65 襲い来る恐怖
第三者視点です。
エムローザの人口の大半は都市部に集中している。
そして人口に比例する形でトラブルの殆どがそこで起きるため、日常的な見廻りは市街地を中心に行われていた。
今回ヒクイドリの襲来が知れ渡り、都市警備隊は全ての隊で見廻りの範囲を郊外まで広げ、主に夜間の警備を強化する方針に定めた。
「普段灯りの多い街中で過ごしてると、暗いとこが妙に落ち着かないっすね」
「ハハ、全くだ。早いとこ仕事終わらせて一杯やるか!」
都市部と違い郊外では日没後は周囲が完全な暗闇に包まれる。
特に人家の少ない農村では目を凝らしても所々にぽつりぽつりと疎らに灯りが見えるばかり。
その晩、ある郊外の見廻りに当たった警備隊の二人組は、表を歩く者も無くなった集落の様子に安堵して早々に見廻りを切り上げようとしていた。
日暮れ時に屋外で作業をしている農夫達に早めの帰宅を促し、なるべく夜間の外出を控えるようにと言い含めながら漸く一通り受け持ちの地域を廻り終えて、ほっとした瞬間の事。
《ピイイィ――――――》
突然辺りに響き渡った甲高い獣の鳴き声。
鹿を改良した家畜でエルクと呼ばれこの辺りで大量に放牧されているものだ。先程見廻りの時にも散々見掛けた。
おとなしく滅多に鳴かない筈の獣の悲鳴に仲間の群れが一斉に騒ぎだし、辺りは騒然とした空気に包まれた。
「何処だ!?―――暗くて何も見えない!」
「駄目だ、下手に動くな!相手が奴なら俺たちじゃどうにもならん!!」
数日前、二人の隊員はヒクイドリの死骸を初めて間近で目にしたばかり。大きさもさることながらその異様なまでに鋭い嘴や爪に、充分すぎる恐怖心を与えられていた。
「暫く様子を見っ――――…」
その時、とある民家から灯りを手に慌ただしく飛び出す人影があった。
恐らくは家畜の持ち主であろう。
エルクのただならぬ様子に焦り、自分達の忠告も忘れ去ったようだ。
「うわあああぁ――――――!!」
直後に耳に届いた叫び声。
「――――ちっ!!仕方ねぇっ」
「――――っ!」
馬を走らせたのはどちらが先だったか。
小さなカンテラの灯り目指して夜道を駆け、次第に獣の嘶きに近付いて行くと、恐れていた羽ばたきの音が耳に飛び込んで来た。
しかも複数。
続く叫び声。
だがやはり視界は闇に阻まれて何も判別することが出来ない。
馬の背に予めくくりつけておいた松明に火を着ける余裕すら思い浮かばない。
今ここで剣を抜いて闇雲に振り回したところで下手をすれば同士討ちになるだけ、そんな考えだけは冷静に頭に浮かんで消える。
このままではエルクだけではなく人間――――自分達までが殺られるのを待つばかりだ。
激しい焦燥感に襲われ警備隊の男達が剣に手を掛けようとした、その、瞬間。
轟音と共に辺り一面が白く輝き、更なる恐ろしい生き物を浮かび上がらせた。
雷を背に黒々とした巨体が、いとも容易く赤い巨鳥を引き裂く姿を。




