47 来訪者
連日茹だるような暑さが続いていた。
少しでも涼を得ようと石畳に水を撒いたところで、正に焼け石に水。
自然と人々は日中の活動を避け気温の低い朝方や夕方に外出をするようになり、日の高いうちから外で動き回っているのは、やむを得ぬ仕事に就いている者ばかりだ。
そして当然そこには都市警備隊も含まれる。
「早番か夜勤ならまだしも午後の勤務は地獄だぜ……」
「ノッティ――――暑いのは分かるけど半裸で見廻りはどうかと思うよ…」
「下は穿いてるだろー」
「それを脱いだら猥褻物陳列罪の現行犯で逮捕するよ」
見廻りでいつものごとくバディを組んだノッティは警備隊の記章の付いた上着を脱いで肩に引っかけ、薄手のタンクトップ一枚といった下着姿も同然の格好で歩き回っていた。
この辺の(この世界の)基準としては、正装なら成人男子は夏でも素肌を晒さないのが一般的だからノッティの格好は勤務中の公務員としては完全にアウトだ。
「お前さんよく涼しい顔でキッチリ制服着込んでいられるなー」
「…暑いに決まってるだろう」
「まぁ、脱いだら脱いだでおかしな人間が寄ってくるのは確実だもんな」
大きなお世話だ。
そのまま汗だくになりながら持ち場を巡回していると、不意に離れた場所から呼び止める声が聞こえた。
「……すみませーん!そこの…警備隊の人――――」
振り向くとまだ年若い騎士の青年が馬の手綱を引きながら此方に近付いて来るところだった。
人に物を尋ねる為にきちんと下馬をしているあたり、しっかり躾の行き届いた青年のようだ。
「都市警備隊の南支部にはどう行けば良いのでしょう」
「―――――うちのお客様でしたか。それでしたらご案内出来ますよ。自分達もこれから戻るところでしたので」
炎天下を歩き回るのに嫌気が差していたノッティがすかさず道案内を提案する。
まぁ、僕にも異論は無いけど。
「それは有り難いです!」
ニパリ、と邪気の無い笑顔を見せる青年はどう見ても良い家の坊っちゃん風だけど、なんというか貴族に有りがちな偉そうな雰囲気が見受けられない。
短く刈り込んだ明るい茶髪と薄青の目はよくある組み合わせ――――――と、ここで僕は妙な既視感に襲われた。
そう、よくある組み合わせだ。
もしかしたら知っている相手かもなんて、そんな筈はない。
多少面差しが似てるだけ。
第一あれは一人でフラフラ出歩いて良い人間じゃない。そうだ、気のせいだ。
それに――――成長期にしたって体格が違いすぎる。
馬鹿げた想像に自己完結しかけたところで再び青年が口を開く。
「ええと…、もしかしなくてもスォードだろ?久し振り!俺だよロー…」
「――――ノッティ、身形を整えろ。後で隊長にシメられたくなかったら、今すぐ!」
「えー、別に俺は気にしないけど?こう暑くちゃ脱ぎたくなるのも分かるし」
「王都からどうやって来たんです?―――お連れの方は?」
「え?普通に馬で来たけど。それに面倒だから連れはいないよ俺一人で…」
「――――――――阿呆王子!!!!」
このやり取りにノッティが隣でギョッとした顔で「え、王子!?」とか叫んでるけど、気分的にそれどころじゃない。
護衛も無しにホイホイ出歩く王族がどこにいる―――――!!
「……王弟殿下?」
「うん、 そう。現在の王やってんのが兄貴だから」
慌てて身形を整えたノッティが糸目を極限までまく見開いて呟いた。
立ちっぱなしはかえって目立つからと、歩きながらの会話の最中だ。
「俺12の年まで離宮で育ったからさー。学校も敢えて一般のとこだったし、普通に街中で遊んだりしてたんだよ。お陰で王都に戻ってから堅苦しいのに馴染めなくて困ったのなんの」
まるでそこいらの一般家庭を語るような口調で王家のお家事情をペラペラと語りだされたため、なんとも言えない脱力感に襲われる。
社交界に全くと言っていい程顔を出さなかったこの五番目の王子は、当時殆ど顔が知られていない事を良いことに、只の貴族の坊っちゃんの振りをしてそこら中に出没して回っていた。
僕が騎士として配属されていた城内警備の隊にもしょっちゅう顔を出して、いつの間にかちゃっかり騎士達と親しくなったりして。
コレの身元に気付いたのはほんの偶然だったけど、その頃には手のかかる弟分ができたみたいな気分になってて、今思えば大概無礼な振る舞いをしてたような気がする。
それにしても、随分育った。
最初に会った時分はヒョロくて小柄で、とても騎士になるとは思えなかったけど。
「シュローダー殿下」
「わぁ、それヤメテ。俺そのうち継承権放棄して臣下に降る予定だから!」
……何そのイキナリな発言!
「ホラ兄貴んとこ跡継ぎには不自由してないし、俺の上にも優秀な兄弟が揃ってるだろ?だからさー」
「……それはともかく、どんな用事があって単身飛び出して来るような真似をしたんです。今頃城が大騒ぎしてますよ」
「あ、それ?ライディーンの様子を見にね。なかなか帰って来ないから、兄貴達も気にしてるし――――」
………………………………おぅ。
そうきたか。




