55 僕という人間
飛天は自由を好む獣。
というか、飛天に限らず野生の生き物というのは大概囲われる事を嫌う。
一部の人間に勝手に兵器呼ばわりされたところで、その言い分に従わなければならない理由は何処にもない。
あれはけして『飼われている』訳ではないからだ。
何はともあれ、殿下がライディーンを利用する為にあの子の存在を軍の上層部にチクったりするつもりが無いと分かっただけでも一安心。
騎士団は縦社会だから普通なら下位の者は上位の者の意思に従う義務が発生する。
殿下の立ち位置が一騎士としてのものなら当然これに当てはまる訳だけど、元が王族だし性格的にも頭脳に黴が生えた隠居共と仲良く、というのは無理がある。
―――――それに、これ……どうしろって言うんだ。
先程殿下にポイッと気軽に掌に乗せられた物を改めて凝視する。
楽に掌に収まるサイズのその銀色の金属片は、大抵鎖を通して首から下げたり腕輪に加工したりして肌身離さず身に付ける事が前提の品だ。
有事の際は身元の判別も難しいくらいに遺体が損傷する事もあり、その場合の名札代わり、若しくは形見となる。
「………騎士証………」
思い出すのも腹が立つあの一件で、当時の団長に叩き付けるようにして手離した。
とっくに抹消されている筈の物。
『―――――それ、まだ有効だから。スォードが騎士証突っ返しても退団届けは受理されてなかったのさ。一応保留?みたいな感じらしいよ。君が復職する万が一の可能性に期待してんじゃないのかな。現在の団長が引き継いでたのを俺が預かって来たんだ』
つまり殿下の野暮用というのはこれか。
一体何をどうしろと言うんだ。
棄てた立場に今更未練はこれっぽちも有りはしないけど、守ると決めた存在がある以上手段を選んでいる場合ではないということか…。
―――――――カン カン ガキン!
中庭に響き渡る硬質な音は二振りの模擬刀から発している。
刃が付いていないだけで重さも拵えも真剣と殆ど同じ仕様の剣。
通常任務から外れ殿下の補佐(護衛)になったため、いつもは見廻りに当てていた時間が妙に手持ち無沙汰になった。
まだ気温が上がりきる前の時間帯ということもあって、丁度都合の良いカモ…ロードが居る事だし、先ずはお手並み拝見――――――と思ったんだけど。
「うわわわっ、ギブギブ!ちょい待っ…スォード~」
ほんの数分打ち合っただけで殿下はアッサリと音を上げてしまった。
肩で息をしながらドサリと石畳に座り込み、額の汗をシャツで拭っている。
「……何このヘボさ。話にならない」
「飛天とタイマン張る化け物と一緒にすんな!」
殿下逆ギレ。
面白がって手合わせを見ていた連中は「やっぱそう思うよな!」とコソコソ同意を示す始末。
「流石に僕でもアレとタイマンは張ったら死ぬよ」
「ライディーンの電撃をものともせずに突っ込む男に言われたくないね!」
「雷に耐性があるから可能なだけさ」
生まれついての特性というやつらしい。
偶々武器庫で保管されてた属性持ちの剣に触れるまで気付きもしなかった能力で、しかも『耐性がある』だけ。
使えねぇ!と思わず叫ぶくらいには日常生活においては全く役に立たないスキルだ。
「どうせなら火柱を立てられるとか、竜巻を起こせるとか攻撃型の能力がほしかった」
「いったい何処の国を攻め滅ぼすつもりだ――――!!」
「オマエにこれ以上いらん能力が追加されたら最凶人間兵器の出来上がりだ!!」
殿下とノッティがほぼ同時に叫び、ギャラリーは揃って首を縦に降り下ろした。
えー……。




