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リフレーミング

(…しまった…)

 内心で歯噛みするクーラ。そこまで踏み込むつもりもなければ,踏み込んではいけないという事も解っていた。それなのに,またやってしまったのだ。

「えっ…」

 ぴくりと身を震わせたエリィは,それだけを言って言葉を失う。

(いったい,何だというのだ…)

 苛立つクーラ。どうもこのエリィに対しては調子が狂ってしまう。

 いつまでも怒りで我を忘れさせている事ができない以上,別の手段で彼女を支えなければならない。また元の底なし沼へ沈み込んでしまわないよう,そこへ足を踏み入れさせるわけにはいかない。

 そう考えていたはずなのに。今はまだ”紅き流星”の話題には極力触れないようにして足場を固める段階だと頭では解っていたのに。結局これではあの時と変わらないではないか。

「いいえ。悪いのは私なんです…」

 ややあって,ポツリとつぶやくエリィ。

「…なぜ?」

 結局なんの善後策も考えつくことができず,渋々と主導権を渡すクーラ。

「彼は…私のわがままにつきあってくれようとしているんです。私がもっと自重していれば,彼が気に病む事もなかった。もっと私がよく考えていたら,彼が思い詰める事も…」

 だがその状態は長くは続かなかった。

「いや,貴女は悪くない」

 聞いているうちに得体の知れない感情が沸き起こり,なかば衝動的に口を開いてしまうクーラ。

(ええい,いい年をして…!)

 およそ日頃の信条とかけ離れた短絡的な行動を押さえられない自分に心の中で悪態をつく。

「今聞いた限りで推測すれば…”紅き流星”には貴女の側に居られるだけの実力が無かった。そういう事でしょう?」

 しかしもうどうにも引っ込みはつかない。ええい,ままよと言葉を繋ぐ。

「ち…違うんです!」

 即座に否定するエリィ。

「彼は!私なんか足下にも及ばないほど強いんです!相手が悪かっただけなんです!」

(なに…?)

 その言葉に耳を疑うクーラ。

 自分との一件はともかくとしても,皆伝である彼女が実力を見誤る事などそうそう起こるわけがない。となれば,”紅き流星”の実力は常人の域を超越しているという事になる。

 となればエリィが言っているのは,必然的にマイシャを奪還しようとした戦いの時の,今も兵たちの間で語り草となっている一騎打ちで。悪かったという相手は帝国の誇るトップエース,漆黒将軍のヴァニティ以外に考えられない。

(…)

 背筋に冷たいものが流れる。もしそこまでの推論に間違いが無ければ,上層部の見立てはここでも甘かったという事で,漆黒将軍の実力はもはや雲の上というべき次元のものになるのではないか。

「…強さの件はともかく。その相手とやらに敗れたのならやはり実力不足だったのでしょう?」

 しかし仮にそうであったとしても,今はそれを気にしている場合では無い。そう頭を切り替えて口を開く。

「う…」

 言葉に詰まるエリィ。

「それに…貴女が自分で言うようにもっと良く考えていたら,選択は変わっていたのですか?」

「それ…は…」

「変わっていないのだとすれば。やはりそれは彼に,貴女を護る資格が無かったという事です」

「そ…そんな!私は別に,護ってほしいなんて…」

「一途な男は厄介なのですよ」

 ふっ,と皮肉とも微笑ともつかぬ曖昧な笑みを浮かべて,クーラはエリィの言葉を遮る。

「えっ?」

「私にも段々話が見えてきましたが…彼は,一方的に貴女を護ろうとしていた。違いますか?」

「う…」

「何が起こっても,誰を相手にしても貴女を護れる強さを欲した。おそらくそんなところでしょう?」

「…」

 もにょもにょと口ごもるエリィ。

「ですから厄介なのですよ。ある意味,貴女の思い完全無視で貴女に相応しい男になろうとしているのですから…」

 肩をすくめるクーラ。

「そんな日が来るわけなどありはしないのに…」

「!?」

「そう思いませんか?何が起こっても構わないなど,世界最強にでもならなければ実現不可能ですよ。しかもそんなものが見果てぬ夢に過ぎない事など,少し考えれば判るでしょう?」

「う…」

「最低限…私の演じさせられている伝説の龍戦士その人でもない限りは。さもなくばその伝説を打ち破れるほどの存在にならなければ,最強たり得ない」

「…」

 しゅんとなるエリィ。

「彼がそのあたりどこまで解っているのか知りませんが…常識的に考えれば無茶の極みでして…」

 そこでふふっと苦笑するクーラ。

「彼にそこまでさせてしまう貴女もなかなかのものだという事ですね」

「ちょ…それじゃ私が彼を騙して苦しめたって事!?」

 びくりと身を震わせて短く叫び,次の瞬間猛然と抗議を始めるエリィ。

「ははは…」

 今度は思わず笑ってしまうクーラ。

「え…?」

 またしても予想外の反応に毒気を抜かれてしまうエリィ。

「騙す騙さないはともかく,彼はその決断を後悔したりはしないでしょう?そうすると決めたのは彼です」

「う…」

 それに…とまた肩をすくめながら言葉を繋ぐクーラ。

「私が言いたかったのは。彼にそこまで思わせるほど貴女が彼にとって魅力的だったという事ですよ」

「!?」

 目を丸くするエリィ。

「ちょ…何を…」

「ある意味,貴女のためなら世界を敵に回しても良いと覚悟を決めた…という事でしょう?」

「!」

 びくりと身を震わせるエリィ。クーラのその言葉で,はじめて漆黒将軍と対峙したあの晩の記憶が蘇ったのだ。

「そ…れは…」

「確かに貴女ならば,そう思いたくなる気持ちは解る…」

「!?」

 再び身を震わせるエリィ。

「な…何を…」

「おっと…脱線が過ぎましたな」

 我に返ってクーラは調子を変える。

「話を元に戻しますと…しかし彼には釈然としないところがあるのですよ」

「え…?」

「彼はそもそも…貴女を見ているのでしょうか?」

「!?」

 再び目を丸くするエリィ。

「ど…どういう…」

「貴女も先ほど言ったではありませんか。別に護って欲しいわけではないと」

「…?」

「しかしそれでも彼は強さを欲した。…それは自信の無さの裏返しのようにも思えるのですよ」

「!?」

「しかも彼が見ている夢は世界最強…少なくともそこまでたどりつくくらいでなければ避けられない決定的な弱みを,彼は抱えているのかも知れない…」

「…!」

 息を飲むエリィ。確かに”紅き流星”には決定的な弱点がある。龍戦士であるがゆえに,いつ再び別世界へと飛ばされるかも知れないという弱点だ。そして確かに,それは世界最強などという相対的な立ち位置を手に入れたところでどうにもならない。

「それはつまり…貴女をどうこう以前に自分の生き方にも責任を取れないという事を意味しているのではないでしょうか?」

「う…」

「そんな彼が…揺るがぬ自信を得る事はできるのでしょうか?…胸を張って貴女を護りに戻って来る事はできるのでしょうか?」

「…!」

 エリィの顔から血の気が引いていく。

「もしそうなら…」

 しかしそこでクーラはまた調子を変える。

「例えば貴女に心酔しているあの子がそれを知ったら…怒り出すと思うのですよ。いくら実力があろうと,責任が取れないのでは意味が無い。そんな奴に貴女が振り回されるのは許せない…とね」

「ちょ…」

「もしそんな男が貴女の前に現れたら…貴女はどうします?」

「なっ…」

「彼なんかより自分の方が貴女を幸せにしてみせる,もしその男がそう言い出したらどうします?」

「!?」

 驚愕するエリィ。

 しばしの静寂。

「わ,私は…」

「すみません,少々生々しい話に踏み込み過ぎましたな」

 口を開きかけたエリィを遮るクーラ。

「たらればの話に囚われすぎるのも考え物です,ここはこれまでといたしましょう」

「え…あ…はい…」

 ホッとしたような様子のエリィ。それでまた,例の得体の知れない感情がうずくクーラ。

「ですが,これだけは憶えておいて頂きたい。もし彼が私の目の前に現れたら…」

 肩をすくめてクーラは続ける。

「そういう者たちを代表して,軟弱者!と修正パンチの一発もくれてやるかも知れません」

「え…」

「さっきのたらればの男を前に,怖気づいて腰が引けるような奴ならばなおさら…ね」

「…」

「さて,そろそろ良い時間です。アラウド殿も待ちくたびれているでしょう」

 言いながらクーラは立ち上がる。

「あ,は,はい…」

 何か言いたげなエリィは,しかしそれをやめて立ち上がる。

 何食わぬ顔でアラウドが立ち去った方向へと歩き出すクーラ。

(私もまだまだ未熟という事か…)

 しかし内心は複雑だった。もっと慎重に確実に事を運ぶつもりが,結局最初から最後まで得体の知れない感情に振り回されてしまったのだ。何とかこの場を乗り切れはしたが,危ない橋もいくつか渡ってしまったし,状況も不安定なまま,むしろ余計な火種を増やしたような格好だ。

(不必要に難易度を上げてしまったが,やむを得まい…)

 そこで,追い付いてきたエリィが横に並ぶ。

「…ふ」

 思わず苦笑を漏らしてしまうクーラ。決してそれと悟られぬようにしているのだろう,かなり控えめに,しかし確実に,エリィがこちらの様子を窺っているのが分かったのだ。

(しまった…)

 またしても,と思うがもう遅い。

「あ,あの…大尉,何か…?」

 きまり悪そうなエリィの言葉。確実にその苦笑が自分の行動を気取られたがゆえのものだと思っているだろう。

「…ああ,いや…」

 さて何と言うべきか。逡巡するクーラだったが,そこで助け舟とも言える状況を察知する。

「…どうやら,もう少し話を続けていても良かったかも知れませんね」

 今度は意識して笑みを浮かべ,言う。

「え…?」

 きょとんとするエリィに合図を送り,建物の角に隠れると,こっそりのぞくよう指示する。

「あ…」

 それに従って首だけ出したエリィが短く声を上げる。

 そこには壁に寄りかかって座るアラウドの姿があった。だが彼の周りには片手に余るほどの猫が,思い思いにくつろいでいたのだ。

「ふふっ」

 エリィの口から笑みが漏れる。

「ん…」

 それでアラウドがこちらに気づいた。そしてその変化を察知した猫たちも遅れてこちらに気づき,逃げ去る。

「あー…」

 ちょっとがっかりしたようなエリィ。

「…話は終わったのか?」

 猫たちを見送ってから,アラウドがこちらを向いて言う。

「あ,うん…」

 建物の陰から出て,近寄りながら言うエリィ。

「待たせちゃってごめんなさい」

「構わんさ」

 言いながら立ち上がるアラウド。

「それにしても…随分と懐かれていましたな」

 おかげで助かりましたよ,と心の中で付け加えるクーラ。

「まぁ,な…」

 クーラを一瞥し,それだけを言って口を閉ざすアラウド。

 クーラにはそれが,エリィを壊したら許さないとの無言の圧力のように思えてしまう。

「さて…では戻りましょうか」

 苦笑しながらクーラは言った。

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