、そちらの教育が行き届いているがゆえにて御座ろう。怪しい連中は徹底して取り締まるのが宜しい。そうでないと不定浪士なんぞ捕縛できはせぬよ。それよりも我々にまで頭を下げて下さり、まこと痛み入る」

と、懐の広さを突然にみせる。どうやらそれ以上怒る必要はないと自制したらしい。


当然その場の全員が胸を撫で下ろす。

どうやら今日の芹沢氏は酔っていない様だ。もし、酔っていたらどうなっていたか想像をめぐらすのも恐ろしい。


 この後、我々は野村氏のはからいで蛤御門より中へ入り、御所の少し御手前に凝華洞(※)という屋敷の前へ案内された。そこは通称を御花畑門といい、孝明天皇の信頼の厚い松平容保様は、急があった場合すぐに御所へ駆けつけられるように、とそこへ良く滞在されていたのだ。野村様はそこの警備を我々に任せてくださったのだ。それだけでなく、会津藩の合印あいじるしである黄色の襷を数名の藩士に大量に運ばせてきて、その場にいる新撰組の面々へ配るように命じた。合印とは敵味方の区別がつけられるようにするもので、 重要な役割を果たす。襷 (たすき)や旗や鉢巻きなどの種類がいくつかあった。

但し合印をかけるという事は、重大な責任も伴う事になる。敵によって倒され、これを奪われては成らぬという事だからだ。もし、敵に奪われ、本陣に紛れ込まれでもしたら、末代までの恥になる。渡された全員に緊張が走った。


野村様は真摯な顔で、

「これでそなたらも我等と同等。堂々たる天子様、上様の配下でござる」

近藤先生はことのほかこれを喜んだ。襷を手にした事で、幕府のお抱えとしての実感が沸いたのだろう。

「合い解り申した。この襷をかけ、不定浪士どもに我等真っ先に斬り込んで、天子様、上様、ひいては会津候の御ために、討ち死にいたす所存でござる」

その場にいた隊士たちも皆その言葉に頷く。出陣の前と同じく涙を流すものもいる。それをみて、野村様もいたく感銘を受けたご様子で、隊士たちをゆっくりみわたし微笑みを浮かべ、言った。

「ここ、御花畑門は我等が会津公のいわば屯所にてござる。故、もし長州が攻め入るならば、天子様、上様、容保様を御守りするのは実質そなたたちという事になる。何卒お願い申すぞ」

と一礼し、

「戦況の様子を伺いに参る故、これにて御免!」

と言い残し素早く去っていった。野村様の去っていった方向、その少し離れた所から時折激しく言い争う気配がする。

「土方君」

近藤先生が問う。

「はい」

「あれは堺町の御門前からだな」

「でしょうな」

その場にいる全員が緊張の面持ちのまま、其の方角を見た。あの門の向こう側に、会津藩と薩摩藩そしていまやこの騒乱の根源である長州藩がいるのだ。いつ戦闘になってもおかしくない。

其の時、先ほど屯所で谷兄弟と稽古をつけていた白い鉢巻の大坊主が、薙刀を握り締め

「嗚呼、まるで今の情勢たるや重ねた卵の様ではないかっ。天下の有志はこれを知っているのであろうか」

と大声で嘆いた。

「松原君、仮にも御所であるぞ。慎め」

そう諭したのは谷兄弟の次男、万太郎である。

近藤先生はそれに

「松原君の心もわからぬでもないがな」

と沈痛な面持ちで答える。実際近藤先生はそんな思いでいっぱいだったのだろう。

其の声をあげた隊士は松原忠司といった。大坊主、といった見た目と違ってどこか繊細な部分を持つ男らしかった。


 そうこうしているウチに七つ(16時頃)。事態が動いた。

長州藩がとうとう朝廷からの退去命令を飲み、軍を退いたのである。これで長州藩は、政治から離れる事が決まり幕府側の勝利が確定した事になったのだ。


「我等の勝利でござるぞ!」

と野村様が走ってきた時

新撰組の全員が

「おぉ!」

と声を上げ喜んだ。

……が。それは同時に、我々が戦闘に身を投じる事がなくなったことを示している。

血が流れなかった事をよしとしたいが実働がなかった事は多くの隊士にとって肩透かしの気持ちであったろうとは思う。

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