71 さ迷う小鳥
空の上で『あの声』を聞いてから、あたしの意識は跳んでしまって後の事をろくに覚えていない。
半ば気を失ったような状態で誰かに抱き抱えられ、それから―――――――…?
昼間いつも過ごしている部屋の長椅子で目を覚ましたら、そこには誰もいない。
いつもしかめ面で机に向かっているお爺ちゃんも、ニコニコ笑うそばかす顔の細目のお兄ちゃんも、――――スォードも。
スォードは……何処………?
滅多に一人で出歩かない建物の中をフラフラと歩き回って、あたしは彼を探した。
何処かであのすらりとした綺麗な立ち姿が見つかるんじゃないかと思って。
――――― シュシュ ―――――
今にもあの柔らかい声があたしを呼び止めてくれるんじゃないかと思って。
だけど、建物の何処にもスォードの姿はなかった。
あちこち駆けずり回ってたどり着いたのは、大通りに面した出入口。
あたしはここから先に一人で出たことがない。
あの恐ろしい声が聴こえるようになって、尚更近付かないようにしていた。
『外』に繋がる場所。
だけど、いまは何も聴こえない。
この時のあたしには、『あの声』よりも彼の不在の方が恐くて堪らなかった。
だから――――――――…
あたしは扉の影から恐る恐る一歩を踏み出した。
次の瞬間、身体全体が強い衝撃に襲われ直後に視界が反転した。
何が起こったのか分からなかった。
続く浮遊感とそこに重なる狂喜じみた叫び声。
『――――――手ニイレタ!ツイニ、ツイニ!!』
ああ、あたしは――――――また、捕まってしまったんだ……。
怖い、怖いよ。蘇芳ちゃん………。
助けて……!!
「―――――― スォード … !」
あたしの身体をきつく捕らえているのが大きな赤い巨鳥の爪だと理解するまで、少し時間がかかった。
身体に受けた衝撃で頭がクラクラするのと滅茶苦茶な飛びかたで揺さぶられ続け、思考をまともに働かせる事も出来なかったから。
それは酷く長い時間のように感じられたけど、もしかしたらほんの僅かな間の事だったのかもしれない。
そして不意に身体が自由になった。
宙に放り出された身体。
―――――――いつか見たのと同じ、薄青の空。
追われて、逃げて、自ら橋の手摺を越えた。
……………アタシハイマ、ドコニイルノ?
落ちていたのは多分ほんの一瞬。
恐怖を感じる間もなく、見慣れた黒い翅の持ち主があたしを背中で受け止めてくれた。
大きな咆哮を一声放ち、それからぐるると喉を奥の方で鳴らす。
『大丈夫か?』とでも言ってくれているのかもしれない。
「………だ…だい……じょう…」
―――――――声が、出た…!?
続く混乱。何故、いま。
だけどあれこれ考えている余裕は無かった。
たった今、この目が信じられないものを見付けてしまったから。
ヨロヨロと危なげな飛びかたで次第に墜ちていくその巨鳥の背に見たものは、あたしがずっと探し求めていた人の姿――――。
心臓が音を立てて凍りついた。




