56 運の良し悪しは大概エコ贔屓
間が悪い、というのは誰にもどうする事も出来ない『運』そのものだと思う。
中庭での手合わせの後飛天の説得以外に特に任務を持たない殿下は暇を持て余し、建前上の『視察』を形ばかりでも行うと言い出して南支部の敷地内にある建物や関連施設を見て廻る事になった。
「表通りに面した位置には第13から15番隊の詰所と救護室――――それと一時的に酔っ払いなんかを収容する牢」
「ふーん」
「向こうは事務仕事を専門に扱う職員がいる棟。その隣が留置所――――」
「ほうほう」
「………やる気あんですか殿下」
歩きながらのざっくりした説明に超テキトーな返事が返され、思わず額に青筋が浮き上がる。
握り拳にグッと力を込めれば反射的に頭を庇って後ずさる殿下。
パブロフの犬っコロか。
「殿下は止めろって……」
「ははは、鬼だなスォード」
この顔触れで今更堅苦しい反応をする者なんか居やしない。
のほほん殿下と妙に図太いノッティの組み合わせはすっかりウマが合い、後で街に繰り出す打ち合わせまで始めている。
どうでも良い会話に集中していた結果、至近距離で声を掛けられるまで近くに人が来ていた事に気が付かなかった。
「――――――シュローダー殿下!?」
公に名乗った覚えのない身分の敬称で呼ばれ、殿下は数度瞬きを繰り返した。
自分に舌打ちをしたい気持ちを堪え、然り気無く身体の位置を入れ換えて声の主の視線を遮れば、そこにいたのは例の婦女暴行未遂の一件の馬鹿ボンだった。
「―――――何故留置所にいる筈の人間がここに?」
無論馬鹿ボンに話し掛けた訳じゃなく、同行していた警備隊の仲間に訊ねた。
「非常に残念ながら拘留可能な期間が過ぎてね…。これから上の調査機関に移送するところだ」
恐らく馬鹿ボンの実家から圧力が掛けられたに違いない。
移送の為に付き添っている仲間の顔にははっきり『不本意だ』と書かれている。
状況だけを見れば処分を早めたに過ぎない。
通常なら警備隊で作成された調書を元に更に取り調べを行い、その後相応の処分が下される事になる………筈だ。
だが既に馬鹿ボンは自由の身になったも同然の気分でいるらしかった。
「――――殿下、自分は先日陛下の誕生際の折に殿下にお目に掛かっております!ストイコヴィッチ男爵家次期当主のクリスクルスです」
あー、あの成金の新興貴族ね。と殿下が小さく呟くのが耳に入った。
馬鹿ボンは今にも「殿下を我が家にお招きしたく」とかなんとか言い出しそうな雰囲気で尚も身を乗り出して来る始末。
「――――それで次期男爵とは何故こんな場所でお会いするのかな?」
殿下が言外に『留置所にブチ込まれるような真似をしたのかテメェは』と言えば。
「役人共が些末な事に目くじらを立て、自分は問答無用で連行されたのです!今後厳重に抗議しなくては」
ときた。
……………………………………呆れた。
恥じ入るならともかく、ここまで開き直るとは。
心臓に亀の子タワシ並みの剛毛が生えてると見えた。
後ろ側で相棒が馬鹿ボンの所業をアレコレ耳打ちすると、殿下はげんなりとしかめ面になり、
「…………下衆の行いとしか言い様がない」
と吐き捨てて、そのまま言葉を交わす気もなくなったのか馬鹿ボンを視界にも入れずに立ち去る素振りを見せた。
「お待ちください殿下、誤解なのです!相手は下賤の商売女で自分が罪に問われる謂れなど――――!!」
思い余った馬鹿ボンが殿下の肩に手を掛けた。
―――――――よし!詰んだ。
「そこまでにして頂きましょう。王族の身体に無断で触れたとあっては、この場で切り捨てられても文句を言える立場ではありませんよ」
「じ…自分は……何も危害を加えるつもりではっ…!」
伸長差を良いことに思いっきり上から目線で凄めば、馬鹿ボンは蒼白になって取り乱し始める。
今此処でデンカデンカと騒がなければ、このまま大した罪にも問われず釈放される可能性があったものを。
「きっ貴様のような小役人風情に用は無い!殿下お話を聞いて下さい……っ。下がれ平民!」
往生際悪くぎゃあぎゃあと騒ぐ馬鹿ボンを取り抑え、再び留置所に収容すべく革紐で後ろ手に縛り上げる。
「お待ちください殿下!殿下――――――!!」
その叫び声のデカさに何事かと窓から顔を出す職員もチラホラ。
猿轡が必要かと真剣に悩み始めていたところ。
ぐおおおあああ―――――――!!
聞きなれた咆哮と共に遠方から小さな雷が馬鹿ボンを直撃。
馬鹿ボンはアッサリ床に(地面に)沈む事になった。
「ライディーン?どうかしたのか?」
殿下は首を傾げてるけど、理由なんか一つきりだ。
「ここ、女子寮のすぐ裏手なんスよね」
「あの子が今時分休んでるから『ウルセェ!!』って怒鳴ったんだろ」
「わー…溺愛」
でもまあ、天の裁きってやつだよね!と殿下は実にイイ顔で親指をグッとおっ立てた。
変態馬鹿ボンは調査委員会の沙汰を待つまでもなくかなり痛い天罰が下り、この後も無罪放免は絶対に望めない結末になったわけだ。
「ところでスォード、さっきの奴の名前言ってみなよ」
「スットコドッコイ男爵家のクルクルパーとかなんとか…」
「……………酷ぇぞ、オマエ」




